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昨年の自殺者数が9年連続3万人超であったことが、この度警察庁から発表されたそうだ。
この機において、これからの自殺対策に対し、あるひとつのシンポジウムが開催されようとしている。
「自殺対策新時代シンポジウム」・・・その詳細を以下にご紹介したい。
テーマ:自殺を「語ることのできる死」へ~官民合同シンポジウム~
http://www.lifelink.or.jp/hp/caravan_map.html
日 時: 2007年7月1日(日)(12時開場)13~17時半
場 所: 東京ビッグサイト 国際会議場
http://www.bigsight.jp/general/access/index.html
共 催: 自死遺族支援全国キャラバン実行委員会、内閣府
(実行委員会の事務局はライフリンクが務めています)
協 賛: 日本財団、他
登壇者:姜尚中さん(東大教授)、 木村達也さん(弁護士)
本橋豊さん(秋田大教授)、柴田雅人さん(内閣府)
弘中照美さん(自死遺族・多重債務自死をなくす会)
桂城舞さん(自死遺児)、清水康之(ライフリンク)他
司会: 町永俊雄さん(NHKキャスター)
内 容:
第一部 多重債務者支援と自殺対策の融合のために
第二部 自死遺族の声に耳を傾ける(体験発表)
第三部 自殺を「語ることのできる死」へ
参加費: 無料。ただし事前申込みが必要です。
参加申込み:次の事項を記入して実行委員会事務局まで
(メールだけでなく、FAX、郵送でも受付けます)
折り返し「入場券」のハガキをお送りいたします。
(当日は「入場券」がないと会場へは入れません)
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氏 名 :
住 所 :〒
電話番号:
お立場 :(差し支えなければ)
民間団体/医療関係/学校関係/一般/その他
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【お問い合わせ・申し込み先】
〒102-0071東京都千代田区富士見2-3-1 信幸ビル302
NPO法人ライフリンク 0701シンポジウム係
Tel: 03-3261-4934 Fax: 03-3261-4930
この4月から新たな仕事に就いた。何十年ぶりかの大学病院勤務、そして精神科への転科。医学生の頃に一度は思い描いたことのある夢“精神科医になること”が、今こうして不思議な縁あって実現したことに、深い感慨を覚えている。
仕事を始めるに当たり最初に、大学病院全体のシステムに関するオリエンテーションがあった。危機管理体制・院内感染対策・薬品管理、等々について、各部署からの説明を受け、最後にオーダリングシステム操作研修を受講。このような病院組織全体の理解で、2~3日があっという間に過ぎていった・・
今は少し落ち着き、少しずつではあるが、精神科の何たるかを、先輩の諸先生方から教わりつつ、学び始めているところである。私にとって精神科は、いろいろな意味で、未知な新しいことばかり。だから、日々考えることや感じることが何と多いことか・・
ところでこの頃、毎日早朝に、貴重なひととき“内省の時間”を偶然持つことができるようになった。何の事はない、通勤電車の中で・・・実は、人をぎゅうぎゅうに詰め込む「急行電車」の30分間は私には耐えられず諦め、大抵座ることのできる「各駅電車」の1時間に試しに乗ることにした。但し30分も早く起きなくてはならないが!・・・そうしたところ、各駅電車内の余裕ある静かな雰囲気の中で、朝早い為少々ウトウトすることもあるが、心落ち着いて今日一日これから為すことなどをいろいろ考えることができるのだ。半覚醒状態だからからか、次々とアイデアが湧いてくることもある。こうして熟考していると、この長いはずの1時間はあっと言う間に過ぎていく。この時間の使い方は、小さいながらも貴重な発見であった。
このような形で一日が始まる私の精神科臨床だが、今まで携わってきた小児科(身体科)臨床・脳機能画像研究・自殺関連NPO活動などのすべてが、これから精神科臨床にいろいろな形で繋がっていくと感じている。今回のこのご縁を深く感謝し、これから私なりに少しでも社会貢献ができれば、と思っている。何が為せるか・・・差し障りない範囲で、感じたこと・気づいたことなどを、これからも書き残したい。
先日、あるTV番組で“巫女”を偶然見た。その神に身を捧げる凛とした存在に感じるところあった。そして、ふと思い出したことが・・
かなり以前になるが、私は“巫女”がいる(正確にはいた・・)島、そう沖縄の久高島(くだかじま)に行ったことがある。学会発表で沖縄に行くことがあり、何故かは今でははっきりと思い出せないが、その折に久高島へ寄って見たいと思ったのだ。
久高島は、沖縄本島の東方5キロに位置する周囲8キロの小さな島。そこには沖縄人の祖先となった神様が降臨したという神話が伝わっており、「神の島」と呼ばれている。そして、神の波動を感じて神と交流できるノロと呼ばれる“巫女”がいて、琉球王朝よりはるか昔から、ノロ(巫女)を中心とした神女(なんちゅう)たちが、年に30もの祭祀を行い島を守ってきた。
あれは5月だったか・・沖縄ではもう初夏の暑い日差しの中、青い空と青い海に囲まれて、沖縄本島から小さな舟で久高島まで乗せてもらった。海中には、それはそれは綺麗な珊瑚礁が見えた!そして2時間後に迎えに来る、という言葉を残し私を置いて、その舟は遠ざかっていった・・・その2時間は別次元の世界だった。時間は止まり、空間は何処までも広がり、静寂しかなかった。自転車を借りて、何故か殆ど島の誰とも出会わず、何処までも続く土の道を無心に漕いでいった。島の先端に着き、眼前に広がる美しい青い海と空の静寂さに、確かに神々しい何かを感じた・・
確かに、この自然の中で暮らせば、人を超えた何かを感じ、神と共に生きることができるかもしれない。戦前の頃は、ノロ(巫女)になる条件として、島より一歩も外にでたことのない女性、であったそうだ。しかし、1978年のイザイホー(久高島で生まれ育った女性が神女になるための12年に1度行われる儀式)を最後に、祭事はその後一度も蘇ってないという。時代が変わり、若者の島離れが進み、神女に該当する女性がいなくなってしまったから・・
今もう一度、何時かは訪れるような気がする、「神の島」久高島・・・大切な何かを、まだ少なくとも自然が残していてくれることを祈って。
参照:「だれも沖縄を知らない-27の島の物語」森口豁著(筑摩書房)
「みんないつまでガソリン車が走っていると思っているのだろうか」(国連大学副学長、安井至:朝日新聞2007.3.3)石油が枯渇や高騰により入手困難になることを予測しての提言である。この提言、このまま医療にも言い換えれるのではないか。「みんないつまで現代医療を受けれると思っているのだろうか」と・・
「医療を受けれない・・」には、実は2つの要因がある。1つは、今既に始まっているあの「医療崩壊」のため。ご存知のように医師不足・劣悪な労働環境、そして理解不能な刑事訴訟、等々によって。そして2つめの要因が、実は「エネルギー問題」と密接に絡んでいる。
現代社会は、そして現代医療も、石油にどっぷりつかっている。医療資材・医療計測機器・医薬品のどれを取っても、その原材料やエネルギーにおいて、石油なしでは考えられない。ところが日本はエネルギー供給の大部分を海外に依存し、その50%が石油、しかもその90%を中東に依存している。つまり日本は元々脆弱なエネルギー供給構造を持っているが、今までは何とか石油を海外から供給し、社会経済を、そして現代医療を動かしてきたわけだ。
しかし今、国際的にエネルギー事情が緊迫している。中国を初め成長著しいアジア諸国のエネルギー需要の急増、産油国における石油供給余力の低下、が言われている。そして「石油生産ピークに関する見通し」がIEA/World Energy Outlook 2004 に公表されている。その中で、石油生産ピークが「標準的シナリオで2028-2032、悲観的シナリオで2013-2017、楽観的シナリオで2033-2037」とある。何れにしても、この10~20年後には現実的な状況として、石油が徐々に枯渇してくる!そんなに遠い将来の話しではない。その時、石油に依存している現代医療は、このまま可能であろうか・・・
このエネルギー問題は、実は地球温暖化問題とも絡んでいる。石油・天然ガスが枯渇し供給が低下すると、その代用に供給可能な石炭がエネルギー源として使用され、その結果、二酸化炭素がより大気中に放出されるだろうと推測されている。
この先10~20年が、エネルギー問題や地球環境問題、そしてすべての社会経済生活にとって、非常に重要な時期になってくるのではないかと感じる。如何に、総合的・包括的視点に立って、この状況を見据えれるか・・
ちょうど息子がこの春、某大学理工系機械工学科に入学することになった。機械工学では、流体力学・熱工学・原子力学などエネルギー学の基礎を学ぶだろう。先日彼に、現在のエネルギー問題のこと、資料を渡して少し説明した。そして「エネルギー問題のこと、一生懸命に勉強して何とかしてね・・」って言ったら、「・・・・うん」って神妙に頷いた。託す!そして私も・・・
小児科医中原医師の過重労働による自殺は、労災と認定され勝訴に至った。そして現在、支援者の方々は既に次の活動を展開されている・・
中原医師の奥様(中原のり子さん)からのMLが、今朝送られてきた。実は中原のり子さん、NPO法人自殺対策支援センターライフリンクの会員でいらっしゃり、今回のMLには「勝訴のお礼」と「控訴されない活動の支援願い」などが書かれてあった。
今回勝訴には至ったが、今後国が控訴しないように活動を展開されている。そこで多くの方に、「控訴しないように要請する要望書」を国に出して頂きたい!とのこと。
下記HPは「小児科医師、中原先生の過労死認定を支援する会」である。このHPから「控訴しないように要請する要望書」をダウンロードし印刷して投函できるようになっている。厚生労働大臣・労働基準監督署長・労働局長宛への要請葉書だ。支援頂ける方は、葉書代カンパでお願いします!とのこと。
勝訴の判決を受け、現在中原さんの元に、電話・ファックス・手紙が殺到しているそうだ。お祝いメールも 400通以上来てフリーズ状態らしい。多くの方々の熱い思いを感じる。私も今日、早速「要望書」を投函しよう!皆さんも是非・・
なお、民事裁判の判決も、3月29日に控えているそうだ。こうした地道な活動結果が、医師の労働環境の改善に確実に繋がっていくと思う。
「小児科医師、中原先生の過労死認定を支援する会」HP:http://www5f.biglobe.ne.jp/~nakahara/
確かに、昔から勤務医は激務であった・・
もう十年以上も前のことではあるが、研修医時代、大学病院や市立総合病院のNICU・一般小児病棟で勤務していたことがある。そう、確かに大変だった。コール当番や当直が月に数回はあったか。そしてNICUもあるため、他院からの新生児や未熟児の緊急入院の依頼を、救急情報センターから度々受けた。それも往々にして夜間に・・・保育器と救急セットを持ち、救急車に乗って、その病院まで赤ちゃんを受け取りに行ったものだ。そして入院後の処置のため徹夜となり、一睡もせずに翌日の通常勤務へ・・・
まだその頃は20代で体力があったから何とかやっていたけど・・・大学病院時代、病棟主任の先生と一緒に仕事していた時は、その先生(30歳後半だったかな)、徹夜明けの早朝に、NICUのソファーに座って仮眠されていたのを、今でも覚えている。
市立総合病院ではその頃、夜間にレントゲン技師がいなかった。夜間の緊急入院でX線撮影が必要になった場合には、医師が撮影・現像をしたものだ。夜、誰一人いない地下の薄暗い廊下を通り、真っ暗な現像室で装置の小さなスイッチランプの明かりだけを頼りに、手探りで現像作業をこなした。少々・・いやとても怖かったなぁ。
確かに心身ともいろいろ大変だったけど、その頃は患者さんやそのご両親との信頼関係を感じていた。だからこそ、何とか気持ちを持ち続けることができたと思う。ましてや“受け持った患者さんから刑事事件で訴えられる”・・・そんな衝撃的なことは思いもよらなかった。
現在、医療現場の何たるかを理解してない、理解しようとしてないような医療刑事事件が続いている。もし今、もう一度小児科医として同じ勤務状況に置かれたら、以前の研修医の頃の様に、要らぬ不安もなく情熱を持って、患者さんの命を救うことにのみ意識が集中できるか・・・いわんや勤務状況そのものも、ますます過酷になっている現状においては。
昨日は、息子の高校の卒業式だった。卒業生を送り出す3年生担任の先生方から、これから新たな人生に旅立つ卒業生達に、一言ずつ「贈る言葉」が残された。卒業を祝いつつ、これから歩くであろう彼らの様々な人生を思っての万感の言葉・・
そう、息子の担任の先生の語る「贈る言葉」・・・よかった!素朴であり、本来当たり前であるはずのことではある。しかし、それが見失われている現代だからこそ、きっと今後、彼ら若者が大学や社会に出て、いろいろな現実にぶつかり矛盾を感じた時に、ふと思い出し心の糧になるのだろう。先生の言葉、ここに紹介させてね・・・一生懸命に生きている誰もの心に響く言葉だから。
「・・卒業おめでとうございます。進路が決まった人も、もう少し受験勉強する予定の人も、これから人生の第2ステージが始まりますね。今後行き当たるであろう様々な事を考えると胸がかなり痛んだりもしますが、ブンジで培った力を生かし、自分の人生を切り開いていってください。あまり先のことを考えても実はあまり意味がありません。何事もね、思うようにはなりませんから。今自分にできることに、誠実に、真摯な気持ちで取り組んでいって下さい。そして願わくは、君たちがブンジに入学したての頃、学年集会で進路に関して小林進先生がおしゃったことを覚えていますかね。
“世のため人のために働きなさい”ということ。
私利私欲の権化のような人たちが跳梁跋扈しているご時世ですが、どんな道に進むにしても、君たちはこの気持ちだけは心の中に刻んでおいてくださいね。それではよい人生を。 小曽根 豪」
社会の隅々に、こうした“良心”を持った方々が地道にしっかり生きていらっしゃる。そして、その“良心”を、次の世代の純粋な感性に、こうしてひっそりと、しかし確実に伝えている。教育改革とか、教育基本法を変えるとか、・・そんな形式上の問題ではなく、こうした人と人の直接のコミュニケーションからこそ、本当の教育が実践され継承さてていく。本当に当たり前のことなんだが・・
先日の新聞に、都立高校の入試問題と解答が掲載されていた。息子が今年受験生ということもあり、どんな問題が出ているのだろう?国語ならば今の私でも解答できるかな・・という興味本位で、国語の入試問題に目を通してみた。そして一つの問題が私の関心を惹いた。
それは「科学者という仕事」(酒井邦嘉著)という論説から取った長文読解問題で、次の文章から始まっていた。「多くの人は、科学は正しい事実だけを積み上げてできていると思うかもしれないが、それは事実ではない・・・」更に読み続けていくと、この問題文は実はとても難解なテーマを扱っているではないか!
この入試問題の解答そのものは、この「文章の文字面(もじづら)の意味」を理解すれば文脈で解ける問題だ。しかし、ここに書かれてある「テーマ」(科学者という仕事)を本当に理解することは、本来とても難解でかつ興味深く、またとても重要なことだ。例のマスコミの捏造問題を初め、「科学的論理的思考」がきちんと為されていない現実ゆえ。
私は以前、竹内薫氏(サイエンスライター、TVニュースゼロ科学解説者)から、ある科学哲学者の話しを聴いた事がある。彼の名は、ファイヤアーベント。カルフォルニア大バークレー校の教授であり、ロンドン大学・ベルリン大学などでも科学哲学について教鞭を執っていたそうだが、彼の生き方や思想は、型破りの反権威主義であり、知的反逆者であったらしい。竹内氏の講義では、ファイヤアーベントの自伝や代表的論文から、「世界を科学的に認識する方法」の歴史や飛躍を、ファイヤアーベントの視点から愉しく学ばせて頂いた。
今回の読解問題文の中に、カール・ポパーという人が“科学哲学の重鎮”(!)として紹介されている。実は、そのポパーはファイヤアーベントの指導教官であったらしい。そしてファイヤアーベントに言わせれば、ポパーは「優等生的で面白みに欠け、ラディカルさや先鋭さに欠けていた!」とのことである。本当はヴィトゲンシュタインを指導教官に選びたかったが亡くなってしまったので、仕方なくポパーを選ぶハメになってしまった、とのこと。この論説に隠された「豊穣さ」、実はこの豊穣さこそ、ファイヤアーベントを理解するキーポイントであるが・・
面白くもない入試問題の奥にも、興味深い事実がいっぱい隠されていた。たまたま今回は、それに関することを深く学んでいたから知っていたが・・日頃の何気ない事実の奥にも、本当は凄い事がたくさん隠されているのだろう。ただ人が気付かないだけで・・
昨日の朝日新聞に「消費者が選ぶ企業ベストブランド トヨタ自動車が3年連続1位」という記事が載っていた。日本消費生活アドバイサー・コンサルタント協会が企画した企業評価の結果である。トヨタ自動車は「プリウスだけでなく高級乗用車分野までハイブリッド車を投入」「国際的にも認められている商品品質の高さ」が評価されたそうだ。
実は、私の父は典型的な「トヨタマン」であった。海外ではまだ「日本車はダメだ・・」と言われていた戦後まもない頃、父はトヨタ自動車に入社し、エンジニアとして第一技術部駆動設計課に所属し、エンジン開発の仕事に就いた。そして会社からやれ!と言われるのではなく、自分の興味から「自動変速機」いわゆる「トルコン」の研究をしていたそうだ。その研究を社内の「技術会」で発表したところ、上司から「東大の先生に聞け」と後押しを頂き、東大との共同開発を行い、日本で初めて「自動変速機」の小型車量産に結びついたそうだ。そして世渡りの決してうまくない父だが、会社は父の仕事結果をきちんと評価し、第一技術部の部長に抜擢している。
この様な社員の仕事に対する姿勢は、決して父だけではなく、“トヨタ創業からの伝統”のようだ。「新しいことに前向きに積極的に挑戦し開発していこう」という社員個々の意識、そして「その社員個々のやりたいことを自由に積極的にやらせてくれる」という会社の方針。
「自分で開発していこう!」というトヨタの伝統をよく示しているエピソードを父から聞いた。戦後まだ日本の自動車開発が進んでなかった頃、トヨタ以外の自動車会社は欧米の自動車会社と手を結んだそうだ。しかし、トヨタはあくまで自社のみで技術開発を進め、自力であの高級車クラウンを世界に出した。以前、他社の人から驚かれたそうだ。「トヨタは不思議な会社だ・・・東大卒は少ないのに、出てくる車は立派だ!」
父を初め、多くのトヨタ社員が「トヨタマン」たる謙虚な誇りを持っているのを感じる。それには“トヨタ創業からの伝統”が、社員にやはり大きな影響を与えているのではないか・・・“社員個々の挑戦を積極的に支援する姿勢”。そして何より“伝統的に今でも終身雇用の原則を守っていること”・・・トヨタのトップは言っているそうだ、「社員の首を切って会社を立て直すことは、邪道だ・・」と。
そして、今回も企業ベストブランドの1位に選ばれた訳だが、トヨタのトップはそれを喜ぶどころか、逆に気を引き締めているそうだ。気の緩みやおごりを・・・
会社は父を成長させてくれた。そして父も会社を成長させた。しかし、こうした全体が一つの生命体であるかのような部分と全体の美しい調和は、個人が孤立化する現代社会では難しいのだろうか・・
アメリカ元副大統領アル・ゴア氏は、17年前、一生忘れられぬほどの衝撃的時期があったそうだ。愛する息子が交通事故であわや生命を落とすかと言うほどの大怪我をした。突然日常の時間が断ちきられ、そこで何もかもを考え直したそうだ。「自分にとって本当に大切なことは何なのか・・・」
そして2つのことを誓ったそうだ。その1つは、いつも自分の家族のことを第一に考えること。そしてもう1つが、仕事では「気候の危機」を重要な課題とすること。
それからのゴア氏の活動のひとつ、地球温暖化についてのスライドを見せながらの講演活動が、あの映画「不都合な真実」になり、その書籍版も最近出版された。地球温暖化問題の一番の核心を突いている事実が、この本の中にある次の問答によく現れているように思う。
最もよく聞かれる質問があるという。「たくさんの人たちが、まだこの危機は本物ではないと思っているのは、何故だろうか?」そしてゴア氏の答えがこれだ。「気候の危機に関する真実は、自分達の暮らし方を変えなくてはならない、という“不都合な真実”だから・・」
ゴア氏は、この地球の危機的な問題に、より多くの人たちの「意識」を向けるためのキャンペーンの一つとして、今年7月7日に地球の7大陸で24時間の地球規模のコンサートを行うことを公表している。その名も「Save Our Selves -- The Campain for a Climinate in Crisis」
コンサート開催地は、中国(上海)、南アフリカ(ヨハネスブルグ)、オーストラリア(シドニー)、イギリス(ロンドン)、日本(開催地未定)、ブラジル(開催地未定)、アメリカ(開催地未定)、南極である。
そして、100組以上の出演者と観客あわせて100万人、テレビ・ラジオ・インターネットなどで参加する人たち20億人を計画しているそうだ。
ゴア氏は声明の中で言っている。「地球温暖化の問題を解決するためには、数十億人の人と連携しなければならない。そして、前例のない息の長い地球規模の運動しかない・・」
参考:「不都合な真実」アル・ゴア著(ランダムハウス講談社)、北山耕平氏ブログNative Heart