老々介護で夫婦2人暮らしの世帯も多い。どちらか元気なほうが相手を看ることになる。奥さんが夫を介護する場合は良い。逆の場合、平生しなれて来なかった家事、身の周りのもろもろ遣らなければならず男にとってはこれが大変となる。若い頃、奥さん家族をほおって省みなかったが年を取ってから罪滅ぼしの気持ちで頑張る夫も多い。端から見ていて何か微笑ましくなる。体の不自由だけならまだしも、これに認知症が加わると大変になる。物忘れぐらいは我慢できるが周辺症状の物取ら妄想や嫉妬妄想は修正不可能で手が付けられなくなる。私の知っているある教団の元住職さん、今は息子さんに親さまの地位は譲ってはいるがまだ一寸したお祈りは続けている。お寺を取り仕切ってきた奥さんを夫は御上さんと呼んできた。太り過ぎて血圧も高い。足腰が弱り歩行が難しくなっており車椅子の生活になっている。息子さんの嫁がある程度までは世話をしているが平生は夫が付き添っている。夫は引退したとは言え檀家さんとも付き合いが多い。いろいろな問題も絡んでくる。最近、奥さんはとみに物忘れが進み、物取られ妄想や嫉妬妄想が酷くなって来た。感情失禁も度々である。夫が息子の嫁さんや女の人と親しく話をしただけでその夜は大変なことになる。寝ているところを罵られ挙句は杖で叩かれる。眠れた物ではない。やましい事は決してしていないと説得しても修正不可能。そのような毎日が続き睡眠不足になり昼間ぼんやりしてふらふらと転んで私の外来に治療に遣って来る事もしばしば。慰めの気持ちもあって奥さんの事を含め、事の経緯を聞いてやることにしている。ご主人は人の心に寄り添い導くのが仕事。若い頃は本山の覚えも厚く、九州一円を説教して回っていた。おいそれと弱音を吐く方ではない。それでもこの頃は愚痴をこぼすようになった。先日などはお布施の管理の事から色々追及された挙句、自分のことは放って置いて他の女と仲良くしているとなじられた。お陰で睡眠不足でフラフラだと言う。毎日の朝の祈りの時など何故このような酷い目に合うのかあれこれ考えて涙が出ていた。しかし今は御上さんは、御が取れ長年仕えてきた神さんに変わった気がする。神から私は新しい試練を貰ったと考えるようにしてじっと耐えていると話した。認知症は不条理である。
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