| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | |
| 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
| 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
| 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
| 28 | 29 | 30 | 31 |
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
昨年、宮之城で起きた駅伝の応援後、学校への帰る途中の中学生の列に自動車が突っ込み多くの死傷者が出た事故は記憶に新しい。その救護した地元医師会とさつま市消防署がその時の経験を生かしていつ起こるとも分からない災害や大事故で発生した大量の負傷者対応マニュアルをつくり、協定書を取り交わしたとの報道があった。私のクリニックは4年前から市の委託を受け高規格救急車と連携し心電図伝送受信システムを設置している。そして救命士からの通信に対応し指示出来る様になっている。また救急救命士の実務の実習も引き受けている。その関係で4月7日の午後に指宿消防署の救急救命士を含む救急隊員諸氏と去年1年間に搬送された救急患者についての検証会を持った。特に複数の負傷者が出た場合のトリアージをどうするかが問題になつた。指揮を取る者がケースごとに判断しどこに振り分け搬送するかを決めるにしても、受けての医療機関の体制はどうしたらいいか、メディカルコントロール体制はどうかなど意見が出された。医師会の救急担当理事は代々努力している。国立病院を中心に救急医療協議会も作っている。しかし外科の医療機関が少なくなっている。公立病院は研修制度の影響で大学への医師の引き上げでどこも外科系医師も不足しており1人1人の医師の負担も大きい。・・・・・書きかけていたところに偶然にも鹿児島種子島間を運行する高速船トッピーが佐多岬沖3KM付近で何かにぶつかり衝撃に乗客100数名のうち50人ほどの乗客が負傷したとの連絡が入った。私のかかりつけ患者さん家族で乗り合わせていて携帯電話で診療依頼の連絡が入った。その後、対策本部からもその人を運ぶので待機するように指示があった。最近組織化した当番待機の看護師に来て貰い待っているところである。
重複を承知で後日記事をまとめました。
4月9日の日曜日夕方6時過ぎ、夕食を摂って居た所、かかりつけ患者の娘さんからの携帯電話が入った。家族3人で屋久島観光の帰りに乗ったトッピーが佐多岬付近で座礁し、その衝撃で母親が具合が悪くなった。指宿港についたら診察してもらいたいとの依頼だった。その方は大動脈手術の既往があり胸部打撲や血圧上昇で破裂する恐れがあるので待機しているので着いたら診るとの返事をした。しばらくして事故対策本部と称する所から高速船トッピーが佐多岬沖3KM付近で何かにぶつかりその衝撃により乗客100数名のうち50人ほどの乗客が負傷している。その中に私のかりつけの患者が含まれており港につき次第救急車で搬送するのでクリニックで待機しているよう依頼された。後でわかったが今林指宿医師会会長は県医師会救急医療担当理事の新村理事から救急対応の要請を受けて、すぐに木之下藤郎救急担当理事に連絡、指宿港に救急事故対策本部を作り、在宅の医師会員に協力の要請を指示した所であった。その後しばらくしてテレビにその事故のニュースが流れた。大変な事態に成りそうなので当番の職員を呼び出して待つた。しかし遠くで救急車がいききするサイレンの音は聞こえるがなかなかどうなっているかの連絡が入らない。やっと9時過ぎになり患者さんは事故現場でトッピーから巡視艇に移され指宿港に運ばれそのまま救急車で搬送されてきた。外傷は左下腿の打撲挫傷に首と腰を強く打って痛がり、血圧がやや高めで嘔吐を繰り返した。それも鎮静剤で落ち着いた。特別の治療は必要ではなかったが念のため入院してもらった。翌日腰部MRI検査をした所、腰椎第3/第4番椎間板に、急性ヘルニアを認めた。私はクリニックで待機していたので現場の状況は知らない。後日、医師会の集まりで知った事を報告する。トッピー海難事故発生での救急要請を受け木之下救急担当理事は在宅中の会員に連絡網を通じて協力を依頼した。連絡ではトッピーは負傷者を乗せて移動できるとの事であったので医療機関の多い指宿の港に着かせるよう折り返し連絡して対策本部を指宿港におき会員に駆けつけてもらった。その後、トッピーは航行不能になり海上保安部の巡視艇が現場に行き事故の状況、負傷者の様子を確認した所、重傷者が10数人出ているとの事で、まずその人たちを巡視艇に移し指宿港に運ぶとの連絡が入った。木之下担当理事、元鹿大附属病院救急部の宮田博敬医師をはじめ会員は巡視艇に乗せられた負傷者が着くのを待つ事にした。なかなか連絡が入らないまま9時過ぎになりやっと到着した。首を固定され顔面血だらけで腰を負傷し立てず担架で港に降ろされた。その日は海が荒れておりトッピーから巡視艇、巡視艇から港に降ろすのが大変で担当理事は海に落ちそうになりあぶなかったと話した。なんとか駆けつけた会員総出で負傷者の状態を判断し必要な応急手当のあと、あらかじめ手配してある医療機関に救急車で搬送した。トッピーにはまだ相当数の負傷者が残っておりしかも現場は海が荒れて巡視船に移すのは大変との判断でトッピーに乗せたまま巡視艇で曳航、船着場のしつかりした山川港に向かうとの連絡が入った。急遽、指宿港に作った対策本部の医療班を山川港に移動して到着を待つていた。その間、対策本部への海上保安部からの情報は海運会社を通じてのみ伝えられるというもどかしさがあった。11時過ぎに曳航されてトッピーは山川港に入港した。予想以上にトッピーの内部は壊れ多くの負傷者が出ており事の重大さに驚いたとの事だった。殆どの乗客が担架や介助で船から降ろされて港の岸壁に寝かされた。医療班がトリアージを行い、それに従い負傷の軽重、希望によって救急車、海運会社のバスなどを使い医療機関に搬送した。指宿所轄以外の消防署からも救急車が駆つけ10数台で指宿、鹿児島の医療機関との間をピストン輸送した。すべてが片付くのに翌朝2時前まで掛かった。負傷者の多くは外傷性頚部症候群と顔面挫傷、腰椎損傷とくに粉砕骨折が見られた。指宿医師会の木之下救急担当理事はかねてより大災害の起こったときを想定して医師会全体に訓練を働きかけてきて来た。特に尼崎の列車事故での救急医療派遣チーム(DMAT)や瓦礫の下の医療(csm)に興味を持ちそれをモデルとして会員を指導していたので今回の事態にすばやく対応出来たと考えている。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ぎっくり腰のことを魔女の一撃と言う。なんでもない姿勢で突然起こる。もっとも、そうなる迄には腰に負担の掛かる事の積み重ねがあったからだ。振り返って考えると起こる何日か前に引越しだとか庭の手入れ、、重い物を持ち運んでいるとかゴルフなど腰に悪いことをしているのを思い出すでしょう。冬から春、夏から秋の季節の変わり目が危ない。春が来て暖かくなって縮こまって居た体を急に伸ばし動き回るようになるからだ。殆どの場合、椎間板ヘルニアが原因となる。腰椎と腰椎の間には硬い繊維の袋がある。中にゼリー状の髄核が入っており、クッションと接着の役割をする。これが椎間板だ。風船に水を詰めて上から押しつぶすと破れ水が飛び散る。それと同じ原理で椎間板に体重や重圧がかかると破れて中の髄核が周囲に押し出される。背骨の後ろには脊髄神経が通っており、はみ出した髄核が神経に触るのだ。まるで火山の爆発でマグマが火砕流となる様なものだ。虫歯の神経がむき出しになり冷たい水や味噌汁までもが沁み、手を顎にじっと痛みをこらえるように腰の脊髄神経も興奮して激しい腰痛が起こる。腰の脊髄神経は下半身、特に両下肢に分布しているので腰から足にかけて雷が走るような電激痛となる。これを坐骨神経痛という。立っているのが出来ないくらい痛み寝返りも出来ないほどの事もある。臥床安静にして鎮痛剤を使い腰の負担を取ると大抵1週間ぐらいで治まる。これは飛び出した髄核が吸収されるからで火山のばあいマグマが噴出したらしばらく爆発がない。しかしマグマは作られ続けるので、いつかまた爆発は起こる。椎間板ヘルニアも同じ事だ。私はこれまで不覚にも何度となくもこの魔女の一撃を経験した。自分の不明の為であった。私の椎間板ヘルニアは第3/4,4/5椎間の2箇所で起こり重症であるがMRI検査を経時的に観察し治療と予防の方法を得ることが出来た。手術する必要はない。予防は、重い物を持たない、もっときは極力腰に負担をかけない姿勢で腰の椎間板に重力が掛かる状況をイメージしながら用心して持つ。そして腰の筋肉を強化し続ける。特にスクワットは良い。入浴して腰を暖め血行を良くする。これは脊髄に分布する小動脈を広げ神経痛を緩和してくれる。ゴルフなど腰をねじるのは禁物。大体自分で腰痛が来そうな状況は判るので無理を続けず早めに安静にしシップ、温熱療法をして対処する。常日頃の用心が大切である。災いは忘れた頃にやってくる。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)