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医療療養病床の入院基本料の設定のミスが明らかになった。事前に調査して判明していたADL1.2.3区分の夫々の介護コスト費用分を医療区分1.2.3に加算するのが忘れられていた。財政から導かれた療養病床削減の数値ばかりに気を取られて、今を生きている国民を無視したとんでもない非常識をしているのだ。医師の世界の常識は世間の非常識と揶揄されている程、医師はお人よしだとしても、平然と厚労省が我々医師に非常識を押し付けているのにはあきれる。療養病床入院中の患者さんに、当然必要な医療・介護をしてなぜ赤字になる報酬を設定するのか理解に苦しむ。療養病床から介護施設に移ったり、家に帰ったにしても、今を生きていくためには設定された以上の経費が掛かる筈である。それも分からない程に厚生労働省の役人の頭は悪いのであろうか。医療報酬の名が付かなければ、他のいかなる名目での出費であれば良いといわんばかりである。費用の出所は名目はどうであれ全て国民の負担である事を忘れている。

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今朝の朝日新聞に「トッピー衝突から半年、医療現場では今」 的確・迅速な救護ー模索 情報の共有・連携がカギ 行政の参加求める声もー情報の錯綜、詳細な連絡無し、経過報告届かず、入ってくる情報はテレビのテロップのみ、海保は潜水士をいち早く船内に派遣していたが情報として役立たずーの記事が載ったので あの当時を振り返り 事実の記録として私がすぐに医師会に報告したそのままを再掲した。

県医ロビー鹿児島県医師会報平成18年5月号
トッピー海難事故その夜の医師会活動         
 4月9日の日曜日夕方6時過ぎ、夕食を摂って居た所、かかりつけ患者の娘さんからの携帯電話が入った。家族人で屋久島観光の帰りに乗ったトッピーが佐多岬付近で座礁し、その衝撃で母親が具合が悪くなった。指宿港についたら診察してもらいたいとの依頼だった。その方は大動脈手術の既往があり胸部打撲や血圧上昇で破裂する恐れがあるので着いたら診るとの返事をした。しばらくして事故対策本部と称する所から連絡があり、高速船トッピーが佐多岬沖付近で何かにぶつかりその衝撃により乗客数名のうち人ほどの乗客が負傷している。その中に、私のかかりつけの患者も含まれており港に着き次第、救急車で搬送するのでクリニックで待機して居るよう依頼された。後でわかったが今林指宿医師会会長は県医師会救急医療担当理事の新村理事から救急対応の要請を受けて、すぐに木之下藤郎指宿医師会救急担当理事に連絡、指宿港に救急事故対策本部を作り、在宅の医師会員に協力の要請を指示した所であった。その後しばらくしてテレビにその事故のニュースが流れた。大変な事態に成りそうなので当番の職員を呼び出して待っていた。しかし遠くで救急車が行き来するサイレンの音は聞こえるがなかなかどうなっているかの連絡が入らない。やっと時過ぎになりその患者さんは事故現場でトッピーから巡視艇に移され指宿港に運ばれそのまま救急車で私の所に搬送されてきた。外傷は左下腿の打撲挫傷に首と腰を強く打って痛がり、血圧がやや高めで嘔吐を繰り返した。それも鎮静剤で落ち着いた。特別の治療は必要ではなかったが念のため入院してもらった。翌日腰部検査をした所、腰椎第第番椎間板に、急性ヘルニアを認めた。私はクリニックで待機していたので現場の状況は知らない。後日、医師会の集まりで知った事を報告する。トッピー海難事故発生での救急要請を受け、木之下担当理事は在宅中の会員に連絡網を通じて協力を依頼した。連絡ではトッピーは負傷者を乗せて移動できるとの事であったので医療機関の多い指宿港に着かせるように折り返し連絡して対策本部を指宿港におき会員に駆けつけてもらった。その後、トッピーは航行不能になり海上保安部の巡視艇が現場に行き事故の状況、負傷者の様子を確認した所、重傷者が数人出ているとの事で、まずその人たちを巡視艇に移し指宿港に運ぶとの連絡が入った。木之下担当理事、元鹿大附属病院救急部の宮田敬博医師をはじめ駆けつけた会員は巡視艇に乗せられた負傷者が着くのを指宿港で待つ事にした。なかなか連絡が入らないまま時過ぎになりやっと到着した。首を固定され顔面血だらけで腰を負傷し立てず担架で港に降ろされた。その日は海が荒れておりトッピーから巡視艇、巡視艇から港に降ろすのが大変で担当理事は海に落ちそうになりあぶなかったと話した。なんとか駆けつけた会員総出で負傷者の状態を判断し必要な応急手当の後、あらかじめ手配してある医療機関に救急車で搬送した。現場近くでのトッピーにはまだ相当数の負傷者が残っておりしかも現場は海が荒れて巡視艇に移すのは大変との判断でトッピーに乗せたまま巡視艇で曳航、船着場のしっかりした山川港に向かうとの連絡が入った。急遽、指宿港に作った対策本部の医療班を山川港に移動して到着を待っていた。その間、対策本部への海上保安部からの情報は海運会社を通じてのみ伝えられるというもどかしさがあった。時分過ぎに曳航されてトッピーは山川港に入港した。予想以上にトッピーの内部は壊れ多くの負傷者が出ており、事故の重大さに驚いたとの事だった。殆どの乗客が担架や介助で船から降ろされて港の岸壁に寝かされた。医療班がトリアージを行い、それに従った負傷の軽重、希望によって救急車、海運会社のバスなどを使い医療機関に搬送した。指宿所轄以外の消防署からも救急車が駆つけ数台で指宿、鹿児島の医療機関との間をピストン輸送した。すべてが片付くのに翌朝の明け方まで掛かった。負傷者の多くは外傷性頚部症候群と顔面挫傷、腰椎損傷とくに粉砕骨折が見られた。指宿医師会の木之下救急担当理事はかねてより大災害の起こったときを想定して医師会全体に訓練を働きかけてきて来た。特に尼崎の列車事故での救急医療派遣チームや瓦礫の下の医療に興味を持ちそれをモデルとして会員を指導していたので今回の事態にすばやく対応出来たと考えている。      

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