| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | ||||
| 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 |
| 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 |
| 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 |
| 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
「みんないつまでガソリン車が走っていると思っているのだろうか」(国連大学副学長、安井至:朝日新聞2007.3.3)石油が枯渇や高騰により入手困難になることを予測しての提言である。この提言、このまま医療にも言い換えれるのではないか。「みんないつまで現代医療を受けれると思っているのだろうか」と・・
「医療を受けれない・・」には、実は2つの要因がある。1つは、今既に始まっているあの「医療崩壊」のため。ご存知のように医師不足・劣悪な労働環境、そして理解不能な刑事訴訟、等々によって。そして2つめの要因が、実は「エネルギー問題」と密接に絡んでいる。
現代社会は、そして現代医療も、石油にどっぷりつかっている。医療資材・医療計測機器・医薬品のどれを取っても、その原材料やエネルギーにおいて、石油なしでは考えられない。ところが日本はエネルギー供給の大部分を海外に依存し、その50%が石油、しかもその90%を中東に依存している。つまり日本は元々脆弱なエネルギー供給構造を持っているが、今までは何とか石油を海外から供給し、社会経済を、そして現代医療を動かしてきたわけだ。
しかし今、国際的にエネルギー事情が緊迫している。中国を初め成長著しいアジア諸国のエネルギー需要の急増、産油国における石油供給余力の低下、が言われている。そして「石油生産ピークに関する見通し」がIEA/World Energy Outlook 2004 に公表されている。その中で、石油生産ピークが「標準的シナリオで2028-2032、悲観的シナリオで2013-2017、楽観的シナリオで2033-2037」とある。何れにしても、この10~20年後には現実的な状況として、石油が徐々に枯渇してくる!そんなに遠い将来の話しではない。その時、石油に依存している現代医療は、このまま可能であろうか・・・
このエネルギー問題は、実は地球温暖化問題とも絡んでいる。石油・天然ガスが枯渇し供給が低下すると、その代用に供給可能な石炭がエネルギー源として使用され、その結果、二酸化炭素がより大気中に放出されるだろうと推測されている。
この先10~20年が、エネルギー問題や地球環境問題、そしてすべての社会経済生活にとって、非常に重要な時期になってくるのではないかと感じる。如何に、総合的・包括的視点に立って、この状況を見据えれるか・・
ちょうど息子がこの春、某大学理工系機械工学科に入学することになった。機械工学では、流体力学・熱工学・原子力学などエネルギー学の基礎を学ぶだろう。先日彼に、現在のエネルギー問題のこと、資料を渡して少し説明した。そして「エネルギー問題のこと、一生懸命に勉強して何とかしてね・・」って言ったら、「・・・・うん」って神妙に頷いた。託す!そして私も・・・
小児科医中原医師の過重労働による自殺は、労災と認定され勝訴に至った。そして現在、支援者の方々は既に次の活動を展開されている・・
中原医師の奥様(中原のり子さん)からのMLが、今朝送られてきた。実は中原のり子さん、NPO法人自殺対策支援センターライフリンクの会員でいらっしゃり、今回のMLには「勝訴のお礼」と「控訴されない活動の支援願い」などが書かれてあった。
今回勝訴には至ったが、今後国が控訴しないように活動を展開されている。そこで多くの方に、「控訴しないように要請する要望書」を国に出して頂きたい!とのこと。
下記HPは「小児科医師、中原先生の過労死認定を支援する会」である。このHPから「控訴しないように要請する要望書」をダウンロードし印刷して投函できるようになっている。厚生労働大臣・労働基準監督署長・労働局長宛への要請葉書だ。支援頂ける方は、葉書代カンパでお願いします!とのこと。
勝訴の判決を受け、現在中原さんの元に、電話・ファックス・手紙が殺到しているそうだ。お祝いメールも 400通以上来てフリーズ状態らしい。多くの方々の熱い思いを感じる。私も今日、早速「要望書」を投函しよう!皆さんも是非・・
なお、民事裁判の判決も、3月29日に控えているそうだ。こうした地道な活動結果が、医師の労働環境の改善に確実に繋がっていくと思う。
「小児科医師、中原先生の過労死認定を支援する会」HP:http://www5f.biglobe.ne.jp/~nakahara/
確かに、昔から勤務医は激務であった・・
もう十年以上も前のことではあるが、研修医時代、大学病院や市立総合病院のNICU・一般小児病棟で勤務していたことがある。そう、確かに大変だった。コール当番や当直が月に数回はあったか。そしてNICUもあるため、他院からの新生児や未熟児の緊急入院の依頼を、救急情報センターから度々受けた。それも往々にして夜間に・・・保育器と救急セットを持ち、救急車に乗って、その病院まで赤ちゃんを受け取りに行ったものだ。そして入院後の処置のため徹夜となり、一睡もせずに翌日の通常勤務へ・・・
まだその頃は20代で体力があったから何とかやっていたけど・・・大学病院時代、病棟主任の先生と一緒に仕事していた時は、その先生(30歳後半だったかな)、徹夜明けの早朝に、NICUのソファーに座って仮眠されていたのを、今でも覚えている。
市立総合病院ではその頃、夜間にレントゲン技師がいなかった。夜間の緊急入院でX線撮影が必要になった場合には、医師が撮影・現像をしたものだ。夜、誰一人いない地下の薄暗い廊下を通り、真っ暗な現像室で装置の小さなスイッチランプの明かりだけを頼りに、手探りで現像作業をこなした。少々・・いやとても怖かったなぁ。
確かに心身ともいろいろ大変だったけど、その頃は患者さんやそのご両親との信頼関係を感じていた。だからこそ、何とか気持ちを持ち続けることができたと思う。ましてや“受け持った患者さんから刑事事件で訴えられる”・・・そんな衝撃的なことは思いもよらなかった。
現在、医療現場の何たるかを理解してない、理解しようとしてないような医療刑事事件が続いている。もし今、もう一度小児科医として同じ勤務状況に置かれたら、以前の研修医の頃の様に、要らぬ不安もなく情熱を持って、患者さんの命を救うことにのみ意識が集中できるか・・・いわんや勤務状況そのものも、ますます過酷になっている現状においては。
昨日は、息子の高校の卒業式だった。卒業生を送り出す3年生担任の先生方から、これから新たな人生に旅立つ卒業生達に、一言ずつ「贈る言葉」が残された。卒業を祝いつつ、これから歩くであろう彼らの様々な人生を思っての万感の言葉・・
そう、息子の担任の先生の語る「贈る言葉」・・・よかった!素朴であり、本来当たり前であるはずのことではある。しかし、それが見失われている現代だからこそ、きっと今後、彼ら若者が大学や社会に出て、いろいろな現実にぶつかり矛盾を感じた時に、ふと思い出し心の糧になるのだろう。先生の言葉、ここに紹介させてね・・・一生懸命に生きている誰もの心に響く言葉だから。
「・・卒業おめでとうございます。進路が決まった人も、もう少し受験勉強する予定の人も、これから人生の第2ステージが始まりますね。今後行き当たるであろう様々な事を考えると胸がかなり痛んだりもしますが、ブンジで培った力を生かし、自分の人生を切り開いていってください。あまり先のことを考えても実はあまり意味がありません。何事もね、思うようにはなりませんから。今自分にできることに、誠実に、真摯な気持ちで取り組んでいって下さい。そして願わくは、君たちがブンジに入学したての頃、学年集会で進路に関して小林進先生がおしゃったことを覚えていますかね。
“世のため人のために働きなさい”ということ。
私利私欲の権化のような人たちが跳梁跋扈しているご時世ですが、どんな道に進むにしても、君たちはこの気持ちだけは心の中に刻んでおいてくださいね。それではよい人生を。 小曽根 豪」
社会の隅々に、こうした“良心”を持った方々が地道にしっかり生きていらっしゃる。そして、その“良心”を、次の世代の純粋な感性に、こうしてひっそりと、しかし確実に伝えている。教育改革とか、教育基本法を変えるとか、・・そんな形式上の問題ではなく、こうした人と人の直接のコミュニケーションからこそ、本当の教育が実践され継承さてていく。本当に当たり前のことなんだが・・
先日の新聞に、都立高校の入試問題と解答が掲載されていた。息子が今年受験生ということもあり、どんな問題が出ているのだろう?国語ならば今の私でも解答できるかな・・という興味本位で、国語の入試問題に目を通してみた。そして一つの問題が私の関心を惹いた。
それは「科学者という仕事」(酒井邦嘉著)という論説から取った長文読解問題で、次の文章から始まっていた。「多くの人は、科学は正しい事実だけを積み上げてできていると思うかもしれないが、それは事実ではない・・・」更に読み続けていくと、この問題文は実はとても難解なテーマを扱っているではないか!
この入試問題の解答そのものは、この「文章の文字面(もじづら)の意味」を理解すれば文脈で解ける問題だ。しかし、ここに書かれてある「テーマ」(科学者という仕事)を本当に理解することは、本来とても難解でかつ興味深く、またとても重要なことだ。例のマスコミの捏造問題を初め、「科学的論理的思考」がきちんと為されていない現実ゆえ。
私は以前、竹内薫氏(サイエンスライター、TVニュースゼロ科学解説者)から、ある科学哲学者の話しを聴いた事がある。彼の名は、ファイヤアーベント。カルフォルニア大バークレー校の教授であり、ロンドン大学・ベルリン大学などでも科学哲学について教鞭を執っていたそうだが、彼の生き方や思想は、型破りの反権威主義であり、知的反逆者であったらしい。竹内氏の講義では、ファイヤアーベントの自伝や代表的論文から、「世界を科学的に認識する方法」の歴史や飛躍を、ファイヤアーベントの視点から愉しく学ばせて頂いた。
今回の読解問題文の中に、カール・ポパーという人が“科学哲学の重鎮”(!)として紹介されている。実は、そのポパーはファイヤアーベントの指導教官であったらしい。そしてファイヤアーベントに言わせれば、ポパーは「優等生的で面白みに欠け、ラディカルさや先鋭さに欠けていた!」とのことである。本当はヴィトゲンシュタインを指導教官に選びたかったが亡くなってしまったので、仕方なくポパーを選ぶハメになってしまった、とのこと。この論説に隠された「豊穣さ」、実はこの豊穣さこそ、ファイヤアーベントを理解するキーポイントであるが・・
面白くもない入試問題の奥にも、興味深い事実がいっぱい隠されていた。たまたま今回は、それに関することを深く学んでいたから知っていたが・・日頃の何気ない事実の奥にも、本当は凄い事がたくさん隠されているのだろう。ただ人が気付かないだけで・・