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2012.02.13 07:05 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  心理  |  yuka_tetsuya  | 推薦数 : 0

そもそも

 議案が細部を検討する段階になって、「そもそも○○は必要なのか?」と突然、ちゃぶ台をひっくり返すような議論を投げかける人がいる。なかなか口を開かないと思ったら、突然上記のような意見を言ってくる。
 その一言は地雷のような効果があり、それまでの繊細な議論は一度に吹っ飛ぶ。爆発を合図に、その議案を良く思わない人たちが同調してくるものだから、まずそのことを再度話し合わないといけない雰囲気になる。
 議論が振り出しに戻るくらいならまだいいが、心理的には否定の方向に大きく触れてしまう。そもそも論は1回の議論で結論が出るような物でないため、通常持ち越しになる。タイムリミットが迫っている案件についてはそれだけで、否定されるようなものだ。
 そもそも論は時には非常に有効な議論の展開を促す事もある。議論があまりに細部に落ち込んだとき、一度視点を鳥の視点に戻し、高所対局から見ると解決点が示されることもあるからである。
 「光の速度を超えて移動する物質は存在しない」という公理からアインシュタインは相対性理論を導き出した。その理論は観測結果とよく合致し、GPSの精度を上げることにも利用されるなど、私たちの身の回りの技術にも応用されている。
 そもそもその公理は正しいのか?と光の速度を超える物質を探している研究者がいる。まだ追試されている段階であるが、もしそれが正しければ、アインシュタインを超える理論の展開と、新しい世界観が確立されるのではないかと期待される。
 二つの物理量の組合せを同時に測定するとき、測定精度の壁があることを約80年前にハイゼンベルクが提唱し、不確定性原理と言われている。そもそもそれが正しいのかと、測定精度を上げた実験を行って驚くべき結果を発表した研究者がいる。
 過去の常識に束縛されないことは、基礎研究者にとって必要な資質である。そのようにして科学は自らのパラダイムを変換してきた。そこには人類の真理に対する純粋な欲求がある。
 しかし会議において出されるそもそも論は不純な動機に基づくことが多い。物事の本質を捉えられず、展望を持ちえない人は、自分の優位性を示すために「そもそも」と言い出す。そこに訳の分からない権威主義が入ってくると最悪である。
 時代はハードからソフトへ。そしてソフトからサービスへ移って来ている。サービスは受ける側に主導権がある。すなわち顧客である。「事件は会議室で起きているのではない」事件はそこかしこの企業の会議室で起きている。

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2012.02.11 10:55 |  生活 / くらし  |  健康のコツ  |  心理  |  yuka_tetsuya  | 推薦数 : 0

オキシトシン的ほほえみ

 昨年の5月にいわき市に瓦礫撤去のボランティアに家族と一緒に参加した。青松できれいな海岸が文字通り根こそぎなぎ倒されていた。瓦礫の中に家族の写真やランドセルがあると、その持ち主の方の安否が気遣われて、片付ける手が何度も止まった。
 作業場所から道路を隔てたむかいに、傾いた家で雑貨商を開いているおばあちゃんがいた。「どーんと流されたが、松の木の間にフェンスに引っかかって助かった。」とまるで人ごとのように話しをされた。港のお店は跡形もなく消えていたので、ここで商売を始めたという。
 作業が終わりかけていた頃、おばあちゃんが「これ、みんなで飲んで下さい。片付けてくれてありがとう。」といって缶コーヒーをたくさんいただいた。固辞したが、おばあちゃんの温かい笑顔に感動していただいてしまった。缶の上にはわずかに砂がついていた。
 東北の人は強い。心に芯が一本入っている。そして笑顔がいい。あのような大災害の後でさえも、人を感動させるほどの笑顔を見せることができるのはどうしてだろうか?大災害についてのセミナーを依頼されてから、ずっと考えている。
 人はうれしいときには笑顔になるのは当たり前であるが、どうも優勝したとか、宝くじに当たったとか、合格した時に出てくる飛び跳ねるような笑顔と、おばあちゃんの笑顔は違う。
 前者は脳科学的にはドーパミンの作用とされている。報酬が得られたときに感じる快感をもたらす物質である。しかしこれは一過性で、常に次の新しい快感を求めて、あたらな競争とストレスをも同時に生み出してしまう。失敗した人から見れば、その笑顔を見ても笑えない。
 おばあちゃんの笑顔は持続性がある。ボランティア全員に等しく感動を与え、悲惨な光景を目の当たりにして落ち込んだ心を温めてくれた。これは脳科学的にはオキシトシンの作用とされている。母親が赤ちゃんにおっぱいをあげている時の微笑みはまさにオキシトシンである。
 『「親切」は驚くほど体にいい!』(デイビッド・ハミルトン著)によれば、人に親切にするときにもオキシトシンが出ているという。そしてそれは血圧を下げ、長寿になると解説している。長寿のことはともかく、「親切」にしてあげた後、ストレスが消えているのはよくあることである。
 過酷な介護の仕事を笑顔でされている多くの方々に接すると、ヘルパーズ・ハイもおそらくオキシトシンであろう。医療従事者ならどなたも、病気が治って退院されるときに患者さんからの感謝の言葉を聞くとそれまでの疲れが吹っ飛ぶ。他の職業ではなかなか得られない役得である。
 大震災後、ACのCMが耳にたこになった。しかし、『「思い」は見えない、しかし「思いやり」は見える』というCMで男子学生が最後に見せるはにかんだような笑顔を見て、こちらも笑顔になる。オキシトシンの伝染力は強いが、ドーパミンはそれほどでもない。

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2012.02.09 00:16 |  生活 / くらし  |  yuka_tetsuya  | 推薦数 : 0

司会

 先日のセミナーでも、はつらつとした若い女性の司会者に助けられた。深刻な内容の体験談の後、ぱっと明るく場を切り替えてくれたので話しやすかった。セミナーの成功は演者ではなく、司会者が決めるのではないかと常々思っている。これは責任転嫁ではなく、真実である。
 司会者の第一声は、参加者全員を一つの方向に向かわしめる号砲である。号砲が軽やかに響き渡ると、参加者の期待感が高まる。逆にくすんだ第一声であれば、運動会のよーいドンでいきなり躓くようなものである。失敗した出足を途中で取り戻すのは難しい。
 会場で参加者の方に向いているのは演者と司会者のみである。演者は演じることに精一杯で、参加者の雰囲気や、突発的な出来事などに目を配ることはできない。司会者が大成功を祈る思いで、会場を見渡してもらっていると、安心感がある。
 もちろん司会原稿は必要であるが、棒読みでは参加者の気持ちに響かない。いかに参加者の気持ちを代弁するかが重要である。司会者は開催側と参加側の間を往復しながら、気の利いた短い言葉で総括しながら進めないといけない。腕の見せ所である。 

 大学生の頃、座談会で司会を頼まれた。なんてことないとなめていたが、長々と話す人、子どもの泣き叫ぶ声、ぎゅうぎゅう詰めの部屋をどう整理するかなど、パニック寸前まで行ってしまった。声がうわずって、何を言っているのか自分でも分からなかった。
 脳神経外科の学会で座長を頼まれたとき、なんてことないと思った。しかしフロアでけんかのような議論が始まってしまい、「早く何とかしろ」という最前列の先生方の鋭い視線にたじたじとなった。
 セミナーの最前列で、不審な動きをする男がいた。司会席からずーっとにらんでいたら、そのうちいなくなった。揺れ動く団扇の数で会場の不快感を判断して、会場係に暖房の調節を依頼した。会場係はボーとしていてたいていの場合役に立たない。
 友人が関西の健康番組に出演したことがあった。司会者は現在一時的に引退している?島田紳助であった。スタジオでスタンバイをしているときにしきりと話しかけてリラックスさせようとしてくれたため、良いトークが自然にできたと話していた。
 認知症のテストの点数が良くなかったタレントに、「お達者に」と行った言葉が、しばらくギャグとして使われたようである。島田紳助は私が知る限りにおいて天才的な司会者だと思う。しかしその裏には、本番前の努力があった。
 これを聞いて、セミナー前に積極的に司会者とコミュニケーションをとるように心がけている。司会者から元気に挨拶をしていただくと、よし頑張ろうという気持ちになる。登壇者と本番前にいかに良好なコミュニケーションをとっておくか。これが最も大事なコツである。

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2012.02.05 22:16 |  生活 / くらし  |  映画 / 音楽 / 読書  |  心理  |  yuka_tetsuya  | 推薦数 : 0

セミナー

 大学生のサークルで、「だれもいないからおまえがやれ!」と脳をテーマとしたセミナーを引き受けたのがセミナー講師の始まりであった。一般人の聴衆の中に脳科学の専門家がいて、高度な質問にたじたじとした。それ以降、徹底的に調べ物をしてから望むようになった。
 交通事故による大渋滞に巻き込まれて会場に1時間遅刻したことがあった。主催者はビデオを4本も流して、参加者をつなぎ止めてくれていた。冷や汗をかきながら、何とか盛り上げようと必死のセミナーとなった。それ以降、最低1時間前に到着するように心がけた。
 セミナーの主催者側になったことがある。友人にセミナー講師になってもらった。開始5分前にようやく友人が現れたとき、喜びよりも怒りが先に立ってしまった。講師が来なければすべてがぶちこわしである。それ以降、幹事さんとはこまめに連絡を取りあうようにした。
 セミナー終了後、質問会を開催した。「この薬を飲むと調子が悪いのですが。。。」などのプライベートな質問が相次ぎ、場がしらけてしまった。そう言う人に限って何度も質問をしてくる。それ以降、質問会はすべてやめにした。演題を片付けている間に質問を個人的に対応するようにした。
 日曜日の午前と午後に同じ演題を違う場所でセミナーを行った。2回目のモチベーションが下がって、史上最低のセミナーとなった。緊張感がゆるんで、何度も言い間違えをした。それ以降、同じテーマでも必ず違った角度から話しをするようになった。
 呼び出しまで、会場の裾に待機していた。慌てて登壇しつまずいてしまった。その日のセミナーは失敗した。それ以降、20分前には会場に入り、参加者お一人お一人の顔を見るようにした。そうすると不思議と自分も参加者のような気分となり、落ち着いて話ができるようになった。
 セミナーが終了して、立ちションをしていたら、隣の人が私を講師だと分からずに、「今日のセミナーおもしろかったけど、一つも頭に残っていないなあ」と話しかけた。途中で止まったことは言うまでもない。それ以降、お帰りの際に講演のポイントを書いたプリントを渡すようにした。
 スライドを使って見た目にもわかりやすいセミナーを心がけている。しかし本当は次に何を話したらよいかのカンニングペーパーである。故筑紫哲也のセミナーを聞いた。何も持たずに、ただひたすら聴衆に目を向けて話しかけた感動的なセミナーであった。まだこの芸術的領域に達していない。
 高橋真梨子の「ワンダフルナイトcinema」に『ラストシーンの鉄則は「生きること」、ラストシーンの鉄則は「泣き笑い」』というフレーズがある。確かにチャップリンの映画のラストシーンはそうなっている。人の記憶に残るのは最後の5分のみであるとの心理学の教えもある。
 1時間も座っていると、途中でどうしても眠くなる。ラストの前にできるだけおもしろい話題を用意しておき、最後に主題に即した体験談やビデオなどを紹介して終わるようにしている。紅潮した顔でハンカチで目頭を押さえてくれるご婦人がひとりでもいれば、セミナーは大成功である。

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2012.02.03 19:38 |  生活 / くらし  |  災害  |  yuka_tetsuya  | 推薦数 : 0

石巻市渡波地区

 2011年4月17日に居ても立ってもいられず、石巻市のボランティアに参加した。阪神淡路大震災の時、どうしても病院を抜けられずに、結局何もできなかった自分が悔しかった。今回は是非とも未曾有の大震災に苦しむ人たちのお役に立ちたかった。
 今日、「石巻赤十字病院の100日間」という本を読んだ。その中に「渡波」地区の被害の様子が描かれていた。渡波は医療ニーズを探るというボランティアで訪問させていただいたところであった。
 市役所前の広場で簡単な説明を受け、家内、山形大学の医学生、壮年のボランティアの方と私の4名で、車で移動した。ナビに写る地図は確かに家が描かれているが、その家がことごとく消失していた。石巻港には乗用車ではなくて大きな船が駐車場に停められている不思議な光景を目にした。
 私の担当したところは、学校が防波堤のような役割をして、被害が比較的少なかった地域であったようだが、庭に横倒しになっている車は流れ着いた車で、自分の車はどこに行ったのか分からない状況であった。
 泥まみれになった1階を懸命に掃除をしている人、何から手を付けて良いか分からず呆然としている人、家族の無事を心ゆくまで加味しているかのように一つの炬燵で暖をとっている人。それぞれの方が必死で生きていた。お見舞いを言う私の方が励まされた。
 薬だけでなく『お薬手帳』も流されてしまって、何の薬を飲んでいたか思い出せない人が多かった。専門家の私たちでも数種類の薬を飲んでいると、とっさに名前が出てこないことがある。ましてや一般の被災者の方には思い出してもらうのも酷であった。
 抗痙攣剤の手持ちが少なくて、いつ痙攣が起きるか心配だと控えめに話される奥様がいた。その頃は抗痙攣剤が不足していた時期でもあり、そもそも病院までのアクセスが途絶してた。終了後、「緊急性有り」とのレポートを市役所に提出した。
 悲惨な光景を目にすると、「お大事に。がんばって下さい。」などの言葉は空しい感じがした。家を辞するときにただ頭を下げることしかできなかった。町は土と油の混ざったような独特のにおいがしていた。夏は言語に絶するような悪臭だったのではないだろうか。
 記録的な寒波で東北地方も大雪に見舞われている。傾いてすきま風が入る家で、布団にくるまって震えているのではないか。暖房の効いた部屋で思いを巡らせている。石巻赤十字病院の院長はその時の苦闘を忘れないため、今でも水のシャワーを浴びていると書いてあった。
 あと1ヶ月少しであれから1年になる。被災者の身の上に起きたことと比べれば、自分の身の上に起きたことなど、取るに足らなく思えてくる。人生を教えてくれた被災者の方すべてに感謝し、これからも心を留め続けたいと思う。

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2012.01.29 12:45 |  生活 / くらし  |  旅行 / 宿  |  映画 / 音楽 / 読書  |  yuka_tetsuya  | 推薦数 : 0

富士山

 1月28日午前7時43分頃山梨県東部を震源とする地震があり、富士河口湖町で震度5弱を観測した。いよいよ富士山の噴火の予兆かと思いきや、富士山の火山活動とは関 毎週1泊あるいは日帰りで岐阜~東京を往復している。新幹線は富士山がきれいに見えるE席をいつも予約している。「E席をお願いします」と言ったつもりが、「いい席」と勘違いされて、「窓側ですね」とA席になることがあった。それ以降Eの発音は唇を思いっきり引いている。
 岐阜からも東京からも富士山がきれいに見えるのは三島駅から新富士駅のあたりで、ちょうどまどろむ時間である。最初は携帯のアラームを設定していたが、最近ははっと目を開けると富士山が見えていたという不思議な感覚を実感したくて、アラームはオフにしている。
 映画プリンセス・トヨトミで綾瀬はるかが「子どもの頃、富士山の裾野に十字架がたくさん見えた」という新幹線から富士山を見ながらの台詞がある。映画を見てから、富士山の麓も見るようになった。確かに風力発電の風車がそのようにもみえる。
 昔、河口湖畔のホテルで学会が開催された。ロビーの喫茶店の窓からは、富士山が身近に迫ってきて、見とれた。トイレに行くと見せかけて幾度となく、眺めた。講演の内容は全く覚えていないが、その宝のような時間と富士山は今でも鮮明に思い出すことができる。
 家族と何回か富士山を見に行ったが、いつもガスがかかっていて頂上がみえなかった。しかし頂上が見えない分、富士ハイウエイの駐車場からは富士山の麓と湖が広々と見え、すがすがしい気分になった。わんちゃんは富士山よりも草や木の根本の方が 西武池袋線の石神井公園駅を越えたあたりから、富士山が見える。晴れた日はいつも富士山を探して、頭をあちこちにひねっていると、満員電車の隣の人が怪訝そうな目で見ていた。「決して、痴漢をしようと周りを警戒しているのではありません!」
 「あれになろう、これに成ろうと焦るより、富士のように、黙って、自分を動かないものに作りあげろ。世間へ媚びずに、世間から仰がれるようになれば、自然と自分の値打ちは世の人がきめてくれる」(『宮本武蔵』吉川英治著)私の師 単に黙って、動かなければ、自分を作ることができない。語って動きながらでないと、富士のような大人格は形成されないであろう。富士山の山頂の平均風速は15mだそうだ。いつも台風並みの風にさらされている。
 少々のことで動じない人になりたいと常々思う。渡辺淳一著の鈍感力は小さな事にあくせくしている人に対する痛切な戒めであった。できれば幾多の修羅場を体験して自然に体得したいものである。そうでなければ、他人から単なる老化現象と見なされて、富士のように仰ぎ見られないだろう。

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2012.01.24 12:23 |  生活 / くらし  |  子育て  |  yuka_tetsuya  | 推薦数 : 0

ワークショップ

 2012年1月21日と22日にお台場のソニーエクスプローラサイエンスで行っているMy Ageing展に関連したワークショップのインストラクターを担当した。凍り付くような冷たい雨と強い風の中、多数の親子の参加していただき、感謝感激である。
 ワークショップの内容は自分の体の仕組みと年を重ねるとどうなるのか、そして元気でながいきするためにどうすればよいかを学ぼうという欲張りな内容であった。私の講義はそこそこで、親子で血圧や体温、心拍数などを測定してもらった。
 またインスタントシニア体験として、画用紙に二つ穴を空け、プチプチをそこに貼り付けたお面で目をマスクし、耳栓をはめ、軍手を2枚付けて“鶴”を折り紙で折ってもらった。親は悪戦苦闘していたが、お子さんは意外と上手に折っていたのはびっくりした。
 お子さんに子ども用の白衣を着てもらい、本物の血圧計と聴診器で親の血圧を測定してもらった。そのときに記念撮影をし、ワークショップ終了後にその写真を貼り付けた修了証をお渡しした。お子さんの真剣な顔と、親のうれしそうな顔が対称的でおもしろかった。
 「私、将来は内科の先生になりたいの」とかわいい笑顔を向けてくれた子どもの後ろで、思いっきり親ばかの顔を見せる母親は素敵であった。肉体的・精神的プレッシャーの強い職種ではあるが、医師として同じ仕事につきたいと夢を持って語ってくれるのは感動する。
 私は時々、健康セミナーを依頼され、1時間程度お話をさせていただくことがあるが、今回のように盛り上がることは少ない。もちろん私の技能の問題もあるが、親子で共通の実体験の時間を持つことのうれしさが、その場の雰囲気を盛り上げてくれるのだろう。
 ヘルパーズ・ハイという言葉がある。他人の世話をして、感謝されることで、自分も高揚感を感じるということである。社会を形成することで生き延びてきた人類の本能がそうさせるのであろう。子ども達に他人の健康の手助けをすることの喜びを知ってもらうのが一番の動機付けになるであろう。
 どの親もできれば他人のためになる仕事をし、自分の子どもにもそのような職業を選んでほしいと思うであろう。もちろんすべての職業は何からの形で他人のためになっているのだが、医療分野はそれがわかりやすい形で示されるので訴えやすい。
 できれば子どもうちにヘルパーズ・ハイを経験して、高校・予備校や親のプレッシャーで医療分野を選ぶのではなく、本心で自ら選択してくれるといい。病気で入院したときに医者や看護師さんに優しくしてもらったことが動機となっている人も多いであろう。
 ブラックジャックや医療ドラマに感化されたというひともある。病気になる以外にも医療分野に興味を持ってもらう働きかけができることが、今回のワークショップでわかった。自分が病気になった時に、いい医療スタッフに面倒を見てもらうための保険の積み立てを今後もしておこう。

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2012.01.21 23:58 |  老い・物忘れ・ぼけ  |  yuka_tetsuya  | 推薦数 : 0

老化は必然

 本川達雄著「ゾウの時間 ネズミの時間」は生物の不思議を知るための必読書である。動物の行動・体の生理そして寿命までもが体重と密接に関係している。この本を読むと人間も同じ動物であることを気づかせてくれる。
 しかしこと寿命という問題になると、人間だけが公式と外れている。動物の寿命は6.10×10の6乗×体重(kg)の0.20乗で表されるが、これで計算すると27歳程度である。おそらく原始人の平均余命はこれくらいだったのではないか。
 ほ乳類の心臓は一生の間に約20億回打つと言われている。大人の平均値で割り算すると寿命は約54歳あたりである。これは「人生五十年」の戦国時代と同じである。
 この原始時代から戦国時代への変化は、士農工商など社会システムを構築して、効率よく食べ物を分け合える状態にしたためだと思われる。
 しかし2010年の日本人の平均余命は男性79歳、女性86歳とさらに伸びている。これは間違いなく、医学の進歩が関係しているであろう。
 さらに122歳でなくなったジャンヌ・カルマンさん、120歳でなくなった泉重千代さんのように、120歳以上の長寿のチャンピオンが生きていたことを知ると、平均余命はさらに上昇する可能性も伺われる。
 他の動物は生殖世代を経ると、しばらくして寿命を迎える。まるで利己的遺伝子が最も効率よく自分を伝えてゆく方法を編み出したかのように。
 しかし人間は文明の力でその方法をあっさり越えてしまった。猛毒である酸素を猛毒から自分を守りながら、エネルギー源としてつかうという曲芸のような細胞の生活は疲れ果てて年をとることは仕方ないのではないか。
 そう言う意味では、老化は長寿の結果であり、必然である。マラソンランナーは最初は一直線のスタートラインに立っているが、最後の方は列がバラバラになるように、「人間いろいろ、老化もいろいろ」である。
 従って、老化と対抗する様なイメージを持つ「アンチ・エイジング」は言葉としては誤っている。老化の多様性と必然性を知れば、私の老化「マイ・エイジング」をどうするかという観点で老化を捉えた方が良いように思われる。

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2012.01.19 23:43 |  生活 / くらし  |  趣味  |  映画 / 音楽 / 読書  |  yuka_tetsuya  | 推薦数 : 0

3D酔い

 小さい頃から、車にはあまり酔わなかったが、船には弱かった。宇高連絡船で四国から岡山に渡って大学に進学した。里帰りなどで船酔いが心配だったが、船に乗り込んですぐにうどんを食べて、瀬戸内海を視ていることで克服できた。
 大学生の時にTK-80というマイコンを作り、蛇とネズミゲームを作って遊んだが、酔わなかった。しかしPS2でレーシングゲームを開始した途端に気分が悪くなった。それ以来、将棋、麻雀、数独など画面が動かないゲームに変えて酔わなくて済んだ。
 アメリカ留学中にユニバーサルスタジオに行った。最初に宇宙船に乗ったが、酔ってしまった。その日一日嘔気に悩まされた。それ移行コーヒーカップやジェットコースターも苦手になった。ディスニーランドではストリートや劇場で行われるショーしかダメになった。
 少し不安だったが、これを見ておかないと3D映画は語れないという「アバター」を見に行った。めがねの上に3Dめがねという、横から見ればコメディアンの格好で30分粘ったが、初めて映画館を上映途中で抜け出した。もちろん映画館はお金を返してくれなかった。
 3D酔いは画面が激しく上下するときに起きやすいとのこと。確かに船酔いのはじめは台風が近づいていたとき、四国から富士に向かう船が上下に激しく揺れていたのに、おもしろがって船首で遊んでいたときであった。
 3D酔いは思わぬ方向に画像が動いたときに起こるとのこと。確かに私の友人の病理学教授に顕微鏡で眺めながら腫瘍の病理の解説を聞いていたとき起きた。ほとんど目をつむっていて、何も覚えていない。
 3D酔いは周りが暗く、長時間眺めていて、小さい画面を除いているときに起こりやすい。確かにPS vitaを寝室でやっているとくらくらしてくる。酔わないコンテンツを選ぶべきである。
 3D酔いを克服する方法として、酔い止めを飲むというのがある。しかし映画を視る前や、ゲームをする前に薬を飲まないとやってられないというのはちょっと危ない。
 3D酔いを克服する方法として、画面を追わずにぼんやりみて、残像を追わないと良いらしい。しかしそれでは老眼鏡をかけずにぼんやり読書をしているようで、悔しい。
 結局このようにして3Dの世界から見捨てられるのだろう。映画監督の皆さん、3D映画のみの上映はやめて下さい。映画館の皆さん、2D/3D同時公開の時に、2D映画の上映時間をお昼間だけにしないで下さい。よろしくお願い申し上げます。

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2012.01.14 21:22 |  心理  |  yuka_tetsuya  | 推薦数 : 0

「きずな」と「ほだし」

 昨年の漢字は「絆」であった。大震災の後で、同じ国土に住む日本人としての絆を自覚して、多くの人たちが義援金を送り、ボランティアに参加し、安寧と復興を祈った。今年になっても新党名にも取り上げられたなじみの漢字となった。
 しかし河合隼雄氏の『「老いる」とはどういうことか』の中に、絆のもう一つの読み方に関するエッセーがあり、なるほどと思った。それは「ほだし」である。
 「絆」は平安時代の物語などでは「ほだし」と読まれ、馬の足にからませて歩けないようにする綱を意味した。出家して仏門に帰依したときに、親子の情などの「ほだし」が邪魔になるという意味に使われている。
 親子の情は、自分がつらいときには「きずな」と温かく受け入れるが、巣立ちをするときは「ほだし」と感じて、抗いたくなる。
 まことに日本語は奥が深い。一つの漢字に両方の読み方を与えて、その人が置かれている状況でどちらのニュアンスも代弁している。まことにエコな言語である。
 心理学者のボルビーは心の独立には、安全基地が必要であると主張している。豊かな「きずな」を自覚した者は、新しい世界に安心して旅立てる。それはもし傷ついたときに帰れる場所を自覚できるからである。
 子どもの時には親(保護者)の存在が大きな安全基地になっている。その安全基地の重力が重いほど、飛びだつときにエネルギーが必要となる。それを親は本能的に知っているからこそ、まず自らが「子離れ」をしようとする。
 しかし本当はかなり難しい。「親離れ」により新しい世界を得る世代と、「子離れ」によって失われる物が追加される世代とでは、おかれている環境が違っている。
 親も子も「きずな」と「ほだし」の微妙なバランスを保ちながら、折り合ってゆく必要があるのだろう。そこにこそ豊かな感性がはぐくまれるのではないか。
 娘が愛する人と新しい生活へと旅立つときに、かんじがらめの綱が足にからまって、動けなくなって泣いている自分が、今晩の夢に出てきそうである。

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