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医局の机にリングをつないだ鉛筆立てがある。一番上のリングには糸が何本も結んであり纏のようになっている。2人の外科医が診療の手伝いにやってくる。その誰かが合間に糸結びの練習用にしているらしい。それを見るたびに昔を思い出す。私は今でこそ手術はしないがもともとは心臓外科医。外科の修業はまずは糸結びからだった。止血、胃腸の縫合など糸結びが悪いと、術後出血、縫合不全など合併症が出てくる。、特に心臓手術では魔術師的早業で糸結びをしなければ心臓を止めている時間が長引き術後に影響が残る。人工弁一つを縫い着けるのに500回から600回ほどの糸結びを必要とする。若い頃の一時期良く糸結びの練習をしていた。結び方にも色々あり場面、場面で使い分ける。糸の種類も沢山あり昔は絹糸とたんぱく質の吸収される羊の腸から作った糸が使われた。最近は化学合成糸が多い。糸には吸収されるものと非吸収糸がある。また撚り糸とそうでないテグス状のものがある。心臓血管の手術には殆ど非吸収糸が使われる。それは手術後すぐに機能しなければならない器官であり常に弾力のある力が懸かるのでしつかりと固定されていなければならない。一昔前に刑事コロンボと言うシリーズもののテレビドラマがあった。その中に「溶ける糸」と題する一章があった。確かあらすじは大学病院での心臓血管外科での話で助教授がその師である教授を亡き者とする為に、溶ける糸が使われた。それをコロンボが見破るサスペンスドラマで、ヒントは手術のときに使われる糸が鍵。教授の心臓弁が悪くなりそれを人工弁に取り替える手術が必要となった。術者は弟子の助教授、出世には教授が邪魔になる状況にあつた。チャンス到来。手術中に工作する方法を考えた。人工弁の縫着には溶けない合成糸を使わなければならない。しかし隠し持っていた溶ける糸を使ったのだ。溶ける糸を使うと手術後しばらくは持ちこたえる、しかしだんだん溶けていき数日後には人工弁は外れてしまい教授は死んでしまう。手術は完璧に行われた。外目には弟子には責任は無いわけである。完全犯罪を狙ったがそれをコロンボが見破る。もつとも手術は助手を務める医師、看護師、臨床工学士の協働作業なので多くの目がある。よっぽど周到に計画しなければ不可能なはなしではある。医局の糸を見て昔を懐かしんでいる。
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