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ずーっと放置してしまっていたこのブログですが、なぜかこの5月の下旬からアクセス数が上がっています!?
不思議な現象ですね^^
でも見てくださる人がいるなら更新してみようと思います。
新米精神科医もあれから数年経って少し成長しましたw
おかげさまで精神保健指定医にもなれました^^
今後も一層精神科医療に貢献できるよう頑張っていこうと思っています
ちょっとタイトルもリニューアルしましょかね・・・
古い記事は今読むとちょっと恥ずかしいですね・・・
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死なないでください
あなたが今、死んで何もかもなくしてしまいたいほど辛い思いをしていることが分かります。
どうにもならない辛さに直面したとき「死んでしまえばすべて楽になる。」と考えるのは不自然なことではありません。
辛くて辛くてどうしようもないとき「どうして生きているのか分からない」「辛い思いをするために生きているのはもっと辛い」という気持ちもあるかもしれません。
でも、それでも、敢えて言います。
死なないでください
あなたがいま「死にたい」と思うのは「生きるのが辛い」からです。
どうしてそんなに辛いのか絶対に理由があります。
そして、その辛さには必ず解決方法があります。
今はその答えが見えないかもしれない。
けれども、必ず、生きていれば生きる道が見つかります。
生きなければ、生きる意味も生きる道も見つからないのです。
「生きる意味」・・・これは一生かけて生き抜いてこそ見つかるものです。最初から意味が分かって生まれてくる人なんて一人もいません。
どんなに辛くても生きてください。そして生きる意味を一生かけて見つけて下さい。
見つからなければ、見つかるまで生きて下さい。
絶対に、絶対にあきらめなければ、必ず見つかります。
どうしても、めげそうになったら、めげる前に相談して下さい。身近な人に。もし誰にもいえなかったら、私たちに相談してください。
何度も言います。すぐには楽にならないかもしれない。けれども必ず、道は開けます。
そして最後に。
誰かを殺そうと考える人へ。
絶対に、絶対に、ほかの誰かを傷つけないでください。
それはあなた自身の人生をなくしてしまうから。
生きる道が見つからなくなってしまうから。
そしてもちろん、被害に遭われる方の無念は計り知れません。
もしそんなことをしてしまったら、死刑になったからといって、あなたの罪は消えません。
「死刑になりたい」というのは、辛いからです。
どうしてそんなに辛いのか、何かをする前に、誰かに助けを求めて下さい。
一緒に考えてくれる人がいるはずです。
すぐには見つからないかもしれません。
でも、見つかるまで探してください。
だから、絶対に誰も傷つけないでください。
悲しいニュースが毎日流れます。
みんな悲しい気持ちになります。
どうか、これ以上不幸な事件が起きませんように・・・祈ってやみません。
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インターネットについての色々な考察は精神医学領域でもかなりされていますよね。
あんまり詳しいわけではないのですが、今日は私が日頃から思っていることを書きます。
たとえばブログ、たとえば某巨大掲示板○ちゃんねる、たとえば、巨大SNSの○ixi・・・
みんな、好きなことを書けて、不特定多数の人に自分のメッセージを見てもらって、さらに、色々な人からコメントをもらえる・・・
インターネット普及前には考えられなかったような空間ですね。
かつて『王様の耳はロバのみみぃ~』って叫んだ穴が、現代のテクノロジーで世界中に繋がったという印象です。
日常生活では誰にもいえないことも、遠慮なく書けちゃったりするんですよね。
だけれども、コミュニケーションということを考えると、なんとも奇妙な世界です。
私たちは、多くの人間関係においてある程度の気を遣って、適切な関係、適切な距離を保つ努力をします。
しかしながら、インターネットという媒体によると、この距離感は異様に近くなります。匿名ということもあり、遠慮なんてものもなくなっています。
結果、見苦しい暴言や、相手の傷を平気でえぐり塩を塗るようなコメントがとても目につくのです。
通常の人間関係において、面と向かって相手を傷つけた場合、直接傷ついた相手の表情、悪くなった周りの空気などから、多かれ少なかれ罪悪感を覚えるものです。
しかし、ネットと言う中では、相手の顔も見えないため、罪悪感もほとんどありません。それどころか人数も多いこともあり、便乗する人が増えると、文字による集団リンチのような状態になることも多々見かけるんです。
確かにこのような中でもフォローしようとする人が出てきます。(大体が初心者・・・)
すると、この助け舟を出した人までが、攻撃対象に加わるわけです。
それというのも、インターネットというのは世界中の人々と交信できて、さまざまな価値観と出会えるということがしばしば言われますが、実際は、それぞれで小さなコミュニティーを作り、「同じ穴のムジナ」が集まって、狭い価値観での意見交換を行っていることがほとんどだからなんだと思います。
だから違う価値観の人が入ってくると、途端に袋叩きです。
確かにムジナ同士での会話も楽しいものがあります。けれども、コミュニケーションとしては非常に幼稚なものになっているということが、尋常でない違和感を覚えるのです。
思いやりの心を忘れない人間でいたいものです・・・
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最近マスコミの医療バッシングが、医療関係者のコミュニティーやブログで騒がれていますね。
精神科治療学の2月号だったか
というのが載っていました。
新米精神科医には、はじめて聞く言葉でしたが
境界性人格障害で見られるような、スプリッティングのようなことが、外因状況によって引き起こされるというのです。
分からない人に。
スプリッティングというのはKleinという人が言った言葉なんですかね。
「自我ないし対象の良い面と悪い面を別々に認知しようとする乳児期の原始的防衛機制」で「欲求を満足させる良い対象(自己)が欲求不満足的な悪い対象(自己)に破壊される不安を防衛」するためにあるようで・・・(“精神症候学”より)
難しいですね・・・
つまりは対象が自分の欲求を完全に満たしてくれる存在だと思っているうちは、対象を徹底的に理想化し、そうでないとわかったそのときから、対象を徹底的にこき下ろすという、ボーダラインで見られる現象に繋がるんだと思いますが・・・
じつはこの現象は境界性人格障害でのみ見られるわけではない!というわけなんですね。
「精神科治療学」に載ってたその記事によると
(手元にないので記憶を頼りに書きますが)
「絶対悪all bad な状況に人が遭遇したとき、その人は全能all goodの庇護者を求めるが、どんな庇護者も全能でありえないため、ここで被害者が全能でない庇護者を徹底的にこき下ろす現象がおきる」(意訳しています、間違っていたらすみません(^-^;)
これが外因性ボーダーライン状況だというのです。
医療に於いてall badな出来事なんてたくさんありますね。
「大事な人の死」なんてものは最たるもので、他にも「後遺症」などなど
そうすると、それを救うべき立場にいる医療は全能all goodであるべきだという心理が生まれるというのです。
しかし、巷でもう言われている通り、医療に絶対はありえない。全能になりえないものなんですよね。
だから
「医者は患者を放って行くのか!」「やぶ医者め」
「医者は傲慢きわまりない人種だ」という徹底的なこき下ろし=医療バッシングは起きている・・・
というわけですかね
と考えていくと、医療側の社会に対する対処方法が変わってきますね。
いくら、いかに医療が全能でありえないかということを説いても何の収穫も得られないかもしれません。
境界性人格障害における治療の一番大事なことは
「枠を決める」ことだと、教わりました。
つまりこの状況を打開する唯一の方法は医療にも「枠をきっちりと定める」ということになりますね。
「これこれこういうことは出来ます。どこでも変わりません。これは出来ません。無理なものは無理です。」
と切り捨てるのも治療上有効かもしれません
・・・とすると、いまのここかしこで起こっている医療崩壊はやはり建て直し(社会全体の治療!?)への一歩なんですかね
サービスサービス、患者様~と甘やかすのは、
「医者なんだからなんとかしろゴルァ」なんていう退行をどんどん助長してしまい、治療は困難になる一方の気がします・・・
相変わらず注意欠陥な文章ですが(^-^;
読んでくださった方、ありがとうございますw
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