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我が家には現在10匹の猫がいる。昨春に姉妹母猫2匹からそれぞれ4匹の子猫が産まれて、計10匹という訳だ。まさに猫屋敷となっている。また我が家には4人の子ども達もいる。10匹の猫たちと4人の子ども達の微妙な関わり合いが日々生じる訳だが、その微笑ましい遣り取りには、こちらも思わず心温まることの多いこの頃である・・
ところで、猫に関する著書は多々あるが、先日偶然、面白い猫本を見つけた。猫の存在の何たるかを感ずる人には興味深い本だと思う。その本は・・・
「作家の猫」コロナ・ブックス編(平凡社)2006年6月初版
猫をこよなく愛した作家と、その猫たちの日常の機微を、美しい写真と共に味わい深く描いた本である。
そこに登場する作家であるが・・夏目漱石、南方熊楠、寺田寅彦、熊谷守一、竹久夢二、谷崎潤一郎、藤田嗣治、室生犀星、佐藤春夫、大佛次郎、アーネスト・ヘミングウェイ、幸田文、梅崎春生、椋鳩十、三島由紀夫、開高健、中島らも、等々・・・
開高健は書いている・・「猫は精妙きわめたエゴイストで、人の生活と感情の核心へ忍び込んでのうのうと昼寝するが、ときたまうっすらとあける眼には、絶対に妥協してないことを物語っている」「一切の行動の自由を持ちつつ排斥されることなく、孤高に終始しながらぬらりくらりと怠けて過ごすという、様々な矛盾を抱きつつ諸矛盾を精妙に融合させてかえってそれを魅力に転ずる・・・という具合については、ひたすらネコについて学ぶべきである」
熊谷守一は生涯を何にも縛られることなく、自由に生きることを愛した。だからこそ、人間に気をつかわない自由気ままに生きる猫を愛した・・
猫の自由孤高な生き様は、他者は勿論、自己にも執着してないかのようだ。少なくとも、過剰な自己意識はなく、淡々とそこに存在しているかのようだ。ところが人は、「私」I が「私」me を(特に人と比較して!)意識する。「私」I が「私」me を見つめている・・・それは「主観 I 」と「客観 me 」の分裂した世界である。そして、それらが解け合ったところに「涅槃」があると、古の賢人達は説いたのでは・・
その「涅槃」の境地が、自由孤高な猫の在り方にどことなく感じられるからこそ、「涅槃」に憧れた、かの孤高な文豪たちは、こよなく猫の存在を愛したのではないか・・
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