医療費の使われ方: 全患者の2割を占める大学病院などをはじめ大病院に入院中の重症患者が全医療費の8割を費やしている。特に大学病院では学生時代に医療の仕組みを教えられていない若手医師が主治医になり保険医療担当規則も知らないままに適正な医療が行われず乱心乱療となり無駄が多い。残り8割の患者を診療所など小規模医療機関のベテラン医師が全医療費のたつた2割を使ってせっせと頑張っているのである。大病院では一人あたり1ヶ月に使った医療費が1千万円を超えるケースが何例も見られる。しかも回復の見込みの無い重症例に多い。人の命は地球より重いと言うがこれは今の世情からして医療の世界のみに通じる遺物である。決してタブーな事ではない国民的コンセンサスを形成しなければならない。
医師不足:病院標欠(実際に勤務している医師数が届けられた施設基準数に達せず医師免許証の名義を借り数を満たしていた)問題が各地で露わになり、国全体としては実数でない見せかけの医師数であった実態が分った。特に大学の無給で働いている医師は一人で大学と名義貸しの2か所の医療機関に対し2名分の診療報酬をもたらしていた訳である。医師不足問題は新医師卒後研修の影響だけではない。置くべき所に架空の医師が配置され、それが実数としてカウントされていたのである。あるべき姿に配置し直せば当然医師不足になる。
看護師不足:患者7人に対して1人の看護師を配置する7:1にすれば入院基本料など病院の診療報酬が上がり病院の経営に有利だとのことで看護師の引き抜き競争が始まっている。看護師の勤務は一日3交代制であるので雇い入れに必要な実際の数は1人の患者に1.4人である。特に大都会の大病院が節操も無く遣っている。地方では地域の為をおもって看護師の養成を遣ってきたのに高い給料をちらっかせて根こそぎさらっていく。診療報酬はマージャンパイと一緒で決まった一定量を分配しているわけで、看護師と共に診療報酬も奪う理不尽な事になる。医療は重傷者ばかりを対象にしている訳ではない。7:1を取得するなら、他に迷惑の及ばないように自分の所のベッドを削るべきではないだろうか。これが日本の伝統である医療倫理でもある。医療は市場経済にはなじまない。厚労省の役人はまずこの日本医療の伝統を勉強するべきである。医療は人の心も対象としている。地域に培われた貴重なコミュニケーションまでかき乱される風潮はいかがなものであろうか。
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温泉町指宿市は観光客が多い。その関係で連休、盆、正月はホテル、旅館から怪我や体調を崩した宿泊客の診察依頼が頻繁になる。勤労感謝の日の前夜は輪番日に当たっていた。一晩に4人の旅行客の来診があった。一人は酒を飲みすぎ転倒して顔面打撲と挫創。後の3人は嘔吐下痢、いずれも同じ旅行会社のツアー仲間であった。指宿市には夕方着きホテルで入浴して食事を共にしている。その後に嘔吐と下痢を繰り返して吐くものも無くなり、脱水でフラフラ状態になりホテルマンに付き添われて深夜の2時に1名、朝の7時に2名来院した。発熱も無く、腹痛もさほど無い。いずれも輸液で気分も良くなり帰っていった。翌日ホテルから食中毒では無かったかの問い合わせが有った。3人との似た症状でもあり可能性は五分五分、しかし確証が無い。もし軽はずみに答えてマスコミが騒ぎ大騒動となると大変である。各方面に迷惑が及ぶ。関東からずっと一緒に行動してきたツアー客同士でもある。いま一番はやっているのは感染性胃腸炎であり、腹痛も余り無く、治療後はどうも無いとのことである。臨床症状からは食中毒の可能性は無いと話して置いた。しかしその後しばらくして保健所から同じ様な問い合わせがあった。旅行会社からこのまま旅行を続けていいか問い合わせがあったとの事。確かな証拠があれば断定出来るがそれが無い。患者さんには、お腹にくる風邪かも知れないと説明してあり、臨床症状が食中毒にしては典型的でないと答えた。公衆衛生の観点では医師の義務として疑いを持ったら届けるべきだったかもしれない。しかし団体客の大人数の中の3人だけで症状も典型的でなかった。これから冬に向かいノロウイルスなどによる集団食中毒が発生する。掻き入れ時に発生すると大変なので食品を扱うホテル、料理店は充分に気をつけている筈である。毎年病院、介護施設などでの発生が相次いで報道されて大問題になる。旅行者は移動範囲も広く感染経路を特定するのは難しいいし、即座に出来る確定診断法が無い。他のグループにでも患者が出ていればホテルの厨房からの原因も考えられるがそうでもなかった。問い詰められているようで何か後味が悪かった。
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フラワーパークの花壇
トランペットフラーワー
ト音記号
もうすぐクリスマス

ハイビスカスと蝶
朝7時車との接触事故で転倒したバイク後部座席に乗っていた16歳の少年が、後頭部と左肩を強打、一過性に意識を失ったとして救急車で搬送された。運転していた別の少年は大腿骨々折があり近くの整形外科に運ばれた。打撲部を相当痛がっていたのレントゲンをとり頭をCT検査したが特に打撲以外に所見はなかった。しかし様子を見るために入院させ消炎鎮痛治療をした。バイタル上も異常はなかった。夜の当直の看護師の話では母親が付き添っていて大声で何か言い諍いをしており、朝には母親は帰って行った。彼は朝食もちゃんと食べた。しかし左の目が見え難く左手の握力が無いと訴えていると看護師が言うので病室に行ってみるとぼんやりして顔に生気が無い。受傷直後は、分らなかった脳出血が酷くなったのではないかと心配になり、再度頭部CTを撮ったが特に異常は無い。帰ったばかりの母親をもう一度来て貰い、一応、視力が落ちて手の握力が弱い、頭には異常は見つからないのでこのまま様子を見る旨話した。しかし母親は心配なので専門病院に紹介してくれと言う。祝日ではあったが家族の希望なので逆らうわけにも行かない。当の本人は朦朧としているし、当然母親の言う事には従うものと思い本人に相談無く引き受けてくれそうな病院に電話して了解を得た。ところがいよいよ行く段階になって本人に話した所、今まで目を閉じていかにも無気力だったのに突然目を見開き、母親に向かって余計な事をしやがってとどなった。自分に相談無く母親が勝手に事を運んだ事に切れたらしい。私に迄も悪態を吐き出した。さらにはベッドから飛び降り、今にも殴りかからんばかりの形相である。手の麻痺、視力の事などそっちのけである。父親にも来て貰ったが興奮は収まらない。交通事故の警察の事情聴取は痛がっていた関係で先に延ばしていた関係もあり警察の方にも来て貰った。今度は警察を呼んだのが悪いとののしる。俺の体は俺が責任を持つから退院させろとまで言う。そして病室を飛び出し雨の中をぬれながらバイクに乗っていた相棒の入院している病院に向かった。父親が追っかけやっと連れ戻した。どうしても収まらない。そこで家内の登場となった。家内は手ごわい4人の子供を育てた経験と痴呆介護の専門家でもある。先ず母親から彼の生い立ちの事から最近の状況までを聞き出した。母親によると彼が小学3年のとき首吊り現場を発見、それ以来、自殺したひとに追っかけられるといつもびくびくするようになったと言う。高校に進学し一緒にバイクに乗っていた同級生と仲良くなった。そしてタバコを一緒に吸い校則に違反したとの罰則で退学処分になった。それ以来、無断外泊はするは、両親に反抗するはで生活が荒れ出した矢先の今回の事故である。イライラのはけ口が両親への反発であり、少しの両親の手落ちを見つけては因縁をつける。それがエスカレートし相手をしてくれる大人の誰にでもあまえて盾突くようになってしまった。家内は先ず傾聴から始めた。否定しないで言いたい事すべてを吐き出させた。すこし冷静になってから彼の意見も聞かずに勝手に決めた事は悪かったと素直に謝った。そして両親が自分をどれほど心配して呉れているかをとくとくと説いた。何故友達の所に行こうとしたのかと聞くと、骨折した友達が心配でたまらず自分の責任からも看病をしたかったとのこと。手が麻痺してきたとか目が見えないとかいいながら裏腹の事を話す。おそらく暴言を吐いた手前、引き込みが着かず思いついた都合の良い言い訳だろう。心配の余り激しくののしる両親からも逃げたかったのであろう。その後、素直に紹介病院に行き諸検査を受けた結果どうもなかったと母親から電話があった。本人も私には悪いことをしたといっているとの事だった。午前中はドクターマーチに参加する予定であったが、それどころでない羽目になってしまった。遅くなったが一応会場に行ってみたが既にマーチは出発した後であった。それに雨も降っていた。ウオーキングは諦め代わりにフラワーパークに変更した。晴れた日には気付か無かった新しい発見があった。それは、沢山の鳥が木々の間を飛び交い、鳴いていた。何時もは多くの入園者で賑わい鳥が近くまで降りてこない事や周りの騒音で聞えなかったのだろう。雨にぬれた花々の鮮やかさもまた格別であった
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鹿児島県は指宿JR今和泉駅の周辺に拡がる篤姫ゆかりの今和泉・島津屋敷のかんのたん、先祖代々をまつる神社や篤姫が遊んだ隼人松原周辺の海岸を整備して散策コースや駐車場をつくる事業費に1億8千500万を投入する。私の子供の頃の隼人松原はに白砂が続いていて夏は絶好の海水浴場であった。北側奥には切り立った岩の断崖が有るが丁度その上を国道が走る。岩の間からは指宿スカイラインの貫く小牧台地一帯に降った雨が伏流水となり湧き出ている。今は波消し堤防が築かれわずかな砂浜が残っている。今はもう見られないが泳いだ後には岩間から湧き出た綺麗な冷たい水を竹の樋を通してそうめん流しを楽しんだ。いま、私が往診に行っている患者さんは昔、島津家の末裔のお家に嫁に来たた会津の郡山の人である。かって海水浴客でにぎわっていた頃は浮き輪や貸しボートの管理をしていたそうである。JR指宿枕崎線に沿って走る国道226号線の堤には懸崖の菊が植わり海沿いに老松が枝を伸ばしてまるで東海道53次の箱根を思わせる。 |
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ひょうたん池
きのう日曜日の昼、NHKテレビの再放送「この世界に僕達が生きている事、病気と向き合い110人の微笑みを描く、困難を乗り越えて」を見て感動し涙が溢れた。昼食後には運動を兼ねて指宿市の東にあるひょうたん池周辺を散歩する予定だったが何気なく番組を見ていて引き込まれてしまい、最後まで見てしまった。デュシャンヌ型筋ジス症に罹った27歳男性の画家が主人公で母親の全面的な介護と人工呼吸を受けながら、力の入らない不自由な手で命の限りを尽くして世話になったている医療スタッフや病気で苦しんでいる人の微笑をスケッチし続けている。110人を描きあげるのを目標にしているが病状と体力が持たず今やっと半分の55人を描き終えて居る。それとは別に5年前のアメリカでの9・11テロのテレビ画面を見ていて炎上し燃えるセンタービルの湧き上がる真っ黒い煙の奥の真っ青な綺麗な空がまだ忘れられないと言う。それをモチーフにした絵の制作をコンピューターを助けにして製作中である。あの綺麗さは何だろうかと考え続けていると言う。物事の2面性なのだろうか。画に打ち込んでいる彼の目、しゃべる言葉は本当に純粋で神々しかった。生きている事や死が淡々と語られていた。心は体に密着し依存しているのに、あたかも体はかりもので別々に存在しているような錯覚にとらわれた。そこまで彼を昇華させたものは何なんだろう。微笑みの画も写真を頼りに描くのであるが、絵の顔から自然にあふれ出る微笑は写真よりテレビで映し出される動く実際の本人の顔そのもの。病気で苦しんでいる奥に、苦しみを乗り越えてしか得られないほほえみが見える。彼自身が自分はそんなに善良な気持ちは持っていないと言う。自然と優しい気持ちを絵に表現できるのが不思議であるし、絵を見たみんなを幸せな気持ちに出来るのが嬉しいと語っていた。私がこの番組の惹きつけられたのは内容も素晴らしかったが、ほほえみがキーワードになっていたからである。私の医療法人の名称はほほえみ会である。グループホーム、居宅支援事業所に今は休止中の訪問看護ステーションの名前がほほえみと言う名前である。現在は介護保険事業所の名前で、これに類する名称が多い。私が最初に名付けたのは医療法人を立ち上げた10年以上も前のことでこのようなやや不真面目とも取れる名前は医療法人にはなかった。私は小さい頃からいつも笑顔を絶やさない子供でそれが長所でもあった。逆にこの事で何で笑うのかと誤解されしかられる事も度々ではあったが仕方のない事で余り気にしなかった。自分に最もふさわしく、自分らしい名称はこのほほえみしかなかった。会計事務所の社長さんに可笑しいかなと尋ねたが別に異論もなく決まった。そして車の後ろに事業所の名前をほほえみ会と入れた時、何となく組み事務所の感じがしないでもなかった。所が最近はインターネットで調べると介護関係でこの名前を使った所が沢山出てくる。私が何時もニコニコしている所為かも知れないが、知り合いのあるドクターは会うといつも私が自分自身でほほえみと名付けたのは素晴らしいと褒めてくれる。所で番組の中でいつも一緒で介護して居るお母さんが笑顔を絶やさなかった。彼が病気と知った時からその様にしているとのインタビューではスタッフに珍しく涙ながらに話しているのが印象的であった。番組がおわり涙を拭いてひょうたん池に散歩に出掛けた。
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朝、早く起きてシャワーを浴びようと風呂場を開けた。何かバタバタ音がするので見回すと小窓の網戸と回転式格子窓の隙間に2羽の雀が閉じ込められ、ばたついている。そう言えば昨夕、激しい時雨があり妻があわてて風呂場の格子を閉めていた。まさか雀が雨宿りしているとは思わなかったのだろう。2羽の雀は狭い中、夜長一夜を過ごし、私が点けた明かりでびっくりして逃げ出そうと騒ぎだしたのだ。しかし逃げようにもどうしようもない。格子戸を回してあげたら1羽はうまく外へ出ていった。残りの1羽は残ってしまい出れない様子で網戸を外してやったところ浴室を飛び越し、居間まで飛んだ。表戸を開けてやっても、気が動転しているのか天井すれずれに飛び回るだけで外に出ていけない。そのうち疲れてしまいフローリングにへたり込んだ。そのうち元気を取り戻し冷静になったのだろう、開いてある表戸に気付き、這這の体で晴れた空めがけてとびだして行った。なにも騒動を知らない妻が寝室からおきて来た。一部始終を話したところきっと夫婦の雀で、今頃は屋根の上で体を寄せ合い、怖い目に会ったけど助かってよかったと無事を確かめ合っているでしょうねと寝ぼけ眼でおどけて見せた。

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平成元年には2万5千あった有床診療所は現在その半数以下の1万3千まで減少している。最近では年間1千ずつ減っている。これは有床診の入院対象者の減少、病床稼働率の低下、後継者不足、看護師はじめ医療従事者の不足に加えて、平成14年の2.7%、平成18年の3.16%の診療報酬マイナス改定の影響が大きい。支出の大半を占める人件費の高騰に反しての入院基本料の減額等は有床診療所の経営を閉院やベッドの閉鎖に追い込む程に苦しくしている。厚生労働省の有床診に対する処遇は、有床診の使命はすでに終わったと考えているのではないかと危機を感じた有志が昭和63年に全国有床診療所協議会を発足させた。協議会は①有床診療所が48時間を越えて患者を収容出来ない医療法第13条の撤廃②有床診療所と病院間の入院基本料の格差の是正の2つの課題を中心に活動して来ている。日本医師会も平成14年度に「有床診療所プロジェクト委員会」を設置して側面から支えて来た。その成果が平成19年1月にも発効する平成18年度6月成立の医療改革関連法の48時間条項の廃止である。しかし今回の報酬改定でも病院と有床診の入院基本料の格差は是正されず病院の最低ランクと有床診の最高ランクの差は500点もある。有床診は地価、人件費の高い都市部には少ないが九州・四国など地方に多く、有床診の果たしている役割は大きい。有床診は夫々に専門性を持ちながら開業している。一人~二人の医師が外来から入院までを一貫して診ている。住民のニーズに合わせ専門の手術や治療に特化して頑張っている所もある。有床診は地域に密着して住民の病気治療だけでなく健康診断、健康指導や日曜・休日輪番、救急医療も引き受け、在宅医療、訪問看護や介護サービスの通所リハビリなど住民の生活を支えている。ある調査によると有床診療所に通院している8割の人が通院先の医師をかかりつけ医と考えていた。最近は大病院志向もあり、風邪とか、かすり傷などの軽い疾病で大病院へ行き3時間も待つたとの話を聞く。無駄な事である。一次医療で入院の必要な患者を有床診療所で収容し、より高度な医療の必要な場合には二次病院に紹介する。軽快後は退院して在宅でフォローしたりまだ入院の必要があれば受け入れるなど状況に応じて対応出来るのが有床診であろう。高齢者は病気を治す(cure)よりまず療養生活を支える事(care)が大切である。これからはますます認知症が問題となって来る。高齢になると住み慣れた場所を一寸離れただけでも精神および身体に異常を来たす。国は介護病床の廃止、療養病床の削減で生じる患者を老人保健施設、有料老人ホームや在宅に移行させるとしている。それを支えるのに最適な施設こそ地域に根付き、小回りが効き、高齢患者さんに顔馴染みのスタッフの揃った有床診の筈である。その有床診療所が減ってしまうことは地域医療の崩壊を意味している。そこで日本医師会は有床診療所の減少を食い止め、パワーアップを図る為に有床診療所プロジェクト委員会を常設委員会にした。これに力を得た全国有床診療所連絡協議会はこれまで以上に有床診療所の存続と経営の安定を支援する活動する方針を確認している。来年の平成19年7月28日、29日の2日間に渡り鹿児島市で第20回全国有床診療所連絡協議会が鹿児島県有床診療所連絡協議会と県医師会が担当して開かれる。鹿児島市医師会員の皆さんに置かれましては大会を成功させる為に御協力下さいます様お願い致します。
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私はかって心臓血管外科に所属し大血管の動脈瘤や末梢動脈閉塞の治療なかでも外科手術を主に手がけていた。今はカテーテルを使ってある程度までは再建できる。私が関わっていた頃はやっと人工血管が普及し始めたばかりで、内膜剥離による血管形成をするのが普通であった。もともと動脈硬化で痛んだ血管を再建しなければならないので時間も掛かる上に術後すぐ再閉塞したり抗凝固剤の影響で術後出血したりで再手術も少なくなかった。脂肪で針も掛からない程にぼろぼろになった血管壁を繰り返し縫いながら空しい思いにとらわれた。これほどまでになった血管を修理する意味があるのだろうか、それより予防する事が大切だと何時も思っていた。そうゆう思いもあり専門は外科ではあるが開業する時の私の目標は動脈硬化を如何に予防し改善させるかであった。先ず玄関に自動血圧計を置き患者さん自身で測定して血圧への関心を持ってもらう。来院時には必ず体重計には乗ってもらう。そして最初から院内は禁煙にした。住民へは事あるたびにコレステロール、肥満、糖尿病など生活習慣病の話をして来た。それをし続け10年以上になる。開業当初は四肢血行障害が多かったが最近は滅多にお目にかからなくなり効果がやっと目に見えるようになったと喜んでいる。
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今年から介護予防事業では、住民健診の中で65歳以上の方を対象に認知症や要介護予備群の特定高齢者スクリーニングの為の、アンケート調査が始まっている。その影響で65歳以下の方でも、物忘れに関心を持っている。元公務員の62歳の方が健診に訪れた。何時もはしっかりして居る人であるが看護師が日付や曜日を尋ねるがその日と合わない答えが返って来る。生活習慣病のための採血、心電図検査などを終えて希望で血管年齢の出る検査も行ったが年齢相応である。脳血管性痴呆でもなさそうだ。看護師が長谷川式認知度判定をしてみたら23点と出た。この年でおかしいと言う事になり、他に変わった事がないか尋ねてみた。その方の言うには最近左手に力が入らず単行本を読んでいる時など、落としてしまうとの事。早速、頭に異常があるのではと考え頭部MRIをオーダーした。帰ってきたフイルムでは右側頭部に左脳を圧迫する血腫が写って居た。頭を打った事はないを聞くがその様なエピソードも無いと言う。それはともかく何とかしなければ大変なことになる。急ぎ家族に来てもらい脳神経外科に紹介した。最初は健診目的だったが、様子がおかしいのにたまたまスタッフが気が付き機転を利かし長谷川式テストをしてくれた。認知機能が何となくおかしいでは無く客観的に長谷川式スコアで示してくれたので、お陰で脳の異常に気づき早目の治療に結びついた。簡単であるが重宝なテストである。
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