泌尿器科で手術を受けた11人の方の摘出された腎臓が、別の腎不全の方に生体腎移植されていたとの報道があった。それが事実なら限りなく医療行為に名を借りた犯罪の様な気がしてならない。摘出された腎臓が移植に堪えるほどに正常に近い状態であったなら摘出され移植された腎臓は摘出する必要が無かったのではないか。移植のために摘出する必要の無い腎臓を摘出した、もしくは腎臓周囲の疾患でやむを得ず一旦正常な腎臓を外し再建しなければならない所を腎臓は2つあるとの理由で患者に無断で他の腎不全患者の移植に使った可能性も考えられなくも無い。私は血管外科出身で泌尿器科の事には疎いので他の理由があるかもしれない。決め付ける訳には行かないので事の推移を見守りたい。
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11月2日の参議院国会審議の厚生労働委員会で西島英利参議院議員は今、学校現場で問題になっているいじめ自殺について精神科医としての見解を交え柳沢厚生労働大臣に質問した。誰もが、集団の中では、他の皆に認められたい欲望を持っている。それを集団欲と言う。それが叶えられない場合、その人は皆から無視されたと思い、村八分にされた様な心理状態に陥る。非常にプライドが傷つけられ行き場を失う。そしてうつ状態になって仕舞う。その結果が自殺に繋がる。この事を学校現場とくに担任教師は分っているか疑問である。自殺する生徒はおとなしく、真面目な人が多く、周りにそのことを話さない。しかし何らかのサインはあるはずである。それを周りが察知して対応すべきであるのにそのような体制にない。まず事件が起こってからの報告しか聞かない。担任の段階で伏せられ上に挙がらないのではないか。これに対し柳沢大臣は昔、大平総理と若者の対談の例を挙げ、大平首相は最も遣り甲斐のある事は何かと聞かれ、他の人にその存在を認められることであると答えたとのエピソードをあげ教育現場に於いては生徒一人一人に目を配りその存在を認めてあげる事が大切である。まずこの事を教師に認識させることから始めたいと答弁した。国民に向けての精神科専門医の言葉は重い。マスコミに聞かせたい。
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