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2012.03.11 21:56 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  心理  |  yuka_tetsuya  | 推薦数 : 1

一年

 毎年、3月になると年が明けてからもう1/4が過ぎようとしているのかと、時の過ぎる早さにとまどう。しかし今年は例年と違った気分であった。それはあの大震災から1年が経っているのに、被災地の風景は全く変わっていないからである。
 確かにテレビを見ると瓦礫はかたづけられ、区画整理を終えて住宅ラッシュが起こる前のような状況に見える。しかし現実は全く逆である。被災者にとってはまだ死んだ街なのだ。海岸線に一列に高く積み上がられた瓦礫は、新しい防波堤だという冗談は笑えない状況である。
 瓦礫を運び出せず、最終処分もできない状態が続いている。東京都など一部の自治体が引き受けを表明したが、ほとんどが拒否している。これはどうしたことだろう。あれほど震災直後に日本全国で示した絆の精神が、自分に降りかかることになると急に途切れてしまう。
 「総論賛成、各論反対」という民主主義の悪癖がある。政治家の二枚舌は今も続いているが、それはその政治家を選ぶ私たちも二枚舌を持っているからではないか。被災者はかわいそうだから同情をするが、自分の身に降りかかるのは勘弁して欲しいという二枚舌である。
 大災害が起きたとき、災害ユートピアという現象が起こる。それは被災して裸で投げ出された人々は、社会的なものをすべて失ったが故に、助け合いの精神が生まれ、新しい社会規範が作られ、つらくて苦しいが同じつらさを分かち合うユートピアのようなコミュニティが形成される。
 大災害はその場所にとどまらない。周辺地域に波紋が拡がるように影響を及ぼしてゆく。その波紋をやりすごすために、「復興という名の統制」がユートピアを襲う。レベッカ・ソルニットの『災害ユートピア』にはアメリカの大災害後、楽園が地獄に変わる様を克明に記録している。
 災害ユートピアがなぜ地獄に変わるのか。それは周りの人々が被災者の気持ちに同苦できずに傍観者となってしまうためではないだろうか。傍観者の始まりは、その対象物に興味を失うことである。メディアが発達した現代では、いろんな角度からの映像が溢れ、情報が飛び交っている。
 情報洪水の中で、次第に感受性を失って、慣れてきてしまう。今youtubeで津波発生時の悲惨な映像を見ても、「そうそうこんなだった」とまるで解説者のような視線で見ている自分がいる。しかしそれがボランティアに行った、石巻市やいわき市の映像だと途端に現実味を増す。
 ボランティアで出会った人たちの顔を思い浮かべながら、自分がその場所に立っていることを想像すると、とても傍観者ではいられなくなる。自分が苦しいときに「東北を思い出せ」と心の声が聞こえると、今の悩みも小さいものに思えてくる。
 自分が二枚舌にならないためには、相手の境遇をどれだけイメージできるかにかかっている。患者さんも病気というその人にとっては一番大きな災害で悩んでいる。まずは患者さんに対して二枚舌になりそうな自分を戒めるための記念日としたい。

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2012.03.03 20:21 |  生活 / くらし  |  グルメ / お酒  |  その他(一般)  |  yuka_tetsuya  | 推薦数 : 1

お味噌

 名古屋・岐阜の一番の名物は八丁味噌などの豆味噌ではないだろうか。八丁味噌で煮込んだうどんは讃岐うどんに匹敵するし、ヒレカツ定食はソースではなく八丁味噌で食べないと気が済まなくなってしまった。マスタードなしでも美味しいが、それと混ぜるとまだ一段と美味である。
 生まれ故郷の四国では米味噌なので、甘みとさっぱりとした感じがする。しかし豆味噌の赤褐色の辛口も捨てがたい。「かけてみそ」という味噌も売っていて、キュウリに付けて食べると引きしまった味がしてビールによく合う。
 先日、病棟の待合室で知人と話しをしていると、主任さんが味噌汁を振る舞ってくれた。お盆の上にちょっと大きめの湯飲みが見えたので、もちろんお茶と思っていたら、まさかのお味噌汁であった。その日は病棟医長の「お味噌汁回診」の日だったようだ。
 お鍋と一緒に回診し、患者さんに1杯振る舞って楽しく会話するというものである。こんな素晴らしいアイデアは日本全国探してもないだろう。友人は「病院でこんなに美味しいお味噌汁を、しかも突然食べれるなんて」と絶句していた。
 毎回次はどの味噌を使うかで悩んでいると聞き、五反田の「坂本商店」というお味噌を販売しているお店を思い出した。五反田にある研究所でリサーチを始めて8年になるが、巨大なビルの間に挟まれた小さな商店がなぜ倒産しないのか不思議でならなかった。
 のれんをくぐると、ただ単に味噌樽を並べているだけのぶっきらぼうのお店だった。しかし、これまで経験したことのない芳醇な味噌の匂いに包まれ、江戸時代にタイムスリップしたような感覚になった。袋に詰めると風味が落ちるので、樽で量り売りをしているとのことである。
 お店の奥様にお勧めの12種類を選んでもらい、病棟医長に渡した。さっそく家で試食をしているようであるが、毎朝「めっちゃおいしい」と長々とご報告をいただく。きっと来月からは「坂本商店お勧め味噌汁」シリーズが始まるのであろう。 
 海外旅行に行ったとき、病から回復したとき、こってりとしたものを食べすぎたとき、味噌汁を飲むと「のどの巣があく」思いがする。アメリカ留学中に生味噌タイプの「あさげ」が出たときには、大人買いをしてしまった。
 大味でボリュームだけのアメリカの食べ物の中で、味噌汁の微妙な合わせ技の妙味は、たとえインスタント食品でも際立つ。そのためか、海外のグルメを食べても、「のどの巣」が空くことがあまりない。一度お値段の素晴らしいフランス料理のコースを食べて吐いたことがあるくらいである。
 味噌汁を飲んでいると、母が作ってくれたジャガイモとキャベツの味噌汁を“食べながら”、古いブラウン管テレビに映る「太陽に吠えろ!」を見ている風景をふっと思い出す。お味噌の味は、家庭の団らんと直結しているために、他の食材とは別な感覚がするのであろう。

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