夫婦喧嘩は犬も食わない。それでは誰が食ってくれるか。お互いが食う事になる。結婚して30年以上にもなると男は殆ど妻に依存して生きているのが真実かもしれない。男はそれを時々忘れる。おまけに威張っていてプライドだけは高い。これまでの仲も、程々に良く、お互い空気のような存在で物事にも以心伝心、阿吽の呼吸で生きて来た。しかし物忘れが出るようになると少し具合がおかしくなる。物の置き場所等のささいな事で喧嘩になる。積み重なると気持ちが通じ合わなくなる。信じ合って来ただけに、相手の気持ちもちも分からなくなってしまったのかと落胆する。愛憎相半ばすると言うか、甘えもあり、お互い自制する訓練も出来ていないので一寸した喧嘩に発展する。我が家は毎日届く郵便物、回覧書類、業務書類で足の踏み場もない。そこで家内が時々整理をする。自分の考え通りにするのである。散らしていても周りの状況と結びつけて、どの書類はどこにあるか位は覚えている。しかし整理されその場所の説明を一応受けていてもすぐ忘れるようになって来た。いらいらして喧嘩になってしまう。そんな事が積もり積もって些細な事が気に障るようになる。昨日その様な事があった。家内は私より役職が多い。最近その所為で忙しくしている。家の事が滞りがちだ。室内には犬猫も飼っているし鈴虫も居る。私は可愛がるだけで世話は家内の役目と決め付けている。彼らの排泄物のことで言い争いになった。私は酒の勢いもあって激しく怒りしばらくどなりチラシそのまま床についてしまった。夜中に起きてみるとすつかり家が片付き、私の望みどうりになっていた。アルコールも抜け冷静になった私は夜中という事もあって少しセンチメンタルに成っていたのだろう。今までの一緒に過ごした結婚生活をあれこれ思い出していた。これからは一緒に過ごした半分も生きられないかも知れないのに悪い事をしたという思いがこみ上げ妻の寝顔を見ながら涙が出てきた。小さな声でごめんねごめんねと囁いた。これからは御互いを1人の社会的人間として礼儀を尽くして生きていこうと心に誓った。今までは若い勢いで考えもしなかったが折り返してもこれまでのように長くは生きられないのだから。自然の神様が夫婦喧嘩を食べてくれた。
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