1月28日午前7時43分頃山梨県東部を震源とする地震があり、富士河口湖町で震度5弱を観測した。いよいよ富士山の噴火の予兆かと思いきや、富士山の火山活動とは関係がないとのコメントがすぐに発表された。
毎週1泊あるいは日帰りで岐阜~東京を往復している。新幹線は富士山がきれいに見えるE席をいつも予約している。「E席をお願いします」と言ったつもりが、「いい席」と勘違いされて、「窓側ですね」とA席になることがあった。それ以降Eの発音は唇を思いっきり引いている。
岐阜からも東京からも富士山がきれいに見えるのは三島駅から新富士駅のあたりで、ちょうどまどろむ時間である。最初は携帯のアラームを設定していたが、最近ははっと目を開けると富士山が見えていたという不思議な感覚を実感したくて、アラームはオフにしている。
映画プリンセス・トヨトミで綾瀬はるかが「子どもの頃、富士山の裾野に十字架がたくさん見えた」という新幹線から富士山を見ながらの台詞がある。映画を見てから、富士山の麓も見るようになった。確かに風力発電の風車がそのようにもみえる。
昔、河口湖畔のホテルで学会が開催された。ロビーの喫茶店の窓からは、富士山が身近に迫ってきて、見とれた。トイレに行くと見せかけて幾度となく、眺めた。講演の内容は全く覚えていないが、その宝のような時間と富士山は今でも鮮明に思い出すことができる。
家族と何回か富士山を見に行ったが、いつもガスがかかっていて頂上がみえなかった。しかし頂上が見えない分、富士ハイウエイの駐車場からは富士山の麓と湖が広々と見え、すがすがしい気分になった。わんちゃんは富士山よりも草や木の根本の方が気になっていたようだ。もったいない。
西武池袋線の石神井公園駅を越えたあたりから、富士山が見える。晴れた日はいつも富士山を探して、頭をあちこちにひねっていると、満員電車の隣の人が怪訝そうな目で見ていた。「決して、痴漢をしようと周りを警戒しているのではありません!」
「あれになろう、これに成ろうと焦るより、富士のように、黙って、自分を動かないものに作りあげろ。世間へ媚びずに、世間から仰がれるようになれば、自然と自分の値打ちは世の人がきめてくれる」(『宮本武蔵』吉川英治著)私の師匠が教えてくれた座右の銘である。
単に黙って、動かなければ、自分を作ることができない。語って動きながらでないと、富士のような大人格は形成されないであろう。富士山の山頂の平均風速は15mだそうだ。いつも台風並みの風にさらされている。
少々のことで動じない人になりたいと常々思う。渡辺淳一著の鈍感力は小さな事にあくせくしている人に対する痛切な戒めであった。できれば幾多の修羅場を体験して自然に体得したいものである。そうでなければ、他人から単なる老化現象と見なされて、富士のように仰ぎ見られないだろう。
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2012年1月21日と22日にお台場のソニーエクスプローラサイエンスで行っているMy Ageing展に関連したワークショップのインストラクターを担当した。凍り付くような冷たい雨と強い風の中、多数の親子の参加していただき、感謝感激である。
ワークショップの内容は自分の体の仕組みと年を重ねるとどうなるのか、そして元気でながいきするためにどうすればよいかを学ぼうという欲張りな内容であった。私の講義はそこそこで、親子で血圧や体温、心拍数などを測定してもらった。
またインスタントシニア体験として、画用紙に二つ穴を空け、プチプチをそこに貼り付けたお面で目をマスクし、耳栓をはめ、軍手を2枚付けて“鶴”を折り紙で折ってもらった。親は悪戦苦闘していたが、お子さんは意外と上手に折っていたのはびっくりした。
お子さんに子ども用の白衣を着てもらい、本物の血圧計と聴診器で親の血圧を測定してもらった。そのときに記念撮影をし、ワークショップ終了後にその写真を貼り付けた修了証をお渡しした。お子さんの真剣な顔と、親のうれしそうな顔が対称的でおもしろかった。
「私、将来は内科の先生になりたいの」とかわいい笑顔を向けてくれた子どもの後ろで、思いっきり親ばかの顔を見せる母親は素敵であった。肉体的・精神的プレッシャーの強い職種ではあるが、医師として同じ仕事につきたいと夢を持って語ってくれるのは感動する。
私は時々、健康セミナーを依頼され、1時間程度お話をさせていただくことがあるが、今回のように盛り上がることは少ない。もちろん私の技能の問題もあるが、親子で共通の実体験の時間を持つことのうれしさが、その場の雰囲気を盛り上げてくれるのだろう。
ヘルパーズ・ハイという言葉がある。他人の世話をして、感謝されることで、自分も高揚感を感じるということである。社会を形成することで生き延びてきた人類の本能がそうさせるのであろう。子ども達に他人の健康の手助けをすることの喜びを知ってもらうのが一番の動機付けになるであろう。
どの親もできれば他人のためになる仕事をし、自分の子どもにもそのような職業を選んでほしいと思うであろう。もちろんすべての職業は何からの形で他人のためになっているのだが、医療分野はそれがわかりやすい形で示されるので訴えやすい。
できれば子どもうちにヘルパーズ・ハイを経験して、高校・予備校や親のプレッシャーで医療分野を選ぶのではなく、本心で自ら選択してくれるといい。病気で入院したときに医者や看護師さんに優しくしてもらったことが動機となっている人も多いであろう。
ブラックジャックや医療ドラマに感化されたというひともある。病気になる以外にも医療分野に興味を持ってもらう働きかけができることが、今回のワークショップでわかった。自分が病気になった時に、いい医療スタッフに面倒を見てもらうための保険の積み立てを今後もしておこう。
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本川達雄著「ゾウの時間 ネズミの時間」は生物の不思議を知るための必読書である。動物の行動・体の生理そして寿命までもが体重と密接に関係している。この本を読むと人間も同じ動物であることを気づかせてくれる。
しかしこと寿命という問題になると、人間だけが公式と外れている。動物の寿命は6.10×10の6乗×体重(kg)の0.20乗で表されるが、これで計算すると27歳程度である。おそらく原始人の平均余命はこれくらいだったのではないか。
ほ乳類の心臓は一生の間に約20億回打つと言われている。大人の平均値で割り算すると寿命は約54歳あたりである。これは「人生五十年」の戦国時代と同じである。
この原始時代から戦国時代への変化は、士農工商など社会システムを構築して、効率よく食べ物を分け合える状態にしたためだと思われる。
しかし2010年の日本人の平均余命は男性79歳、女性86歳とさらに伸びている。これは間違いなく、医学の進歩が関係しているであろう。
さらに122歳でなくなったジャンヌ・カルマンさん、120歳でなくなった泉重千代さんのように、120歳以上の長寿のチャンピオンが生きていたことを知ると、平均余命はさらに上昇する可能性も伺われる。
他の動物は生殖世代を経ると、しばらくして寿命を迎える。まるで利己的遺伝子が最も効率よく自分を伝えてゆく方法を編み出したかのように。
しかし人間は文明の力でその方法をあっさり越えてしまった。猛毒である酸素を猛毒から自分を守りながら、エネルギー源としてつかうという曲芸のような細胞の生活は疲れ果てて年をとることは仕方ないのではないか。
そう言う意味では、老化は長寿の結果であり、必然である。マラソンランナーは最初は一直線のスタートラインに立っているが、最後の方は列がバラバラになるように、「人間いろいろ、老化もいろいろ」である。
従って、老化と対抗する様なイメージを持つ「アンチ・エイジング」は言葉としては誤っている。老化の多様性と必然性を知れば、私の老化「マイ・エイジング」をどうするかという観点で老化を捉えた方が良いように思われる。
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小さい頃から、車にはあまり酔わなかったが、船には弱かった。宇高連絡船で四国から岡山に渡って大学に進学した。里帰りなどで船酔いが心配だったが、船に乗り込んですぐにうどんを食べて、瀬戸内海を視ていることで克服できた。
大学生の時にTK-80というマイコンを作り、蛇とネズミゲームを作って遊んだが、酔わなかった。しかしPS2でレーシングゲームを開始した途端に気分が悪くなった。それ以来、将棋、麻雀、数独など画面が動かないゲームに変えて酔わなくて済んだ。
アメリカ留学中にユニバーサルスタジオに行った。最初に宇宙船に乗ったが、酔ってしまった。その日一日嘔気に悩まされた。それ移行コーヒーカップやジェットコースターも苦手になった。ディスニーランドではストリートや劇場で行われるショーしかダメになった。
少し不安だったが、これを見ておかないと3D映画は語れないという「アバター」を見に行った。めがねの上に3Dめがねという、横から見ればコメディアンの格好で30分粘ったが、初めて映画館を上映途中で抜け出した。もちろん映画館はお金を返してくれなかった。
3D酔いは画面が激しく上下するときに起きやすいとのこと。確かに船酔いのはじめは台風が近づいていたとき、四国から富士に向かう船が上下に激しく揺れていたのに、おもしろがって船首で遊んでいたときであった。
3D酔いは思わぬ方向に画像が動いたときに起こるとのこと。確かに私の友人の病理学教授に顕微鏡で眺めながら腫瘍の病理の解説を聞いていたとき起きた。ほとんど目をつむっていて、何も覚えていない。
3D酔いは周りが暗く、長時間眺めていて、小さい画面を除いているときに起こりやすい。確かにPS vitaを寝室でやっているとくらくらしてくる。酔わないコンテンツを選ぶべきである。
3D酔いを克服する方法として、酔い止めを飲むというのがある。しかし映画を視る前や、ゲームをする前に薬を飲まないとやってられないというのはちょっと危ない。
3D酔いを克服する方法として、画面を追わずにぼんやりみて、残像を追わないと良いらしい。しかしそれでは老眼鏡をかけずにぼんやり読書をしているようで、悔しい。
結局このようにして3Dの世界から見捨てられるのだろう。映画監督の皆さん、3D映画のみの上映はやめて下さい。映画館の皆さん、2D/3D同時公開の時に、2D映画の上映時間をお昼間だけにしないで下さい。よろしくお願い申し上げます。
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昨年の漢字は「絆」であった。大震災の後で、同じ国土に住む日本人としての絆を自覚して、多くの人たちが義援金を送り、ボランティアに参加し、安寧と復興を祈った。今年になっても新党名にも取り上げられたなじみの漢字となった。
しかし河合隼雄氏の『「老いる」とはどういうことか』の中に、絆のもう一つの読み方に関するエッセーがあり、なるほどと思った。それは「ほだし」である。
「絆」は平安時代の物語などでは「ほだし」と読まれ、馬の足にからませて歩けないようにする綱を意味した。出家して仏門に帰依したときに、親子の情などの「ほだし」が邪魔になるという意味に使われている。
親子の情は、自分がつらいときには「きずな」と温かく受け入れるが、巣立ちをするときは「ほだし」と感じて、抗いたくなる。
まことに日本語は奥が深い。一つの漢字に両方の読み方を与えて、その人が置かれている状況でどちらのニュアンスも代弁している。まことにエコな言語である。
心理学者のボルビーは心の独立には、安全基地が必要であると主張している。豊かな「きずな」を自覚した者は、新しい世界に安心して旅立てる。それはもし傷ついたときに帰れる場所を自覚できるからである。
子どもの時には親(保護者)の存在が大きな安全基地になっている。その安全基地の重力が重いほど、飛びだつときにエネルギーが必要となる。それを親は本能的に知っているからこそ、まず自らが「子離れ」をしようとする。
しかし本当はかなり難しい。「親離れ」により新しい世界を得る世代と、「子離れ」によって失われる物が追加される世代とでは、おかれている環境が違っている。
親も子も「きずな」と「ほだし」の微妙なバランスを保ちながら、折り合ってゆく必要があるのだろう。そこにこそ豊かな感性がはぐくまれるのではないか。
娘が愛する人と新しい生活へと旅立つときに、かんじがらめの綱が足にからまって、動けなくなって泣いている自分が、今晩の夢に出てきそうである。
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Huluの1ヶ月無料サービスで、念願のLOSTシーズン6を鑑賞した。シーズン5まではTSUTAYAでレンタルをしたが、返却日が気になって、多忙を極めていたにも関わらず、一気に見てしまった。LOSTはチラ見、小出し見が出来ないほどおもしろい。
ネタバレになるので詳しくは述べられないが、最終回を見て「共通した思い出を死者が自分たちの用意した場所で回顧するドラマ」と分かった。時間や場所があちこち移動したり、老化しなかったり、死者がよみがえったりなど奇想天外な展開も納得が行く。
最終場面でのともに苦難と闘い乗り越えてきた主人公たちの満ち足りた表情に救われた。候補者が意外な人物に落ち着いたのはオチのセンスもある。
アメリカのテレビドラマはとにかくおもしろい。映画では続編を20も30も作ることは出来ないが、連続ドラマだと簡単である。一度ヒットすると連鎖的にファンが増えて行き、利益が上がる。制作費も半端ないはずである。
アメリカの映像制作者は、他のヒット作から視聴者の心理を学んでいる。その最たる者が「多様性展開」である。LOSTにしても24にしても登場人物がすべて主人公で、主人公ひとりひとりにドラマがあり、それを平行して語られるため、視点がうまく移動して飽きると言うことがない。
そして平行して進んでいる物語がいろんな場面で交錯して、さらにミステリー性を増している。古典とされている名作を見ると、ストーリーが主人公ひとりに纏わり付いて進んでゆくため、安心して自分を主人公に同化できる。
しかし見終わったら、もう一度見たくなる物は少ないと思う。自分の人生を全く同じようにもう一度送りたいと思わないのと一緒である。LOSTなどは後に大きな意味を持つ場面がちょこっと出ていたりするので、ストーリーを知っていても何度でも楽しめる。
この何度でも楽しめるところが、熱烈なファンを生む原因となっているのであろう。このガチャガチャと進むストーリーが好まれるのは、現実社会の時代の流れがそうなっているからであろう。エンターテイメント性は高いかもしれないが、心に芯の様に残らないのは残念である。
ガチャガチャした世間から離れたい時には日本のドラマが最高である。丁度昨年末BSフジで「北の国から」が放映されていたので、録画してある。久しぶりにさだまさしのハミングを聴くと、なぜがほっとする。ゆったりと流れる場面も安心する。
宴会でごちゃごちゃと食べた後、梅茶漬けが食べたくなるのと同じであろうか?多様な現象が猛スピードで進んでいる時代だからこそ、ゆっくりとした時間ももっと持ちたいものである。
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2012年1月5日Cell電子版で、遺伝的に異なる2種類以上の細胞がモザイク状に入りまじった「キメラ」のアカゲザルを作ることに米オレゴン健康科学大学が世界で初めて成功したと報告された。すごい成果であるが、早速動物愛護団体が動き出しているとの報告もある。
キメラ自体は悪いことではない。輸血や骨髄移植などは他人の細胞を自分の中に受け入れて微小キメラ(microchimerism)を作って、治療しようとするものである。幹細胞による治療が行われる時代になれば、血液系細胞以外の微小キメラ状態が作られるであろう。今回の論文は、微小ではなくキメラの割合が非常に高い、いわばmacrochimerismの状態を霊長類で作ることが出来たのが衝撃的である。
1996年に男児出産27年後の母親の血液から男児の progenitor cellが生存している事が報告されている(PNAS vol.93, p705)。その後Lancetなどで、甲状腺や肝臓などで、Y染色体を持った細胞が男児を産んだ母親から見出されている。なぜY染色体を持った細胞が見出されるのか。有力な仮説として出産時に胎盤がはがれるときに胎児の血液が母親の胎内に入ってしまうことが想定されており、これをFeto-Maternal Cell Traffickingと言う。もちろん女児の細胞も同様であるが、染色体染色では区別がつかない。
出産していない母親からも男性の細胞が見出される場合もあるらしい。この場合は、精液の中に含まれている男性の白血球が進入するのではないかと言われている。
母親は出産という命をかけた大仕事の報酬として、胎児の幹細胞をもらって、若返るということがあるかもしれないが、あくまで異物である。自己免疫疾患が起きても不思議ではない。橋本病やリウマチなどでその関与が疑われているとのことである。
考えてみれば、分化の方向性が全く違う60兆個もの細胞が一つの個体を作っていることは、機能レベルで見れば、立派なキメラである。そしてそれらはお互いが激しく新陳代謝を行いながら、動的平衡を保っている。ここでも多様性と調和という原理が働いている。同じ遺伝的背景を持つ細胞社会でも大変だと思うのに、キメラ猿の細胞はどのようにして遺伝的背景が異なる細胞とつきあっているのだろう。そしてその関係性は年齢を経る毎に、どのように変化してゆくのだろう。
命を宿した母親は異なった細胞社会とのつきあいを身をもって体験している。それゆえにビクトル・ユゴーは「A lady is weak, however, a mother is strong」と語ったのであろうか。キメラ猿の将来に注目したい。
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アメリカ留学中にろくに練習もせず、いきなりロサンゼルスマラソンに参加した。1988年のソウルオリンピックで100m, 200mそして400mリレーで優勝したフローレンス・グリフィス=ジョイナーが応援に来るとの噂があり、ジョイナー見たさに気軽に申し込んだ。ジョイナーはロングヘアと派手なネイルペインティングでアメリカ陸上界だけではなくファッション界の女王でもあった。38歳という若さで心臓発作で亡くなったのは本当に残念であった。
ジョイナーは、一般参加選手を誘導する先頭車の荷台から身を乗り出すように握手をして、ランナーを激励してくれた。もちろん私も全速力で車に近づき握手をしてもらった。それが悲劇の始まりだった。最初のオーバーヒートで、私の膝は20kmを過ぎたあたりから悲鳴を上げ始めた。ゴールにたどり着いた時は、日がどっぷり暮れていた。しかも最後のコースは日中でもひとりで歩くのがはばかれるちょっとした無法地帯であった。しきりに私の目の前に自転車に乗ったスタッフが現れて、ギブアップを勧めてくれた。
あまのじゃくな私は、そう言われる度にスピードを上げて、振り切った。ゴールのアリーナに入る直前に、長い横断歩道があった。私はプロのマラソンランナーではないが、おそらく心臓破りの坂よりも厳しい、膝折りの横断歩道であった。片道5車線はあったと思う。1回の青信号ではとても渡りきれなかった。中間地点に中州のような場所が合ったから良かったものの、そこにたどり着くのに精一杯であった。このときに、青のマークが点滅し始めたのにまだ道路の真ん中にいる自分に寒気がした。
今日もなんら心配することなく、横断歩道を渡った。しかし私の両側変形性膝関節症の患者さんはそうではないだろう。いつも渡りきれるか心配しながら車を左右に見ながら渡っているのではないか。あの時の私のように。。。
ロコモティブ・シンドロームのチェック5つのチェック項目の中に「横断歩道を青信号で渡りきれない」が入っている。道路が人と人とをつなぐ役割が、突然人と人を分断する境界線になっては本末転倒である。これまでの信号機は成人の歩く速さ(1秒間に1メートル)を基準に信号が切り替わる時間が設定されていた。昨年のニュースに横断中の人を高精度の画像感知器で認識し、歩行スピードが遅い人がいれば、青信号の時間を自動延長する仕組みが東京都で導入されたとあった。テクノロジーが身体だけではなく心理的バリアーも取り除く役割を果たすことが出来るのは素晴らしい。バリアフリー社会の理想はそこにあるのではないかと思う。
ロスマラソンは10時間以内にゴールすれば公認記録が与えられる。私の9時間18分43秒は同年代で最も遅い記録として燦然として輝いている。
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岐阜の冬は凍える。内陸の盆地特有のメリハリがきいた気候である。冬は床から冷気が立ち上ってきて、どんなに部屋を暖かくしても足指先がつんつん痛くなる。
職場まで歩いて15分もかからないのに、車で3分で行っている。患者さんには「少しの距離なら車を使わず、歩きましょう」と言っているのにである。性格的に言い訳は嫌いだが、「寒いから」である。
昨年末に岐阜で大雪が降った。スタッドレスタイヤをつけるくらいなら、PS Vitaを買った方がましと思っているために、歩いて出勤せざるを得なかった。
上から下までヒートテックに身を包んで、長靴を履いて分厚い毛糸の手袋をつけて、歩いてみた。思いの外温かい。顔にまとわりつく冷気がむしろ心地よい。職場に着く頃にはちょっと汗ばむくらいであった。
股引よりもずっと暖かい。体にフィットするので、歩く度に冷気が登ってくることもない。メタボ腹を締め付けるゴムさえ我慢すれば、すこぶる快適である。どうしてこうも違うのか、「テック」の部分を調べてみた。
ヒートテックは保温とドライに優れた線維を使っているだけではなく、熱も作っているとのことである。これは「吸湿発熱」といって、運動エネルギーを持っている水蒸気(不感蒸泄)が繊維に吸着するときに熱エネルギーに変換されるようだ。
繊維に吸着した水分をすぐに外側に広く拡散させ、次の水蒸気を待つ構造になっているため、発熱が持続するとのことである。ここで不感蒸泄が関係するとは夢にも思わなかった。
新米のころ、先輩からくどいくらいに不感蒸泄分の水分補給を忘れないように注意された。平熱で発汗がなく、室温が28度以下の場合でも900mlの水蒸気が体から沸き立っている。体温が1度上がる毎に水蒸気の量は15%程度増える計算である。
不感蒸泄を気にしないといけない患者さんはとくに発熱の患者さんなので、適当に1200ml程度と計算していた。自分の発する水蒸気で自分を温めるとは、なんとエコなのであろう。ゴミ処理場横のプールの様なありがたさである。
現代の人類が1日に消費しているエネルギーは、恐竜1匹に匹敵するという。エネルギーを原子や太陽や風からもらわずに、我々の体で発電したらいいのに。ひょっとしてそのために裸で生まれてきたのかも。といいつつ本日は車で出勤してしまった。
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この世に生を受けたときをスタート地点として転げるように生きている私たち。人生はよくマラソンに喩えられるが、走るスピードも、走り方も、補給水の取り方も人それぞれということからすれば、その通りである。
年齢を重ねるたび毎に、多様になってくる考え方や生き方。老化とは多様性の別名である。しかし人生には無理矢理整列させられるときがくる。その最たるものが就職活動、いわゆる“シューカツ”である。
その他の○○カツと違って、選ぶ方と選ばれる方の力関係に差があるシューカツは選ぶ方の理論が勝ってしまうのはある意味仕方がない。選ぶ方に人間を見る目がない場合、均質な者の中から有る基準で取り出す方法が簡単である。
しかしすでに多様な人生を送ってきた人をそもそも一つに並べること自体ナンセンスである。特にグローバルで技術革新がめまぐるしい分野で仕事をしている会社には、多彩な才能を持った人材を必要とする。
昨年から新卒一括採用を見直そうとする動きが大企業で起きてきている。私の大好きな企業であるソニーは以前より多様な人材を公募していたが、このたび「新卒」、「選考スタイル」、「スーツ」のルールを変えることを宣言した。http://www.sony.co.jp/SonyInfo/Jobs/newgrads/concept/contents1.html
職業を選択する自由を得ようとして、人生の選択肢を狭くした人ではなく、様々な人生の選択肢を自ら選んできた人たちを採用しようというのである。これは素晴らしい流れである。どうか入社後も組織に縛られず、「自由闊達にして愉快なる理想工場」の先頭に立ってもらいたいものだ。
選択肢も移動の自由もほとんどない医師の世界から飛び出して、いまだにrolling stonesをうそぶいている自分にとって、ソニーのような考えの企業が増えてくれることが、何よりも心強い。
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