今日は平日の当番医。土、日ほどの忙しさは無い。ゆっくり構えているところに消防署から電話の問い合わせがあり10歳の男の子が鼻血が止まらず診て貰いたくて病院を探しているらしい。お宅で見て欲しいとの依頼。夜間一般住民が耳鼻科のお医者さんに電話しても出ないかあるいはファックスの受信音だけがむなしく帰ってくるのが常。しかし鼻血に対し私が出来るのは鼻鏡とボスミンタンポンぐらいである。これまで其れ位では鼻血が止まらず心配しながら朝が来る迄付き合った患者が頭を巡る。しかし恐れていてもこの深夜、対応出来る医者は私しか居ないと思い直す。外科当番医は出たとこ勝負の覚悟が必要なのだ。すぐ来るように返事した。しばらくして母親に連れられてばつの悪そうに小鼻を摘まんで男の子が遣って来た。顔が赤く腫れあがっているが幸い鼻血は止まっていた。一応、どうして出血したか聞いてみた。弟と大変な殴り合いの喧嘩をしたらしい。鼻鏡で覗くとキーゼルバッハに小さな傷があった。自然に出た鼻血なら他の病気が潜んでいる心配もあり内心どうしようと心配して待っていたのでこれで一安心だ。母親にただの安心料だったねと話すとホッとした様子で、何度もお辞儀をしながら帰っていった。母親にとっては鼻血が丁度良い喧嘩の仲裁になったのだろう。今、低年齢者による信じられないような悲惨な事件が起きている。私が校医をしている中学校の校長先生が嘆いていた。アンケートを採った所、人は死んでもまた生き返ると思っているものが13%も居たそうだ。バァーチャルリアリティー世界のゲームのなかで一度死んだキャラクターが何度も生き返る。これでは現実の痛みなど教えられていない。子供は小さな怪我をしながら自分の痛みを知り、また相手の痛みが分かるようになる。決して勧められないのだが私達の団塊世代が過ごした時は普通の事であった愛の鞭、体罰位は許されても良いのではないか。現実を学んで大きくなって欲しい。そうすれば大きな怪我もしなくなるし他人も傷つけない。兄弟げんかは大いにすべし。この家族は仲良くなる事だろう。なんと穏やかな当番日。後、何も来なければ良いが。
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在宅療養の患者さん宅ではペットの犬猫を飼っているお宅も多い。特に高齢の認知症のある場合には、家族が慰みにと一緒に過ごさせている。私も室内で猫と犬を飼っているのでペットの習性やあやし方は心得ている。殆どの犬が私に慣れてじゃれ付き歓迎してくれる。訪問するとまずはペットの御機嫌取り、その間に看護婦さんがバイタルをチェックしてくれる。彼らの嗅覚は鋭い。私の家の犬は、普段帰ると前足を挙げてシッポをふりふり飛び付くのだが、往診から帰宅した時は、顔を伏せてまずズボンについた臭いの探索から始める。他のペットの臭いがしてそれを嗅ぎ分けているのだ。警戒してしばらくおどおどしている。最近往診を始めたおうちがある。最初の訪問時に室内で飼うには大きすぎるシェルティーとスピッツの雑種の2匹の犬が座敷に繋がれて居るのには驚いた。玄関を開けるとこちらに向かって盛んに咆えた。その後は繋がれた奥の方で最初の間だけ咆えて家人の制止で大人しくなった。一応、繋いであったので気にも留めなかった。殆どのお宅の犬がそうであったように慣れて咆えなくなるだろうと鷹を括っていた。先日何時もより早めにそのお宅に往診に出かけた。寝たっきりの患者さんだけがいて家人は留守のようだった。玄関が開いていたので看護婦さんと伴に上がらせてもらった。ところが2匹の犬はつながれて居ず突然玄関に向かって駆け寄ってきた。気軽に玄関を閉め患者さんのベッドサイドに行った。2匹の犬は咆えながら私達の脱いだ靴を嗅ぎまわっていた。何を思ったのかその後2匹で私達の周りを回りながら牙をむいて吠え出した。今にも噛付きそうな形相である。患者さんは物もいえない人なので制する人がいない。全ては犬の縄張りの中である。私は総毛だった。いかにしてこの場を脱出するか懸命に考えた。犬達は時々玄関に行っては帰ってくる。その隙に窓から脱出しようと看護婦さんと示し合わせた。心臓は高鳴り、全身汗だらけ、一応携帯電話を持っていたので事務の若い者に救出に来てくれる様に頼んで置いた。幸い犬が離れたチャンスを逃さず2人で急いで窓から裸足で脱出出来た。患者さんが何か呻いている声がしたが後も見ないで、とにかく迎えに来てくれた車で無事クリニックに帰り着いた。私にとっては命からがらの気分だった。家に帰って玄関を開けた途端、自分の家の小さいヨークシャーテリアが駆け寄り臭いを嗅ぎに来た時に一瞬先ほどの場面が蘇ってしまい鳥肌がたった。それほど緊張していたのだ。すっかり疲れ切ってしまった。後ほどお詫びと一緒に脱ぎ捨てて来た靴が届いた。それからは介護人が居ない時は迂闊に患家に入らない事にした。
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