http://www.russianews.ru/freetime/28657/
、、Tal記念大会に優勝候補で3度オリンピックチャンピオンとなったロシアチームのリーダー、Vクラムニクが出場中。
この大会は今年もっともおもしろい大会で、平均Elo 2764は史上最高!これまでの最高は1996年のLas Palmasで2756.
ーVladimir,あなたはパリ在住です。ロシアでプレーする意味は?
VK:祖国でプレーするのが好きだ。それに、残念ながら他にメジャーな大会がない。ロシアがチェスの強国なのに残念。まだ男子、たぶんそして女子も世界最強と言えるのに。モスクワで4年連続開催され、喜ばしい。2007年には優勝もできた。
ー優勝候補は?
VK:誰とも言えない。FIDE rating世界一位のTopalovを除く世界のトップが集結。ブルガリアや中国での大会を含めても、この大会に比肩できる大会はない。、、このレベルの大会に参加できて興奮している。
3ヶ月も実戦から遠ざかったー研究はかなりしていたが。研究の成果を見ようじゃないか。ある意味、私にとっては正しい方向でできているかのチェックとなる。第1,2Rでカールセン、世界チャンピオンのアナンドと対戦。これを負けずにすめば成功と考えた。2局とも引分け。私見ではカールセンはミラクルで引分けた。なので、プラン通りの進行。
、、
まだ10ヶ月の娘ダリアが生まれ、以前と違いできるだけ家族と過ごすようにした。、歩きだす娘の成長を見守るのは嬉しい。言葉にあらわせない気持ちになる。それに、参加したい大会もなかった。
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http://www.dvinainform.ru/news/2009/11/06/80195.shtml
Kosintseva姉妹の父Anatoly K.を交えてのインタビュー。
Nadezhda:公式戦では、お互いのPを削って邪魔をしたくないので引分けにする。すでにきびしい戦いが行われていて、お互い負けたくないので。
A:家では引分けではなく、勝とうとする。負けると、皿を洗うことになるので。大会では、対戦すると引分けで半P失うことがハンディキャップとなる。
ーチェスにとって秋は大会が次から次にあるシーズン。Kosintseva姉妹はセルビアの欧州選手権でロシアチームでチャンピオンとなって凱旋した。
Tatiana:この時期は”秋のマラソン”と呼ばれる。自宅で過ごせるのはせいぜい1週間。そのときは友人に会ったりしてリラックス。初心者との同時対局の招待があれば喜んで受ける。、、
-Kosintsevaは”Pomerania"のスポーツトレーニングセンターでインストラクターとして働いている。Pomerania州大法学部卒。
法学の知識は、チェスをやめることになったら役立つの。それまではチェスをします。、、
ー姉妹の対戦はネットでやり、父もネットで観戦。
A.K.:5-6時間対戦する間ずっと見ている。それで、試合の結果を直接聞く必要がない。
ー私生活については、普通の生活は難しい。
たくさんの時間とお金を大会に費やして夫が待てるかしら?夫に「私とチェスのどっちをとるつもり?」と聞かれチェスから引退する人もいる。
K姉妹はチェスから去るつもりはない。
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http://jermuk2009.fide.com/interview-with-gm-svetozar-gligoric-3.html
Jermuk GP特別ゲスト、GM S.グリゴリッチのGM S.Lputianによるインタビュー。86歳のSGは序盤研究で知られ定跡に名を残しており、トップ10プレーヤーだった。
SL:何歳でチェスを始めましたか?
SG:多くのチェスプレーヤーより遅く、11歳で覚えた(訳注:日本人も遅いからと悲観する必要はありませんね)。すぐにチェスがあってると思った。1939年、16歳でマスターとなった。この頃はマスターは少なく、比較的若くしてなった。
SL:GMとなったのは?
SG:残念なことに、マスターとなった1939年に第一次世界大戦が始まり、その後6年間はナチの抵抗運動に身を投じ、1945年になるまで、チェスの勉強はできなかった。再開後、1951年にGMとなった。
SL:盤から離れた時期はチェスはどうでした?
SG:ゲームからは離れたが、チェスのおかげで3度命が助かった。話すと長くなるので、そのうち話す。
SL:Tペトロシアンは知ってましたか?
SG:もちろん。TPは私より6歳若く、1945年にマスターとなった。、、1950年代には友人となった。
SL:TPとは何度も対戦しましたか?
SG:27局戦い、17局勝負がついた。私の8勝、TPの9勝。10引き分け。
SL:TPはめったに負けないことで有名ですが、そんなによく勝てましたね?
SG:お互い棋風や態度が似ていた。二人とも論理的に、いわば正しいチェスを指そうとした。私にとって相手が誰かは問題ではなく、正しくチェスを指すのが大事だった。たぶんペトロシアンには似ていてやりにくい相手だったろう。それでも、盤上では激しく闘っても、盤を離れれば友人だった。
SL:TPはプレーヤー以外の点ではどうでした?
SG:、、二人ともチャンピオンをあまり目指していなかった。ただ才能もありTPはチャンピオンとなった。
、、1963年に世界選手権でボトビニクと対戦したが、彼はタイトルがかかってることが信じられなかった。集中できずに負けた。その後エネルギーをふりしぼって3局引き分けた後、5戦めでKが侵入してすばらしい勝ち方をした。このとき、不可能が可能となった。、、
SG: TPとの思い出の試合は?
SG:34年間の彼との戦いのなかで、次の試合をよく覚えている。国際大会の最終Rで、二人が同率首位で直接対決となった。私が白。黒のペトロシアンは局面をイーブンに持ち込み、引分けの提案をした。よく考えずに、白だからとその提案を拒否。拒否したあとで、私はなんで拒否したんだ?局面はイーブンで拒否をひっこめるべきと再考。だが、ペトロシアンは補聴器をはずし、局面を読みふけっていた。もはやチャンスは去った。話すためにはホールにひびきわたる声をださねばならない。内面の混乱と、ペトロシアンの集中力の高まりがあいまって、7手後にはペトロシアンの勝ちとなった。よいレッスンになった。、、
SL:長いキャリアを積んで今、チェスを選んで満足してますか?
SG:私がチェスをする理由の第一は、盤上で創造性を発揮すること。結果はその次。その意味でやってよかった。
SL:敗戦をいかに克服しますか?
SG:実をいうと、負けてもそれほどひどくは受け止めない。スポーツでは避けられない。敗戦を糧とし、良く学び進歩せねばならない。カパブランカが言ったように、敗戦はよき教師である。、、
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http://www.rian.ru/sport/20090721/
ー世界チャンピオンでチェスの発展に最も貢献したプレーヤーは誰でしょう?
全員が貢献した。ロマンチシズムを終わらせたシュタイニッツ、心理的側面を導入したラスカー、ポジッショナルの才能に長けたカパブランカ、、、
ーそして、あなた。
スパスキーーフィッシャーのようなユニバーサルなスタイルをとった。だが、もちろんみな違いがある。イニシャチブをとる点で私はスパスキー、フィッシャーにやや劣る。だが、優勢を勝ちにもっていくこと、ポジッショナルなセンス、マヌーバリングにおいて彼らをしのぐ。たぶんペトロシアンを除き右に出る者はいない。
カスパロフはイニシャチブと大会準備の完璧さでアレキン、ボトビニック、フィッシャーの系列にある。次(のチャンピオン)にクラムニック、それからたぶんアナンド、トパロフ。
ーアナンドとトパロフはどういうプレーヤーですか。
二人はコンピューターのチェス。才能もあるが、コンピューターの時代の申し子。
ー21世紀のチェスプレーヤーと言える?
そうは言わない。21世紀は20世紀に劣る。しかし、彼らはコンピューターを使い、結果を追い求めている。コンピューターなしでは成し遂げられなかったろう。、、
ーアナンド、クラムニック、トパロフの次は?
若きプレーヤー、特にカリャーキンとカールセン。
ートップ10のヤコベンコは?
確かにトップ10になったが、世界チャンピオンとは違う。タレントをはかるのはむずかしいが、カールセン、カリャーキンはそれに見合う力がある。
ーIvanchuk,Leko,Aronianは?
もちろんIvanchukは世界チャンピオンたりえた。だが神経がひ弱だった。ポノマリオフに代わってチャンピオンたりえたが、チャンスを逃した。レコもクラムニックとのマッチでチャンピオンとなるチャンスを逃した。、、アロ二アン?確かにスターだが、よくわからない。だが、重ねて言うが、将来の世界チャンピオンとなる可能性はカリャーキンとカールセンのほうが上。
ーロシアの二人のアレキサンダー、モロゼビッチとグリシュックは?
二人とも強いが、足りないものがある。最近では多くのことが要求されるが、二人には不足している。、、
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クラムニク:22年ぶりにアゼルバイジャンを訪問。妻と観光した。ずいぶんビルが増え、変わった。マッチの後でも観光予定。妻は幸運にもチェスをしなくてもよいので、明日も観光できる。、、
Karjakin:FIDE GPで来たばかり。おかげで空港からまっすぐ来ることができた(場内笑)。
ー次のオリンピックでクラムニクとKarjakinが同じチームになるかも知れませんが?
クラムニク:私がウクライナチームで戦うようでないと話せない(場内笑)。カリャーキンに聞いて。
Karjakin: そのとおりです。チェス国籍を変え、ロシアに属します。ウクライナではチェスの発展に十分な注意が払われていないからです。、、
ーチームの言葉はどうしますか?
クラムニク:もちろん、アナンドにロシア語をしゃべってもらう(場内笑)
http://www.extratime.az/article.php
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http://www.chesspro.ru/_events/2009/nalchik1.html
GP開幕式での記者会見より
スパスキー「ノナから、大事なことを教わった。1971年春、我々二人は世界チャンピオンだった。男子の世界チャンピオンと女子の世界チャンピオンが対戦した。私が黒。ルイロペス。優勢となったが、ミスがでて有利は吹き飛んだ。だが、(今ではそう思っていないが)男子の世界チャンピオンは女子の世界チャンピオンに勝たねばならない、と思っていた。まず、最初の封じ手を迎えた。2度目の封じ手では有利が拡大していた。最後には勝つことができた。その翌日、ロマニシンと対戦。、、25手で引き分けた。ノナはオランダのソ連大使に、私とは2度封じ手をして戦ったGMが、その翌日に19歳の少年とはすぐ引き分けるとは、なんなんでしょう、と語った。」
ガプリンダシビリ「そんなこと、忘れたわ」
S「私は覚えている。そして、"その通りだ、ばかな男のプライドだった、なんと言っていいかわからない"と答えた。、、」
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http://www.izvestia.ru/sport/article3126952/
Q:リナレス優勝は人生最高の時?
G:たぶん世界チャンピオンをとることに比肩できる。カテゴリー21の大会で優勝するのは名誉。
Q:参加は2度目ですが、前回の経験が生きましたか。
G:2001年のときは18歳と若かった。だいぶ変わった。チェスも人生経験も積んだ。、、
Q:3月にニースの大会に上位のGMの多くが参加しました。あなたは?
G:おもしろい大会。アロニアンが連覇して嬉しい。自分も参加したいが、残念ながら招待されなかった。
Q:リナレスで優勝したのに招待されなかった?
G:招待状は前もって発送されるので。たぶんだれも僕が優勝するとは思わなかったんでしょう。,,,
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Eugeny Kiselev:本日のゲストは13代世界チャンピオン、ガリー=カスパロフです。
Garry Kasparov:こんにちは。
EK:出演ありがとうございます。タルを個人的にご存じですか。
GK:ええ、もちろん。対戦しました。
EK:対戦成績は?
GK:何局か指してます。ドローがほとんどで一局勝ってます。それはクラシカルの成績で、ブリッツなどの早指しではイーブン。でも、最も記憶に残っているのは1974年3月の同時対局のゲーム。..私のチームは決勝までいき、リガチームと対戦。タルが同時対局をしてくれた。そして握手で開始、、私はまだ11才にもなってなく、タルと対戦するんですよ。緊張でうまく指すことができずにあっさり負け。でもそのときの気持ちをまだ覚えてます。そして、1978年ソ連選手権で初の公式戦。その後14局のブリッツマッチを指し、7対7でした。最近それらを見直しました。その後何度も会ってます。友好関係にありました。
タルと少し研究もしました。1980年頃、彼がバクーに来てトレーニングマッチもしました。最晩年まで接触がありました。タルが亡くなる1ヶ月前にモスクワでブリッツ大会がありました。そのときはひどい様子でした。でも、タルはタル。そのブリッツ大会ではタルに唯一の負けを喫しました。、、タルは最後まで試合が見えてました。タルは変化を読まなくても手が見える唯一のチェスプレーヤーです。
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-Maya Chiburdanidze(5度世界選手権を制覇)-
-神に感謝。(訳注: マヤは敬虔なクリスチャン)おかげで上手く指せました!しかも一年くらいブランクがあったのよ。
-マヤ、上機嫌ですね
-チェスが終わったから(笑)。まじめに答えると、たくさん指して神経が疲れたから。
-どのマッチが一番たいへんでしたか。
-全てたいへん。特にロシア戦と中国戦。
-世界チャンピオンと準優勝の両者に勝ちました、、
-ええ、両方。
-14才の侯逸凡はどうでした。
-才能がある。でも同じ年齢のJポルガーほどではないと思う。
-優勝してとても嬉しいですか?
ええ。それはもう。
- Nona Gaprindashvili(グルジア、5度世界選手権を制覇)-
-今日グルジアが優勝しましたね。
すごく嬉しいし、自慢だわ。ソ連崩壊にもかかわらず、私達の女子チームは好成績をあげた。多くのことがあった。援助のある他のチームに対し、グルジア女子はがんばって強敵に勝って金メダルを獲得した。そして偉大なマヤ。一番ボードが好調だと、他のメンバーにも好影響を与える。
- Levon Aronian -
-オリンピックの優勝について一言
-長く待った。プレッシャーがあった。というのも、知ってのとおり悲劇的なこと(アスリアンの死)でチームは変わった。見せたかった。、、そして、できた。名誉なことだ。
- Gabriel Sargissian -
-ガブリエル、オリンピックですごい成績でした。
GS:偶然、偶然。
Aronian: オリンピックの一週間前にJermukで、
GS: ええ。Jermukでは上手くさせる。..
-もうレイティングは2700..
-いやいや。いつかなるかも知れないが、まだまだ。
-ドレスデンでもっとも印象に残るマッチは
-最後の中国戦。
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http://www.chessgames.com/perl/chessgame?gid=1522070
http://www.chesspro.ru/_events/2008/olymp13.html
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