2月に入つた建国記念日の次の日、振り替休日の外出中に恩師の訃報に接した。次の日お通夜との連絡を受けた。先生のお住まいは福岡である。一昔前は指宿から福岡に行くにはJRで7~8時間掛かっていた。今は鹿児島中央駅から新八代まで九州新幹線が開通しているのでその半分の3時間30分で行ける。午前中の診療を済ませてすぐに車で鹿児島中央駅まで行き新幹線に乗った。通夜に駆けつけるため同じ列車に数人の同門の先輩、後輩が乗り合わせていたので気強かった。天神近くの斎場にタクシーに乗り合わせて着いたときにはすでに周りは暗くなっていた。早速奥さんにお会いしお悔やみを申し上げ最後のご様子をお聞きした。先生は奥さんとマンションに2人暮らしであった。自宅で一昨日の夜お風呂から上がり着衣をしている最中大きな声がしたので慌てて行ってみると仰向けになって倒れ、鼾をかいていた。救急車を呼び病院に搬送した。急性脳出血で次の日の早朝になくなられたと言う事であった。享年90歳であった。お通夜の読経が始り焼香を済ませご冥福をお祈りした。その間わずか一時間ですぐまた博多駅に返し鹿児島行きの列車に飛び乗った。窓の外はすでに暗く、列者は大きなビル群の間を縫うようにはしり、夫々のビルの小さな窓の明かりを見ていると何か寂しくなった。10年前からは病気で療養もされていた。男としては長寿の方であられたが私にとって巨星が墜ち一時代が終わった感じがしている。

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