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2006.07.31 14:34 |  生活 / くらし  |  趣味  |  スポーツ  |  でんさん  | 推薦数 : 0

医者ともあろう者が

  

昨日、日曜日の鹿児島は夏本番、気温も35度を越えた。こんな酷暑の中、医師の知人が朝早くゴルフに出掛けた。日が高くなりジリジリ太陽は照りつけ、気温も上がって来た。グリーン上は熱気でむんむん。汗は流れるように噴き出し目はかすむ。何時もはスポーツドリンクを飲むのだが、この日に限ってペットボトルのお茶で済ませていた。ホールも進みハーフの終わり頃になり目眩に下肢のふくらはぎが痛み始めた。これが日射病の始まりかなと思いプレイを早々に止め急いで体を冷やしに車に戻り、クーラーを最大にしているとしばらくして脚の痙攣が始まった。そして手にもこわばりが出てきた。一大事である。誰かに急を知らせるにも車の中で一人きり。車のドアも開けられない。そこで車のクラクションを鳴らし続けた。何事かとクラブハウスから係が飛んできた。様子がおかしいのにびっくりして救急車を呼んでくれた。そのまま病院に搬送され輸液を受けた。一命を取り留めたのである。医師は一日中、外にも出れず冷房の効いた室で過ごす。直射日光に当ることもない。それに暑さにも慣れていないので有効な汗のかき方も下手である。そして土曜、日曜日ともなるとゴルフを計画し前の日遅くまで酒を飲み朝早くから出掛けるパターンで殆ど脱水状態に近いパターンが多い。鹿児島は前の週、豪雨で大変だった。その為に湿度も高くなっていた。そのような状況で炎天下でのプレイは自殺行為であった。それに大分汗を掻いたにも関わらず塩分を取らなかったのは医者としては不覚である。

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改正介護保険法で認定審査会の遣り方も変わった。新介護予防が導入され介護保険財源削減のためになるべく軽度者を介護給付よりも予防給付に振り分けるのに気をとられ全体のバランスを取る余裕がない様にも見える。予防給付になるか介護給付になるかは利用者にとっては大きな問題である。この線引きとして一次判定が介護1相当の場合に追加審査があり調査表と主治医意見書の認知度の組み合わせを元に審査員の合議で判断される。これは調査員と主治医が夫々にイメージした主観的状態像であり客観性が失われている。認定は公正、公平で無ければならない。そのためには認定作業の夫々の過程が基準通り行われる必要がある。基準はあってもそれに従って過不足無く判断出来る能力が必要である。特に市町村の行う認定調査での調査員の資質は大切である。調査でのチェックが一次判定のそのものであり、その後の審査会でも金科玉条のごとき影響力を持つ。覆すのはいささか難しい。調査での特記事項に事細かく書いてあり、主治医意見書に新しい事実の記載があつた場合、審査会で修正すれば良い事に成ってはいるが、修正の判断には各合議体で差がある。ここに不公平の生じる余地が生まれる。審査員の資質も影響する。とくに認知症の判断は難しい。平成15年に改訂された一次判定ソフトでやっと主治医意見書の認知と記憶の項目がインプットされるようになった。認知度に対して調査と意見書の乖離があっても自動修正されるようになった。特に調査員と主治医意見書の乖離で多いのが短期記憶と日常の意思決定、意思の伝達である。調査員の多くがチェックしていない。この点だけを修正しても修正して得られる一次判定は変わらないことが多い。これは改正一次判定ソフトのロジックでも認知症に関して介護の手間を介護時間を尺度にしているからである。調査員が6群をいくらチェックしても介護の手間として表れない。認知症の判断に介護の手間を物差しとしている一次判定ソフトがこのまま使われる続けるならば認知症はあるがADLの障害が軽度の場合、つまり歩ける痴呆は殆ど非該当になる恐れもある。事実、サービス事業者間では、最近の認定結果を見渡して、立って歩ければ予防給付か非該当になると噂されている。私が不思議に思うのは一次判定ソフトは介護の手間を尺度にしているのに、介護1相当を予防給付と介護給付に振り分けるのに調査員と主治医のイメージした状態像である認知症高齢者の日常生活自立度を用いている矛盾である。一次判定に現れない部分を再利用する矛盾。一次判定で切り捨てられた申請者は泣き寝入りではないか。予防給付は介護保険財政に大きな負担にならない。いま認知症の増加が大きな問題となって居る。すでに身体障害のADL対応は標準化され安定しているが調査は未だにADL重点に偏りすぎている。今年から住民基本健診で全住民の中から特定高齢者のスクリーニングが始まった。洗い出しの基準として質問事項の答えからの状態像が使われるだろう。それまでして介護予防の対象者を探しているのに、日常生活に窮し介護サービスを希望して申請した人の調査で認知度の判定があやふやでは住民の理解は得られない。財政難から全体の介護認定結果を軽度の方向にシフトさせ給付を少なくする遣り方は止めるべきである。そして認知度に対しては訪問調査それに続く一次判定でも介護時間を尺度にした判定では無く、状態像による基準を作り歩ける痴呆の認定対象枠の拡大する一次判定ソフトに代えるべきである。改正を急ぎすぎた齟齬が表面化している。認知症の早期サポートが課題だと騒ぎながら一方ではその役目もするべき予防給付が未だにADL対応のままなのはおかしい。

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一般には夫を妻が介護する姿は、ごく当たり前の事として映る。反対に妻を介護する夫を見ると大変だろうなと思う一方でほのぼのとした物を感じて尊敬してしまう。私の周りにはそんな境遇の夫が数人は居る。妻が認知症になったり脳血管障害のため身体が不自由で介護が必要になっているのである。子供達は独立して離れ夫婦2人暮らしの場合が多い。身の回りの世話から買い物、炊事、洗濯をこなし、診察、リハビリにもつれてくる。話を聞くとその殆どが妻が病気になるまでは家事一切した事の無いような頑固で我儘な夫だったようである。そして異口同音に若い時、妻には苦労をかけた、今お返しをしていると屈託が無い。その献身振りには驚く。そのような夫達はいたって健康で明るい。妻が倒れるまでは生活習慣病の宝庫のように太っていて妻に引きずられる様にして通院していた方が妻が突然の病気で半身麻痺になり、妻の病院通いから生活の全てを見なければならなくなった。そこで夫は子供達に頼らず自分ひとりで頑張り出した。それまで80キログラムあった体重も60キログラムまで減り、杖を突いて居たほど不自由な脚も普通に歩けるようになった。妻を介護する事で生活習慣がまともになり健康を取り戻した。そしてある文集に健康と言う素晴らしいプレゼントをくれた妻に感謝していると書いていた。若い時の罪滅ぼしの気持ちが自分を健康にしてくれたのである。私が関わっている全ての夫がけなげで一途な人々である。私には到底無理だとは思うが少しでも見習わなければいけない。

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2006.07.29 08:22 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

繋がれた猫の近況

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噂の伝次郎ならぬマイケルです。繋がれては居ますが生活に必要なものは一応、わが敵の妻が揃えてくれてあります。運動不足になるのが悩みですが紐の届く範囲で動き回っては居ます。出所の暁にはせめて部屋中を走り回り爪とぎで鍛えに鍛えた爪で引っ掻き回して見せます。もうすこしの忍耐です。 

 

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厚労省がより質の高いがん診療を受けられるように全国に整備を進める、がん診療連携拠点病院に鹿児島県では鹿児島大学病院と鹿児島医療センターの2ヶ所が指定された。条件として緩和ケアチーム設置、院内がん登録指定の要件を満たしている必要がある。鹿児島医療センターは創立105年、開設25周年を迎えて平成18年10月14日に記念式典を予定している。明治34年4月鹿児島衛い病院創立し、昭和20年12月厚生省に移管されて国立鹿児島病院として発足した。その後、昭和56年4月国立南九州中央病院の開設により組織と人を国立鹿児島病院から継承し、伊敷町から鹿児島大学付属病院があった城山町私学校跡地に移転した。その後、名称を九州循環器病センターに、そして現在の鹿児島医療センターに変えて来た。南九州中央病院は循環器とがん専門病院として発足、着実な歩みを続けてきた。開設当初は循環器病の中でも虚血性心疾患にカテーテル治療の進歩の著しい時期に重なりCCUネットワークのメンバーとして鹿児島におけるこの分野の充実に大いに貢献して来た。一方、がん診療の面でも放射線科を中心に消化器内科、血液内科、外科、産婦人科、耳鼻科それぞれに連携した肺がん、乳がん、婦人科がん、消化器がん、血液がんの集学的診療を続けてきた。術前化学療法の確立、放射線照射装置ライナックを使った術中照射治療など多くを手がけてきた。近年の肺がん、乳がん、大腸がんの増加は著しい。がん化学療法専門医、緩和ケアチームなど多くの患者が望む医療の充実が切望されている。その診療を地道に続けてきた実績を買われ拠点病院として鹿児島大学病院とともに指定された事は以前、在職し関わった者としては喜ばしい。

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2006.07.28 16:18 |  診療  |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

豪雨で医療機関が機能不全に

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平成18年7月20日から24日に渡り降り続いた豪雨で鹿児島県北部の出水市、大口市、湧水町、さつま町、菱刈町では河川増水、堤防決壊、がけ崩れ、土石流での家屋倒壊、浸水、道路の寸断、孤立などで大きな被害を受けた。民家以外にも学校、役所など公共施設もふくまれ、被災住民の診療を行うべき医療機関も10数軒被災した。さつま町虎居で2か所、湧水町で1か所、菱刈で1か所、出水市で7か所などである。さつま町の眼科と耳鼻科の2診療所、出水市、湧水町の2内科医院が床上浸水しカルテの流失、レントゲン撮影装置、超音波装置等の医療機器やレセコンなど電子機器が被害を受け使用不能となっている。耳鼻科医院では1ヶ月以上の診療不能がよそうされ地域で1軒しかないので地域内の医師会病院に仮住まい出来ないか検討中である。その他に介護施設、グループホームなどでもエレベータ、エア・コン、電動ベッドも動かない状態。特に医療機関に於いてはカルテの流失は今後の診療に打撃であり、診療報酬レセプト請求も出来ない。しかし支払い基金では流失の証明があれば前3ヶ月の支払い報酬実積を平均化した1ヶ月分の診療報酬を請求できる事になっている。被災地の入院施設は定員を超過して入院できる事になっている。少しでも早い復旧を祈るばかりである。

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2006.07.27 06:49 |   |  でんさん  | 推薦数 : 0

3歳でベテラン

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  7月23日(日)に鹿児島県医師会館で第8回鹿児島禁煙支援学術講演会が開かれた。テーマを「子供達をタバコから守るために」と題して小児科医、歯科医それに慢性閉塞性肺疾患、肺気腫などのタバコ病の治療を手がけている聖マリアンナ医科大学教授が講演した。また保育園保育士による園、小学校での喫煙防止教育劇も行われた。最近の子供の喫煙の現況について、およそ7%の幼児、児童が喫煙の体験をしている実態があり、その中の40%が小学校入学前にタバコの試し喫煙している。そして中学校、高校に行くに従い増え続ける。子供がタバコを手にする切掛けが家にタバコがあり親が喫煙者な事なのである。両親とも喫煙者の場合、子供の6割、どちらかの親が喫煙している場合、3割の子供が喫煙だったとの調査がある。特に母親が喫煙者であると割合が上がる。小児科の医師から聞いた話では子供の診察に来て順番を待つ間にも、外でタバコを吸っている母親の姿が最近目立つようになっているそうである。スライドで3歳の子供が大人顔負けのタバコの持ち方で喫煙している様子が紹介された。タバコが小さい子供にも強い依存性を与えるかを示している。4月からニコチン依存症の禁煙指導が保険適応になった。年齢、喫煙歴、施設基準など難しい。しかも完全に出来上がった依存症を対象にしており一部の内科医しか扱えない。禁煙指導に熱心な小児科医、歯科医、薬剤師は保険上では関われない。するとなれば自由診療になる。禁煙指導に必要なニコチンパッチは高い。子供の喫煙の問題を考えると保険適応対象も拡大させなければ社会全体への効果は薄い。また敷地内禁煙が支援診療機関としての施設条件であるが現状として大病院がこれをクリアーするのは難しい。大切な部分が抜けている。

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2006.07.26 17:54 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

烈日


鹿児島はやっと梅雨が明けた。途端に本格的な夏に突入した。太陽はジリジリ照り付ける。カラットはしている。先週末の大雨が嘘のようである。災害にあわれた方々にお見舞い申し上げます。

群馬大の肝移植医療過誤を報ずるニュースを見て、すぐにそこの教授になった先輩を思い出した。もうかれこれ10年余り会っていない。そのあと記者会見で先輩の顔が大写しになって驚いた。病院長として謝罪している姿である。懐かしくはあったが、こんな事で消息を知り何か切なくなくなって居たところに、今度は、先日の鹿児島県北部の豪雨のがけ崩れで自動車ごと巻き込まれた人の名前が、妻の中学生時代の同級生の名前と同じだと言う。中学生のとき以来会っていないが、新聞の一面に出た最近の顔写真に、昔の面影があると言う。私達にとって滅多にない偶然が2つ続けてあった。世間は狭いと言う事を実感した。

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2006.07.25 22:54 |  仕事 / 職場  |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

気分は安部さん。

  
  

先日ある講演会の司会を務めた。これまでも講演した事は何回かはある。司会は数えるほどもない。目立たないが縁の下の力持ち役。済んだ時はすつかり疲れてしまった。まず自分を殺して講演を盛り立てて時間をキープしなければならない。講演するよりも難しい。プレゼントの包装紙みたいなものだ。司会次第で良くも悪くもなる。しぐさが大切である。前もってどんな風にするのが良いか。いろいろお手本を探して見た。身近なのはいつも見ている内閣官房長官の記者会見。自信有りげに気高く話してセンスがある。福田さん、阿部さんいずれもかっこ良い。顔も良いし、何よりもスリムでハンサムである。颯爽と皆を意識して登場するところが何とも言えないほどかっこよい。すべて本当のような気がして抗えない感じがする。その点、武部さんの場合、悪くはなかったが何か庶民的で後でずっこけそうでもある。顔を真っ赤にしてぽろっと本音も出そうで親しみやすい。私は何年ぶりかの同窓会で近況を報告する時に武部さんが来て居るのかと思ったと言われた。だからいくらかっこよく見せようと思っても無理で、見た目が悪いらしい。しかし気分は阿部さんで行くほうが少しでも会が上品になるだろうと仕草をまねた。犬で言えばコリー犬。シャナリシャナリが身上(新庄)なのだ。

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2006.07.24 21:12 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

繋がれた猫 

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英語でDog & Cat は土砂降りの意味である。我が家の犬猫には当てはまらない。犬は雌。猫は雄で去勢している。2匹とも同じ年のうまれで貰われて来てからズーツと一緒に座敷で育った。じゃれあい、舐め合う程の仲だ。しかし私と猫は相性がすこぶる悪い。猫に近づくと目を見開き、口が裂け夜叉面の形相でハーッとうなり声を上げて威嚇する。うっかり触れようものなら前足をフックさせ鋭い爪で引っ掻く。傷つけられては大変なので小さい頃は押さえつけてなんとか爪を切っていた。大きくなってからはあばれるので危くて切れなくなった。ちびた爪では高い所にも飛び上がれないので可哀相になり切らずに放っておいた。そうこうして過ごしていたある日、何を錯覚したのか入眠中の私の足首を思い切り噛んだ。私はたまらずに飛び起きた。しばらく茫然自失、何が起きたか判らなかった。もっとも安全で安心と思っている場所で訳のわからない災難に遭ってしまった。この期に至っては猫には理不尽であるが私にはこれ以上、猫と同居するのは無理だ。放り出すにしても、そもそも娘の友達の家に猫が生まれ、引き取って呉れる所を探していたとき真っ先に飼おうと言い出したのは私だ。娘の友達にも悪い。妻には良くなつきじゃれて甘える。私の気持ちは分かってくれそうもないが一応相談する事にした。あれこれ話しあった末に、現に傷ついた私の事を第一に考えてもらい外で飼うことになった。ところが彼は野放しの猫にやられ一日目から体中を血だらけにして帰ってきた。敵ながら流石にかわいそうになった。そこで思いついたのが家の中に繋ぐ事。猫を繋いで飼うのはなにか奇妙な気がした。これで私も寛げる筈。背に腹は代えられなかった。最初は変な雰囲気であった。その内に気にならなくなった。家の中は今のところ落ち着いている。犬の方は最初の間こそ猫を気にして近づいていた。今では猫の食べ残しを失敬に行く位で無関係に生活している。しかし私には後遺症が残ってしまった。何の気なしに、以前、猫が昼寝していた家具や机のそばを通っていて突然、猫に引っかかれる様な予感がして立ち止まってしまうのである。遠くにつながれた彼の姿をみて始めて気を取り直せると言った繰り返しだった。私と彼がそのような関係になったのには訳がある。彼がまだよちよち歩きのとき2階から落ちて後足を骨折した。そこで私はシーネを当てて治療した。それが痛かったためか、良くなってからも私を恐れ近づくと威嚇するようになった。せっかく治療してあげたのにとの思いがあり、ついついつらく当たるようになった。ますます関係が悪化して仲直りの機会を失ってしまった。今はもう彼も長い間繋がれており条件付けられたのか首輪をはずしても紐の範囲しか動かない。長い外出から私が帰ると懐かしそうに鳴いて応える。しかし私の心の傷は消えていない。奇妙なバランスを保った生活をしている。

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