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グローバル経済の潮流の中で、経済発展の目覚しいチャンディア、欧米に伍するにはある程度の市場原理に任せるための国内の規制緩和改革は必要である。いままで規制があることで保護されて来た部門にそのしわ寄せが生じて広く関連組織にまで及んでいる。不良債権の処理、リストラなどの企業努力で立ち直りを見せている日本経済は好転しているにも拘らずその恩恵をいまだに国民個々人は受けてもいないし感じてもいない。現内閣がキャッチフレーズに使っている努力するものが報われる社会とは程遠いワーキング・プアのフレーズさえ生まれている。その様な世相にあって古来より日本社会に定着して来た相身互いの助け合いや濃密な人間関係の息苦しさの代償であるインフォーマルな相互扶助、人々の間の絆はバブル期を境に崩壊してしまっている。あらゆる今までの制度が、これまで絶対と信じて来た正統性を喪失し、一方でライブドア、村上ファンドに見るような拝金主義の跋扈は人々に格差感を持たせた。ますます不信社会が拡大した。もともとあって当然の格差、それを自覚する格差感を一層増幅させている。
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ある学者が主張していた。良く「ピンピンころり」が老いて死ぬ時の理想として取り上げられる。「ピンピン」は若さの象徴でいつまでも元気印の高齢者で過ごし、そして突然に死ぬ。その間の人として避けられない老いが抜けている。寝たきりや認知症など老いの厳しい現実から目を逸らすしたい願望から出た言葉としても、自分では何も生産できず、他人に依存して生きなければならない老いの現実を忘れてはならない。日本人は死んだときの儀式の文化は作り出して来た。しかし老いにどう向き合うかの納得できる文化を作り出していない。いま超高齢化社会が目の前に来ている現実に目を向けて真剣に取り組むべき課題であろう。1950年前後に生まれた人が100歳になる2050年、現在1億3千万人の日本の総人口は生まれたときと同じ8833万人前後まで減ると推計される。しかし年齢構成が1950年は生まれる子供が多いピラミッド型だったが2050年は逆に65歳以上の高齢者が多くなる逆ピラミッド型になってしまう。そして高齢者が4割を占める様になる。これだけの高齢者を若い世代が支えきれる様な仕組みを今から構築していかなければならない。そのためにはある程度の痛みも仕方が無い。
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