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わき目もふらずに働いてきて「さあこれから」という時に、くも膜下出血で倒れる大黒柱のご主人。全精力を育児に費やし、やっと手を離れて「やれやれ」という時に体調を崩す一家の太陽、お母さん。こういう話を聞きますと、 「やっぱり厄年だからね」という同情の声がよく聞かれます。
女性の厄年は19才と33才、男性の厄年は42才と、昔からいわれていることは皆さん良くご存じのことと思います。しかし、19才のピチビチの女子大生に向かって「かわいそうに厄年なんですね」と言うとほっぺたを叩かれます。 42才の男性といえばまさに職場の中核で、いちばん脂がのりきった年代ですよね。少し実感と厄年の間にずれがあるように思うのは私だけでしょうか?
実はこの厄年は現代の私たちには当てはまらないんです。織田信長の時代は『人生五十年、下天の内を比ぶれば、夢幻の如くなり』。と舞をまったように平均寿命が50年程度でした。
現在の男性の平均寿命は男性で約79歳、女性で約86歳ですので、戦国時代からすると約1.5倍寿命が伸びていることになります。従って厄年を現代の我々にあてはめようとすると、19才は29才、33才は50才、42才は63才と5割増しで考えないといけないことになります。
女性の29才は子育てで戦争です。女性の50才。更年期の真っ最中です。一番体調を壊しやすい時期です。
男性の63才はどうでしょうか?63才といえば定年退職の年齢になります。
50歳前後の女性といえば、閉経に前後して女性ホルモンの分泌が少なくなるために体の更年期障害が起きます。更年期障害といえば女性の特権のように考えられてきましたが、男性も50才頃から男性ホルモンが減少して徐々に若いころの体力を失い、さらに定年退職を迎える年令になると、心の更年期障害も加わってきます。
以上から考えますと、更年期障害こそが現代の厄年そのものとも言えるのです。
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知り合いの名前が出てこなかったり、用件があって部屋に入ったとたんに何をしに来たのか忘れたりすると、『俺もいよいよか!』と心配になることがあります。もちろんぼけは取り返しのつかない脳の病気でも起こりますが、脳の使い方が悪くてもおきてきます。
ぼけの原因をもう一度まとめると、
(1)病気で脳の働きが落ちた場合。
(2)脳の使い方がよくなくて脳が働かなくなった場合。です。
脳の病気でぼけてしまうと聞くと、アルツハイマー病を思い出す人がほとんどだと思います。欧米ではこの病気の人が多くて、ボケの原因の半数を占めています。 アルツハイマー病の原因はいくつかの遺伝子や蛋白質の働きがおかしくなることによることが分かっています。遺伝子の病気だと今の医学ではちょっと治せません。しかし幸いなことに日本ではこの病気になる人は、欧米ほど多くはありません。
日本人の脳の病気で多いのは脳の血管が動脈硬化を起こして切れたり(脳出血)、詰まったり(脳梗塞)、血の流れが悪くなったり(慢性脳循環不全)するものです。 これを防ぐ方法は先ず脳の病気にならないことであることは言うまでもありません。
しかしこれらのはっきりとした原因がないにもかかわらず、ぼけてしまう方がいます。それは脳をうまく使わなかったことによるのです。
例えば風邪を引いてしばらく寝込んでいると、立ち上がったときふらふらして足の筋肉が落ちているのにびっくりしたご経験があると思います。人間の体は使っていないものはどんどん縮んでしまう性質があります。これを医学用語で「廃用萎縮」 (はいよういしゅく)と言います。生きがいをなくして、ある期間ぼんやりと脳を使わないでいると廃用萎縮が起こって脳が痩せてしまい、いざ使おうと思っても働かない状態、すなわちぼけた状態になります。 この場合の「やせ」は実際に脳がちじんでしまうというのではなく、働きが落ちるという意味です。
話は変わりますが、糖尿病・高血圧などを生活習慣病と呼ぶことは皆さんご存じと思います。私はこのタイプのぼけは脳の生活習慣病であると思います。
多くの患者さんを見ていますと、ぼけた人の性格・生活様式・人生の取り組み方などに共通点があることに気付きます。
それを5つにまとめられたのが早川一光先生の「こんな人がぼける」です。ここに引用してみます。
【こんな人がぼける】
(1)人の言い分を開かず、自己中心にしか物事が考えられない 『頑固』な人。
(2)すぐ腹を立てて怒鳴ったり、いらいらする『短気』な人。
(3)仕事一本に打ち込んできて、楽しみを持てなかった 『無趣味』の人。
(4)人と和せない、人の輪の中に入れない『友達のない』人。
(5)人を信じられず、『物』しか頼れない人。
(6)『笑わない』人。
どうでしたか?「あ、自分のことだ」と思われたお父さんもいらっしやることでょう。
上記以外にも多くの研究者がぼけやすい条件を提示しています。そこで私はぼけに関する本を何冊か読んで、ぼけやすい生活の条件を以下の4つにまとめてみました。
①ぼんやりタイプ
若い頃からぼーっとしていて勉強に身が入らず、大人になっても仕事にも趣味にも興味がなく、一日中ぼーっとしている人です。このタイプはすんなりとぼけてゆきます。これは納得できます。
②バリバリタイプ
それとは逆に若い頃から勉強に打ち込み、仕事一辺倒で趣味やスポーツに無関心な人もぼけやすいのです。仕事が命の人は、定年退職後、仕事がなくなると何をしたらよいのか分からなくなり、ぼーっとしてしまいます。
③ぜいたくタイプ
お金に困らず、時間の余裕がありすぎる人も自分で脳を使うことが少ないのでぼけやすくなります。ここを読んで自分は大丈夫と思った人はちょっとさみしいものがあります。
④さみしいタイプ
非社交的で、親しい友人がなく、いつもひとりぼっちでいるとぼけてしまいます。性格的に頑固、自閉的、ねくらな人、自己顕示欲が強い人などもこのタイプに入ります。
最近は一人暮らしのご老人がたくさんいらっしゃいます。さみしいタイプの人にさせないために、地域社会が取り組まないといけないと思います。
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それでは脳の再生を促すものはどのようなものでしょうか?
ねずみを何もないかごの中で飼ったグループとくるくる回転して運動ができるおもちゃを入れたかごで飼ったグループで、神経幹細胞の数を比較した研究があります。その結果は運動をしたグループの方が神経幹細胞の数が多いというものでした。人間は植物ではなく動物ですので、動くことで脳が生き生きとします。体力を保つために運動されている方が多いと思いますが、運動は体よりも脳を鍛えるものだったのです。
神経幹細胞は脳全体に存在していますが、2ヶ所だけ非常に強く再生している場所があります。それは前頭葉と海馬です。前頭葉は額のところにある脳で、物事を考えているところです。お猿さんと人間の脳で一番違っているところです。海馬は脳の底のほうにあり、記憶をコントロールする中枢です。この前頭葉と海馬を鍛えることができれば、脳の再生のスピードが上がるのではないかと期待されます。
『考える』と『覚える』という行為を一緒にすることを漢字2字で書くと何になるでしょう。それは『学習』です。私たちは人よりもいい生活をしようとか、他人よりえらそうにするために学習するのではありません。それは自分の脳を日々よい方向に作り変えるためだったのです。
「運動はだるいし、ましてや勉強なんてとんでもない」という方は最後の手段があります。 これもねずみの実験ですが、ねずみに猫の鳴き声を聞かせたり、水の中に沈めたりして精神的ストレスを与えると、次第に動かないウツウツとしたねずみになります。ある研究者がこのねずみにうつ病を治す薬を与えてみたところ、イキイキとしたねずみになりました。ウツウツねずみとイキイキねずみの神経幹細胞の数を比較するとイキイキねずみの方が何倍も数が多いことがわかりました。 このことからイキイキとした充実した人生が、脳を再生する大きな原動力となることが推測されます。
脳の再生を促す方法は以上述べましたように、運動・学習そしてイキイキ人生でしたが、試験でもないとなかなか覚えられません。そこで語呂合わせを考えました。
「ウ」動いて
「マ」学んで
「イ」イキイキ 人生
これが脳を再生するウマイ生き方です。
知能は遺伝かあるいは環境かという議論が医学界で続いていますが、私は環境とくに自分の生き方に大きく影響されると考えています。
脳は日々再生されていますが、ちょっと油断すると一気に老化してゆきます。毎日のこつこつとした努力を続けていれば、遅々とした歩みかも知れませんが、脳はよりいいものに生まれ変わってゆきます。
『大器晩成』こそが正しい脳の育て方です。
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脳を作る細胞があるのなら、それを治療に使えないかという発想が出てくるのは当然です。 すでに臨床応用の一歩手前まできているものは、末梢神経の損傷を神経幹細胞で直すというものがあります。正座していると足がしびれるのは足を動かしたり、足の感覚を司る末梢神経があるからですが、これが事故などで切断されると、治療が非常に困難でした。神経幹細胞は神経線維も作ることができますので、切れたところに神経幹細胞入りのチューブを置いておくと、自然に神経がつながります。
次に期待されているのは、脊髄損傷です。高いところから落ちたりして首の骨を折り、脊髄が傷つきますと、意識はしっかりしてても手足が全く動かないといった悲惨な状況になります。ねずみの背骨を取り、脊髄をハサミで切ると(本当に医者はひどいことをするものです)、足が動かなくなります。切った脊髄に神経幹細胞を植えておくと、脊髄が再生され、1から2ヵ月後にはピンピン歩き回ります。
パーキンソン病も研究が進んでいます。パーキンソン病で少なくなるドーパミンをたくさん作る細胞を自分の神経幹細胞から導き出し、それを自分の脳に植えるという研究です。
しかしこれまで述べた神経幹細胞の移植がヒトで本当にうまく行くためには少なくとも10年以上の時間が必要と思われます。それまで待てないという人、あるいは医療費の高騰でなるべく安く健康になりたいという欲張りな方には朗報があります。 それは自分で神経幹細胞を増やして治すという方法です。簡単に言えば、神経幹細胞を減らすことをできるだけしないで、神経幹細胞を増やすものをできるだけすればよいわけです。
神経幹細胞を減らしてしまうのは年齢・病気・怠惰な生活です。
神経幹細胞の元気は歳とともになくなって行きます。二つに増える能力が低下しますので、細胞の数も少なくなります。でも時をとめることはできません。ですから、歳を取れば取るほど脳を再生する努力を怠らないようにしなければなりません。
いくら脳が再生するからと言っても、脳の病気で一度に多くの神経細胞が失われたら、再生するまでにかなり長い時間を要します。やはり脳の病気は予防するに限ります。
またコタツでみかんを食べながら、一日中テレビをボーっと見ているような生活を送っていますと、脳を作り変えないといけないほどの必要性がないので、再生されません。
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親を見ていると自分の頭の程度はこれくらいでしかたないかとあきらめている人はいませんか?でもてきぱきと仕事をしている賢い人たちを見ていると、もう一度脳を作り変えることが出来たらいいなあと願いたくなりますが、そんなことは可能でしょうか?
医学の進歩というものはすさまじいもので、ついこの間まであたりまえのように思っていたことが、間違いだったということがあります。私はこれまで、多くの会場でセミナーをさせていただきましたが、セミナーで必ず入れるお話は、「脳は一度壊れると二度と再生しないから、壊れないように病気にならないように注意しましょう。」という内容のもので、禁煙や食生活の改善を強調してまいりました。しかしおよそ10年前に「脳は日々再生している」と180度考え方が変わってしまいました。
実は体の大部分の細胞や臓器などは、盛んに再生されていることが昔からわかっていました。 お風呂に入って体をこすると「アカ」が出ますが、これは死んで剥げ落ちた皮膚の細胞なのです。もし皮膚が再生しないのなら、日々皮膚はやせて最後は薄い和紙のような状態になってしまうでしょう。しかし「面の皮が厚い」ままでいられるのは、皮膚の奥のほうで盛んに皮膚を作る細胞が再生しているからです。新しく生まれた皮膚の細胞は生まれてから約2 週間で皮膚の表面に出てくることが知られています。
ところが脳だけは、生まれたときが成長の終わりで、それからは神経細胞が死んでゆくことがあっても、生まれ出てくることはないと長い間考えられてきました。しかし同じひとつの体の中で例外があると考えるほうが無理があったのですね。
お母さんのおなかの中にいるときは、脳を作る細胞(神経幹細胞)がたくさんあり、どんどん脳が作られてゆきます。おぎゃーと生まれると、この神経幹細胞が急激に少なくなり、大人ではまったく見られなくなると考えられていました。 しかし成人の脳にもたくさん神経幹細胞があり、しかも増え続けていることがわかったのです。
最近のアメリカ神経科学学会での発表では95歳の方からも神経幹細胞を培養することができたとの報告があります。
また驚くべきことに、脳以外の部分にも神経幹細胞に変わることが出来る細胞があることが分かりました。脳以外の部分とは脊髄、骨髄、皮膚そして筋肉です。脊髄は脳とつながっていますから、納得できますが、骨髄といえば血液ですし、皮膚や筋肉にいたっては全く脳と関係ない感じがします。なぜほぼ全身に脳を作る細胞が存在している必要があるのでしょうか?もちろん正確な理由は分かりませんが、これは「いざ鎌倉へ」ではありませんが、生きていくうえで一番大切な脳に問題が起こると、全身から脳を再生させるお助け部隊が集まるようになっているのかもしれません。
いつもボーっとして、頭の回転が遅い人が「頭が筋肉」と揶揄されることがありますが、本当はほめ言葉だったんですね。
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以前のブログで『人間の生物学的寿命は125歳』と書きました。現実的にはとてもそこまでは生きられないと思いますが、125歳からすると今の年齢は人生の旅路の中でどのあたりを歩んでいるんだろうと思うことがあります。
話は突然飛びますが、私が小学生のころ、永谷園の『お茶漬け海苔』のおまけで歌川広重の『東海道五十三次絵』が入っていました。それ以来私は浮世絵のとりこになり、切手趣味週間に発売される記念切手は憧れでした。小学校の近くの切手のお店に飾ってあるとても高価で手が出ない切手を穴が開くほど見ていたのを昨日のことのように思い出します。
東海道五十三次は言うまでもありませんが、江戸時代に江戸(日本橋)と京都(三条大橋)を結んだ東海道の53の宿場のことです。しかしこの距離がほぼ125里(正確には126里6丁1間)であることを最近知り、びっくりしました。私の勝手な想像ですが、ひょっとすると日本人は人生を五十三次をこつこつ歩いてゆくことであると伝えているのかもしれません。
下記に五十三次の宿場までの距離を書きました。里を歳に読み替えていただくと、今どのあたりですか?
箱根宿まではほぼ25里です。脳の坂を上りきって後は降りるだけ?
52里の島田宿を出て無事、大井川を渡れましたか?
100里歩いてやっと鈴鹿サーキットでレースが観戦できます。
宿場 現在地 距離km 里
日本橋 東京都中央区 0 0.0
品川宿 東京都品川区 7.8 2.0
川崎宿 神奈川県川崎市川崎区 17.6 4.5
神奈川宿 神奈川県横浜市神奈川区 27.4 7.0
程ヶ谷宿 神奈川県横浜市保土ヶ谷区 32.3 8.2
戸塚宿 神奈川県横浜市戸塚区 41.1 10.5
藤沢宿 神奈川県藤沢市 48.9 12.5
平塚宿 神奈川県平塚市 62.6 15.9
大磯宿 神奈川県中郡大磯町 65.6 16.7
小田原宿 神奈川県小田原市 81.3 20.7
箱根宿 神奈川県足柄下郡箱根町 97.9 24.9
三島宿 静岡県三島市 112.7 28.7
沼津宿 静岡県沼津市 118.6 30.2
原宿 静岡県沼津市 124.5 31.7
吉原宿 静岡県富士市 136.3 34.7
蒲原宿 静岡県静岡市清水区 147.5 37.6
由比宿 静岡県庵原郡由比町 151.4 38.6
興津宿 静岡県静岡市清水区 160.6 40.9
江尻宿 静岡県静岡市清水区 164.7 41.9
府中宿 静岡県静岡市葵区 175.3 44.6
鞠子宿 静岡県静岡市駿河区 181 46.1
岡部宿 静岡県志太郡岡部町 188.8 48.1
藤枝宿 静岡県藤枝市 195.6 49.8
島田宿 静岡県島田市 204.3 52.0
金谷宿 静岡県島田市 208.2 53.0
日坂宿 静岡県掛川市 214.8 54.7
掛川宿 静岡県掛川市 221.9 56.5
袋井宿 静岡県袋井市 231.5 59.0
見附宿 静岡県磐田市 237.4 60.5
浜松宿 静岡県浜松市 253.9 64.7
舞坂宿 静岡県浜松市 265 67.5
新居宿 静岡県浜名郡新居町 270.9 69.0
白須賀宿 静岡県湖西市 277.5 70.7
二川宿 愛知県豊橋市 283.3 72.1
吉田宿 愛知県豊橋市 289.4 73.7
御油宿 愛知県豊川市 299.6 76.3
赤坂宿 愛知県宝飯郡音羽町 301.4 76.8
藤川宿 愛知県岡崎市 310.2 79.0
岡崎宿 愛知県岡崎市 316.9 80.7
池鯉鮒宿 愛知県知立市 331.8 84.5
鳴海宿 愛知県名古屋市緑区 342.9 87.3
宮 宿 愛知県名古屋市熱田区 349.5 89.0
桑名宿 三重県桑名市 376.9 96.0
四日市宿 三重県四日市市 389.5 99.2
石薬師宿 三重県鈴鹿市 400.3 101.9
庄野宿 三重県鈴鹿市 403.1 102.6
亀山宿 三重県亀山市 410.9 104.6
関 宿 三重県亀山市 416.8 106.1
坂下宿 三重県亀山市 423.4 107.8
土山宿 滋賀県甲賀市土山町 433.2 110.3
水口宿 滋賀県甲賀市水口町 443.8 113.0
石部宿 滋賀県湖南市 457.5 116.5
草津宿 滋賀県草津市 469.3 119.5
大津宿 滋賀県大津市 483.7 123.2
三条大橋 京都府京都市東山区 495.5 126.2
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果たして人間は生物として何歳まで生ることができるのでしょうか?すなわち生物としての人間の寿命です。
実はこれには立派な法則があります。背骨のことを脊椎(せきつい)と言いますが、この脊椎を持っている動物のことを脊椎動物といいます。例えば、犬・猫・猿などです。
この脊椎動物の寿命にはある一定の法則があることが分かっています。それは(その動物の脳が成熟する年数)×5がその動物の最長の寿命というものです。 動物によってはその動物の性が成熟する年齢のほうが当てはまる場合もあります。
人間の脳が成熟する年令は25才ですので、それに5を掛けた125才が人間の最長の寿命と言われています。昔の人はそれを直感で知っていたのか、キリスト教でも仏教でも教典に人間の寿命として120才前後と教えています。 125才と聞くとまだまだひと花咲かせますよね。
ヒトの最長寿記録は1997年に亡くなったジャンヌ・ルイーズ・カルマン女史が記録した122歳164日です。これを知ると確かに125歳は可能なのです。
しかし”最長の”寿命というところがポイントです。我々はそれまで生きられないのは持って生まれた体質、育ってきた環境、過ごしてきた時代背景などでどんどん短くなってしまうのです。よく『寿命を延ばす』という言葉を使いますが、本当のところは『寿命が短くなるのを防ぐ』です。
125才というのは一つのゴールでもあり、目標でもあるわけです。
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健康で長生きすることは人類共通の願いだと思います。 きんさん・ぎんさんがあれほど人気があったのは、なんとかあやかりたいとの願望があるからでしょう。きんさん・ぎんさんのように、100才を越えた人は日本でたったの2万人しかいません。2004年には2万3038人と報告されています。
1963年には153人でしたから、この約40年間でおよそ150倍に増えていることになります。これを見ても日本がいかに長寿社会になったか分かりますね。ちなみにその中で女性が約85%を占めています。やっぱりというか、すごいですね。
長寿の秘訣はこれらの人に聞くのが一番というわけで、世界中で研究が行われています。研究のタイトルを付ける時に「100歳以上生きた人の食生活の傾向」などとするのは長すぎるので、 100歳以上生きた人に名前を付けることにしました。 100才といえば100年。100年といえば1世紀です。世紀のことを英語でセンチュリーといいますので、1世紀を生きた人という意味で、センテナリアンという言葉が作られました。
それではセンテナリアンの人達は実際にどんな生活をしているのでしょうか?東京都老人総合研究所の調査によると、まず悠々自適な生活で、急がされても焦らない、我慢強く待てるという人が多いようです。
また物事は一つずつ片付けて、いっぺんに多くのことをしない。 こういう主義の人はどっかり腰をおろして何もしないような印象がありますが、やるときは積極的に行動されています。
まず時間に遅れません。時間に遅れる人というのは時間に振り回されているんですね。短時間で全力を尽くして一生懸命にやる。ですから一つずつ片付けても仕事が早いです。
次にセンテナリアンの性格はどうでしょうか?かれらは男性的性格と女性的性格を合わせ持っています。
男性的性格とは、自分の立場をしっかり持っていてそれを押し通すことです。ある一面から言うと頑固といえますが、決して妥協しないという信念の人が多いようです。しかしそれだけでは頑固ジジイやいじわるバアサンになってしまいます。同時に優しい・相手の気持ちが分かるなどの女性的性格を持っているために、家族及び地域社会を味方に付けているわけです。
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認知症のほとんどは脳血管障害あるいはアルツハイマー病が原因です。この二つはいったん発症すると治療は困難で、徐々に悪化してゆきます。このことから認知症はなってしまえばもう助からないというイメージがあります。
しかし認知症の症状を呈していても適切な治療で完全に治る場合があります。これが『治療可能な認知症』と呼ばれています。認知症の1割程度がこのタイプのものと考えられています。
せっかく治療可能な認知症であっても、諦めてそのままにしておくと、続発性の治らない認知症に移行してしまいます。最終的な病気の確定はやはり医者の仕事ですが、こればかりは患者さんが病院を受診してもらわなければ意味がありません。
治らない認知症と治る認知症との間には4点違いがあります。
1点目は家族や本人がおかしいと思ってから病院を受診されるまでの期間が比較的短いことです。
2点目はボケの程度が日によってかなり違うと言うことです。時間によっても軽くなったり重くなったりすることもあります。
3点目は認知症の主な症状は記憶障害ですが、治る認知症は記憶障害よりも注意力や集中力の低下、そしてやる気の低下などでボーっとしているために反応が悪くなっていることが特徴です。
最後は手足がふるえる、首が固くなる、手足が動きにくくなる、歩き方がおかしいなどのボケ以外の症状が出てきます。
脳神経外科として最も注意していただきたいものは頭部外傷後に起こる慢性硬膜下血腫です。これは簡単な手術で治すことができる痴呆の中では最も劇的な病気です。 50才以上の男性で、 1から3ケ月前に頭を打っていて、比較的早く頭痛と頭のボーとした感じがあればこの血腫を疑って病院を受診して下さい。
脳に積極的に作用するホルモンとしては甲状腺ホルモンとステロイドホルモンがあります。
甲状腺ホルモンの働きが落ちると甲状腺機能低下症となり、感情の起伏がなくなって、昼間でも眠りがちになります。
ステロイドホルモンがたくさん出るクッシング症候群では、逆に不眠となり行動に異常を来します。軽度の妄想なども起こしてきます。
栄養や代謝の障害によっても認知症が起こります。一番多いのはアルコールの飲み過ぎです。アルコールの代謝過程でビタミンB1が大量に消費されるため欠乏し、記憶障害が出てきます。この患者さんと話していると記憶障害の自覚がなくて、長時間、昨日本当にあったかのような作り話をしてくれます。歩行がよろよろして、目も動きが悪くなります。
胃癌で胃の摘出術を受けた方はビタミンB12が欠乏して、貧血になりやすいのですが、さらに脊髄や末梢神経の障害と同時に認知症の症状が出くることがあります。
抗てんかん薬を長期服用しているとその副作用で葉酸が欠乏して貧血と痴呆を起こします。
また糖尿病患者がインシュリンや経口糖尿病薬の服用で低血糖が頻回に続くと痴呆を生じます。最近はこの反省から高齢者の血糖は高めでもいいと考えられています。
梅毒に感染して4から30年もたって痴呆が起きてきます。エイズ、免疫抑制剤の使用、さらに高齢などの免疫不全状態で真菌 (カビ)が脳に繁殖し髄膜炎を起こすことがあります。
結核菌でも髄膜炎となることがあり、著明な記憶障害や人格の変化などが起きます。 また単純ヘルペスウイルスによる脳炎は非常に重く、後遺症として痴呆症状を残すことが多い病気です。
練炭や都市ガスなどの不完全燃焼そして自殺目的で排気ガスを吸ったりすると、一酸化炭素中毒を起こします。一酸化炭素によって酸素が脳に運ばれなくなると、酸素不足に一番弱い海馬という記憶に一番重要な部分が障害を受けて、痴呆となります。
脳腫瘍は脳とその周辺のありとあらゆるところからでてきますが、なかでも前頭前野が両側とも障害を受けた場合や、大脳辺緑系が侵された場合など、高度な痴呆を来します。
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集団定年退職を迎える団塊の世代
団塊の世代が定年退職の年齢を迎え、たくさんの人が退職後の人生をはじめます。自分の人生をどう楽しもうかと前向きな方はいいのですが、多くの方がぼけたりして回りに迷惑をかけたらどうしようと悩んでいる方もいらっしゃいます。
第三の人生とは
20才の成人までを成長期の第一の人生、それから社会で活躍する年代を第二の人生としますと、定年退職後の人生は第三の人生ということになります。 年金問題や介護保険導入に伴う問題など第三の人生を支える社会的仕組みも充実しているとは言えません。私は現在第二の人生を歩んでいますが、私が高齢者になるときには年金制度が破綻すると言われており、とても対岸の火事と済ませるわけにはいきません。
死から隔離されると生が不安になる
老いが不安なのはその後に控えてある死に対して悪いイメージを持っているからだとおもいます。昔の大家族の時代には、死は大勢の家族に看取られながら、自宅の畳で安らかに眠るように迎えるものでした。ところが現在では死と言えば病院でまるでスパゲッティのように点滴などの管につながれて、やせ衰えて苦しみながら死んでゆくというイメージがあります。
私も長年脳神経外科の臨床をしていまして、脳梗塞などで寝たきりになり、褥瘡ができて痛みと麻痺のため自分で体を動かすことができなかったり、植物状態で全く意思表示できなかったり、脳死状態で無理やり呼吸させられたりなど、悲惨な生き方をたくさん見てきました。
死ぬ直前まで元気で生きられたら
また痴呆患者を長年介護してきて疲れ果てた家族に対して、 「大きな脳出血ですから、命の保障はできせん」とお話をしたときに、まるで良かったとばかりに安堵の表情をされる方を何人も見てきました。 私はこれらの患者さんを見てきて、自分は死ぬ直前まで元気で生きて、死ぬときはコロリと逝きたいと思っていますが、これは私だけでなく、ほとんどすべての方の願いではないでしょうか。
理想的なPPK
このように元気に生き抜き、病まずに死ぬという理想の第三の人生をPPKと名付けた人がいます。 PPKとはピン・ピン・コロリの略字です。意味はすぐに分かりますよね。こんなすてきなネーミングを考え出したのは、国民健康保険中央会というお堅い国の組織でした。
一般的に長寿県といえばすぐに沖縄県を思い浮かべる人が多いと思いますが、実はPPK達成日本ーは長野県なのです。国民健康保険中央会がこの長野県に注目してPPKの秘密を探った結果が『PPKのすすめ』 (紀伊国屋書店)で報告されています。この本にはいろんなデータが書かれてありますが、 PPKの条件を私なりに3点にまとめてみました。
PPKの3つの条件
第一点目は仕事や生き甲斐があるから病気になる暇がない。ということです。 80歳以上の方でもほとんどの方が農作業などの自分の仕事を持っていたり、自治会の役員になっていたり、唄・踊り・囲碁などの趣味を忙しく楽しんでいたりして、病気で横になっている暇がない人たちばかりなのです。 ある経済学者が「朝起きて、今日一日やることが決まっていない事ほど不幸なことはない」という言葉を残していますが、まさにコロリの直前まで仕事や生き甲斐を失ってはならないと言うことを教えてくれていると思います。
第二点目は生まれた土地が好きだから、病気になってこの土地を離れたくないということです。長野県は持ち家率が高い、一人暮らしの老人が少ない、離婚する人が少ないなど、家庭機能が充実していることが伺われます。 また自然も豊かで生まれ育った土地を愛している人が多いという特徴があります。病気になると言うことはその土地と家を離れることを意味することが多いため、住民は健康を守ろうとする意識が高いことが分かりました。
第三点目は地域に足の太い保健婦が多いと言うことです。高い住民の健康意識を支えているのは気軽に飛び歩く保健婦さんたちでした。彼女たちが中心となってすべての医療関係者が住民に健康情報を伝えることに熱心なのです。
PBNからPPKへ
まさに「健康は病気を治すよりも、病気にならないこと」を実践しています。以上の生き甲斐・動機・勉強を一つのヒントとしていただいてピン・ボケ・ネタキリ(PBN)からピン・ピン・コロリ(PPK)目指して頑張りましょう。
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