でんさん
More プロフィール

Search

Calendar

<< 2006/05 >>
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

トップページ

Doctors Blog

新着コメント

新着トラックバック

2006.05.20 18:08 |  研究  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

鹿児島県公衆衛生学会印象記

鹿児島県公衆衛生協会は公衆衛生の向上をはかることによって県民の健康に寄与する事を目的に1961年に設立された。調査研究、事例発表の場として学会を開催し、優秀な発表者を日本公衆衛生学会総会に派遣して来た。今年は富山県で開かれる。県医師会館で第48回鹿児島県公衆衛生学会が開催された。演題は母子、成人、歯科、精神の保健活動や食品、環境衛生、感染症などの幅広い分野に及んでいた。内容は小中高の性教育、未成年喫煙、自殺予防とメンタル・マネージメント、ストレスコーピング、サルモネラ食中毒、ツツガムシ病、温泉水のレジオネラ菌消毒、環境中のダイオキシン汚染分布、介護予防に関連の口腔ケアーや転倒防止の効果、、麻疹、風疹の年齢分布での抗体保有率、インフルエンザ発生と湿度の関係、虫歯に成りやすい飲料、フッ化物洗口などの普及啓蒙などタイムリーなものから古くて新しい課題までバラエティーに富むものであつた。私は選考委員として出席した。研究デザインが適切か、斬新性があるか、公衆衛生上有意義か、図表の質、口演態度などを指標に60点満点で採点した。24演題の中で印象に残ったのは麻疹、風疹の抗体価調査や昨年県内で集団発生したサルモネラ食中毒の詳細な追跡事例報告、複数年継続しての未成年喫煙対策や性教育の効果分析などである。

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

昨年、宮之城で起きた駅伝の応援後、学校への帰る途中の中学生の列に自動車が突っ込み多くの死傷者が出た事故は記憶に新しい。その救護した地元医師会とさつま市消防署がその時の経験を生かしていつ起こるとも分からない災害や大事故で発生した大量の負傷者対応マニュアルをつくり、協定書を取り交わしたとの報道があった。私のクリニックは4年前から市の委託を受け高規格救急車と連携し心電図伝送受信システムを設置している。そして救命士からの通信に対応し指示出来る様になっている。また救急救命士の実務の実習も引き受けている。その関係で4月7日の午後に指宿消防署の救急救命士を含む救急隊員諸氏と去年1年間に搬送された救急患者についての検証会を持った。特に複数の負傷者が出た場合のトリアージをどうするかが問題になつた。指揮を取る者がケースごとに判断しどこに振り分け搬送するかを決めるにしても、受けての医療機関の体制はどうしたらいいか、メディカルコントロール体制はどうかなど意見が出された。医師会の救急担当理事は代々努力している。国立病院を中心に救急医療協議会も作っている。しかし外科の医療機関が少なくなっている。公立病院は研修制度の影響で大学への医師の引き上げでどこも外科系医師も不足しており1人1人の医師の負担も大きい。・・・・・書きかけていたところに偶然にも鹿児島種子島間を運行する高速船トッピーが佐多岬沖3KM付近で何かにぶつかり衝撃に乗客100数名のうち50人ほどの乗客が負傷したとの連絡が入った。私のかかりつけ患者さん家族で乗り合わせていて携帯電話で診療依頼の連絡が入った。その後、対策本部からもその人を運ぶので待機するように指示があった。最近組織化した当番待機の看護師に来て貰い待っているところである。

重複を承知で後日記事をまとめました。 

4月9日の日曜日夕方6時過ぎ、夕食を摂って居た所、かかりつけ患者の娘さんからの携帯電話が入った。家族3人で屋久島観光の帰りに乗ったトッピーが佐多岬付近で座礁し、その衝撃で母親が具合が悪くなった。指宿港についたら診察してもらいたいとの依頼だった。その方は大動脈手術の既往があり胸部打撲や血圧上昇で破裂する恐れがあるので待機しているので着いたら診るとの返事をした。しばらくして事故対策本部と称する所から高速船トッピーが佐多岬沖3KM付近で何かにぶつかりその衝撃により乗客100数名のうち50人ほどの乗客が負傷している。その中に私のかりつけの患者が含まれており港につき次第救急車で搬送するのでクリニックで待機しているよう依頼された。後でわかったが今林指宿医師会会長は県医師会救急医療担当理事の新村理事から救急対応の要請を受けて、すぐに木之下藤郎救急担当理事に連絡、指宿港に救急事故対策本部を作り、在宅の医師会員に協力の要請を指示した所であった。その後しばらくしてテレビにその事故のニュースが流れた。大変な事態に成りそうなので当番の職員を呼び出して待つた。しかし遠くで救急車がいききするサイレンの音は聞こえるがなかなかどうなっているかの連絡が入らない。やっと9時過ぎになり患者さんは事故現場でトッピーから巡視艇に移され指宿港に運ばれそのまま救急車で搬送されてきた。外傷は左下腿の打撲挫傷に首と腰を強く打って痛がり、血圧がやや高めで嘔吐を繰り返した。それも鎮静剤で落ち着いた。特別の治療は必要ではなかったが念のため入院してもらった。翌日腰部MRI検査をした所、腰椎第3/第4番椎間板に、急性ヘルニアを認めた。私はクリニックで待機していたので現場の状況は知らない。後日、医師会の集まりで知った事を報告する。トッピー海難事故発生での救急要請を受け木之下救急担当理事は在宅中の会員に連絡網を通じて協力を依頼した。連絡ではトッピーは負傷者を乗せて移動できるとの事であったので医療機関の多い指宿の港に着かせるよう折り返し連絡して対策本部を指宿港におき会員に駆けつけてもらった。その後、トッピーは航行不能になり海上保安部の巡視艇が現場に行き事故の状況、負傷者の様子を確認した所、重傷者が10数人出ているとの事で、まずその人たちを巡視艇に移し指宿港に運ぶとの連絡が入った。木之下担当理事、元鹿大附属病院救急部の宮田博敬医師をはじめ会員は巡視艇に乗せられた負傷者が着くのを待つ事にした。なかなか連絡が入らないまま9時過ぎになりやっと到着した。首を固定され顔面血だらけで腰を負傷し立てず担架で港に降ろされた。その日は海が荒れておりトッピーから巡視艇、巡視艇から港に降ろすのが大変で担当理事は海に落ちそうになりあぶなかったと話した。なんとか駆けつけた会員総出で負傷者の状態を判断し必要な応急手当のあと、あらかじめ手配してある医療機関に救急車で搬送した。トッピーにはまだ相当数の負傷者が残っておりしかも現場は海が荒れて巡視船に移すのは大変との判断でトッピーに乗せたまま巡視艇で曳航、船着場のしつかりした山川港に向かうとの連絡が入った。急遽、指宿港に作った対策本部の医療班を山川港に移動して到着を待つていた。その間、対策本部への海上保安部からの情報は海運会社を通じてのみ伝えられるというもどかしさがあった。11時過ぎに曳航されてトッピーは山川港に入港した。予想以上にトッピーの内部は壊れ多くの負傷者が出ており事の重大さに驚いたとの事だった。殆どの乗客が担架や介助で船から降ろされて港の岸壁に寝かされた。医療班がトリアージを行い、それに従い負傷の軽重、希望によって救急車、海運会社のバスなどを使い医療機関に搬送した。指宿所轄以外の消防署からも救急車が駆つけ10数台で指宿、鹿児島の医療機関との間をピストン輸送した。すべてが片付くのに翌朝2時前まで掛かった。負傷者の多くは外傷性頚部症候群と顔面挫傷、腰椎損傷とくに粉砕骨折が見られた。指宿医師会の木之下救急担当理事はかねてより大災害の起こったときを想定して医師会全体に訓練を働きかけてきて来た。特に尼崎の列車事故での救急医療派遣チーム(DMAT)や瓦礫の下の医療(csm)に興味を持ちそれをモデルとして会員を指導していたので今回の事態にすばやく対応出来たと考えている。

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.20 13:18 |  医療制度 / 行政  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

療養病床の彷徨

’63年特別養護老人ホームが福祉行政の措置制度の一環として創設された。これは生活に困る貧困層の高齢者救済策であった。日本経済の繁栄に乗じて’73年に老人医療費の無料化がはじまる一方では日本列島改造で若者が都市に流出、地方には過疎と高齢の波がやってきた。結果、田舎の年老いた親を見るものも少なくなり、病気を切っ掛けに入院せざるを得ず、回復しても帰るところが無いという事が多くなった。いわゆる社会的入院である。年と共に増え続け医療費も鰻上りとなり社会問題化した。そして高齢者医療費対策として’83年老人保健法が制定され’84年特例許可老人病院が導入された。’90年にはゴールドプラン高齢者保健福祉推進10ヵ年戦略が開始され’93年療養型病床群が創設された。その後も高齢化と伴に社会的入院は増え続けた。ますます医療費を圧迫、その緩和策として2000年介護保険制度が施行され悪循環の解消が期待されたが制度設計の欠陥が露わになって大幅な改正が必要となった。老人医療費の無料化に伴う歪は今度は介護保険と医療保険の整合性をいびつにしている。連続性にスムーズに融合するはずの両保険制度。ここに来て急性期医療と慢性期医療とを切り離して慢性期医療を介護保険に組み入れる準備が始まった。近々の7月からは療養病床入院患者を状態に応じてランク付けし報酬に差を設ける。最も上のランクの対象者の状態像は急性期ICUで行われている治療にも匹敵する程度の状態である。最も低いランクでもかなりの手間のかかる処置を必要とする。スタッフの数、材料費、設備の必要度には差は無いのに報酬には相当な開きがある。低いランクの報酬では入院ベッドを維持出来ない。7月からの収支のシミュレーションでは到底経営が成り立たない。

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.20 13:01 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

我が闘争

Dog & Cat .
英語で 土砂降り、てんやわんや! 
 うちの犬猫に限ってそう言う事はない。生まれてすぐから座敷で一緒に育った犬、猫同士なので、いつもじゃれあい舐めあって過ごしてきた。ところが私と猫とは相性がすこぶる悪い。私が近づくと目を見開き、口が裂けた夜叉面の形相でシャーとうなり威嚇する。構わず接近すると前足の鋭い爪で引っ掻く。それはまだいい方だ。ある日、私の睡眠中に何を錯覚したか私の足首を噛んだのである。私は一瞬、何が起きたのか判らず飛び起きたのは言うまでもない。痛みもさることながらしばらく茫然自失。一番安心安全な場所で訳のわからない災難にあったのだ。猫には理不尽だがこの期に至っては猫との同居は精神的に無理である。どうしたら良いものかと妻と議論、妻にはじゃれ付き甘えるので私の気持ちなど理解してくれそうもない。そっけない。喧嘩の末、外に放り出すことに話が付いた。ところが温室育ちの猫のこと、他の野放しの猫にやられて体中,血だらけでよごれて痛々しい。敵ながら私もさすがにかわいそうになった。住み分けをすべく私の行動範囲外に首輪をつけ紐で繋ぐことに話が付いた。やっと私もくつろげ、言い争いもなくなり家の中は安泰だ。犬のほうは最初こそ猫を気にして近づいていたが、現在はこれまでの関係が何だったのかお互い無関心を装い生活をしている。しかし私には後遺症が残ってしまった。以前、猫が寝ていた家具の前や、机の横を抜けるとき不意に足が出てきて引っかかれる様な気がして,立ち止まる。遠くにつながれた猫を見てやっと思い直す、それの繰り返しだ。私と猫がそのような関係になったのには理由がある。猫が赤ちゃんのとき2階から落ち、後ろ足を骨折した。そこで私はシーネを当てて治療した。それが痛かったためか、回復しても私を恐れるようになった。そして私が近づくと威嚇するようになった。せっかく良くしてあげたのにとの思いもある私。猫につらく当たるようになってしまった。関係がますます悪化、仲直りの機会を失って行った。

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.20 12:51 |  診療  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

魔女の一撃

ぎっくり腰のことを魔女の一撃と言う。なんでもない姿勢で突然起こる。もっとも、そうなる迄には腰に負担の掛かる事の積み重ねがあったからだ。振り返って考えると起こる何日か前に引越しだとか庭の手入れ、、重い物を持ち運んでいるとかゴルフなど腰に悪いことをしているのを思い出すでしょう。冬から春、夏から秋の季節の変わり目が危ない。春が来て暖かくなって縮こまって居た体を急に伸ばし動き回るようになるからだ。殆どの場合、椎間板ヘルニアが原因となる。腰椎と腰椎の間には硬い繊維の袋がある。中にゼリー状の髄核が入っており、クッションと接着の役割をする。これが椎間板だ。風船に水を詰めて上から押しつぶすと破れ水が飛び散る。それと同じ原理で椎間板に体重や重圧がかかると破れて中の髄核が周囲に押し出される。背骨の後ろには脊髄神経が通っており、はみ出した髄核が神経に触るのだ。まるで火山の爆発でマグマが火砕流となる様なものだ。虫歯の神経がむき出しになり冷たい水や味噌汁までもが沁み、手を顎にじっと痛みをこらえるように腰の脊髄神経も興奮して激しい腰痛が起こる。腰の脊髄神経は下半身、特に両下肢に分布しているので腰から足にかけて雷が走るような電激痛となる。これを坐骨神経痛という。立っているのが出来ないくらい痛み寝返りも出来ないほどの事もある。臥床安静にして鎮痛剤を使い腰の負担を取ると大抵1週間ぐらいで治まる。これは飛び出した髄核が吸収されるからで火山のばあいマグマが噴出したらしばらく爆発がない。しかしマグマは作られ続けるので、いつかまた爆発は起こる。椎間板ヘルニアも同じ事だ。私はこれまで不覚にも何度となくもこの魔女の一撃を経験した。自分の不明の為であった。私の椎間板ヘルニアは第3/4,4/5椎間の2箇所で起こり重症であるがMRI検査を経時的に観察し治療と予防の方法を得ることが出来た。手術する必要はない。予防は、重い物を持たない、もっときは極力腰に負担をかけない姿勢で腰の椎間板に重力が掛かる状況をイメージしながら用心して持つ。そして腰の筋肉を強化し続ける。特にスクワットは良い。入浴して腰を暖め血行を良くする。これは脊髄に分布する小動脈を広げ神経痛を緩和してくれる。ゴルフなど腰をねじるのは禁物。大体自分で腰痛が来そうな状況は判るので無理を続けず早めに安静にしシップ、温熱療法をして対処する。常日頃の用心が大切である。災いは忘れた頃にやってくる。

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.20 08:56 |  趣味  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

アンリ・マチス

シンプルな曲線と色彩の鮮やかさ、配色が素晴らしいマチスの絵、ポスターコピーをわがクリニックの所々に飾ってある。開院時まとめて購入した。対象に自己の全てを投入しなければアートではないと自己研鑽の画家だったらしいが、デビューするまでモデルを雇えず再婚の妻や自分のつれ子をモデルにした多くの絵を残している。しかしやはり男、南フランスの海辺の避暑地で人妻に恋をして失恋も味わっている。その時の思い出を絵に残している。海岸の砂を混ぜてその女性を描いている絵もある。失意の風情の絵には一度描いた2人で寄り添う絵の女性の方を塗りつぶしたと思われる形跡が赤外線カメラで判ったらしい。癌で亡くなる前は痛みと戦いながら描いた清燈な鮮やかな壁画の部屋を残している。
本物の1つを近くのいわさき美術館で見た事がある。4人の女性を描いた有名な「ラ・ポエジー」である。岩崎産業の経営不振でその絵を売却したと言う。残念な事である。

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.05.20 06:26 |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

妄想

心は常に体から逃れられない。それは体の一部の脳の働きの産物であるが具体的な形として取り出せない。しかしいろいろな他の体の部分に伝えられたシグナルとして外面に表出される。視聴嗅味触のインプットに始まり体を動かす、声を発するなど原始的なアウトプットの手段で言葉をしゃべり書く、音楽を奏で、絵を描き、ジェスチュア、ダンスを踊るなどの高等なまとまりのある行動に進化する。死ぬつまり生命体が消滅すると心を作り出していた脳も朽ち果てて記憶回路に蓄積されていた心の産物の精神現象も消失する。従って各個人の生前の心の産物を残す方法には文章、歌、絵画、映像、音声など他者の五感に写るシグナルを何らかの媒体に映しかえ再生されなければならない。古来多くは主に本、絵画、レコードなどのを媒体として残されてきた。最近は電子機器の発達で音声、写真映像などいろいろな媒体が出てきている。しかし多くが一元的か二元的に過ぎなかつた。最近のIC技術を使って多元的に1個の人間の精神現象をコンピューターに取り込んで置けばその人の体は滅びても心は永遠に生き続けられ、また思考も増殖し続けるのではないかと妄想をたくましくしている。

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)