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さて、医療崩壊史のお話を続けましょう。
先日、戦慄のノブちゃんで、話題になった、当のノブちゃん。
ヤフーにも登場。
一躍、時の人になった感があります。
そのノブちゃんが、のたまわった、ありがたいお言葉。
「医師は応召義務を果たしていない」
今回は、あかがまさんは、応召義務について、勉強したことを、みなさんに報告したいと思います。
さて、その応召義務ですが。
医師法第19条にそれは、うたわれています。
あうあうあ。
医師法 昭和23・7・30制定 法律201号
第19条 診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。
あうあうあ。
これだけです。
逆をとれば、
「正当な事由があれば、拒んでもかなわない」
ということでしょうか。
「せっかく作った、サッポロ一番が、のびてしまうやんか!」
というのは、だめっぽい気がします。
まあ、ベッドが満床、とか、当直医がよその患者に心マしてるとか、で、断るのは、セーフっぽいのですが、
場合によっては、これでも、アウトになることがあるようです。
あうあうあ。
しかし、
この、医師法が定められたのは、
昭和二十三年。
なんと、
六十年前です。
あかがまの親父が、電報局の丁稚をしていたころです。
戦後のどさぐさの時代に、あかがまのおかんが、密造酒をこっそり売り歩いていて、馬に蹴り殺されかけたころですな。
CTとか、MRIとかなかった時代です。
そのころのお医者さんは、 ビタカン一本、聴診器一本で、その地の名士でいられた時代です。
その当時、無修正ブルーレイディスク動画などはなく、「ブルーフィルム」といって、ちょっとやそっとでは、
他所の人たちのえちを見ることなんて、不可能だった時代です。
とりあえず無駄話はさておき。
昭和二十年代、うんこ県へきち村。
へきち村に一軒だけある、診療所「くろがま医院」に急患です。
「くろがま先生!うちのおじいちゃんが!おじいちゃんが!胸が苦しいといって倒れたまま動きません!」
「なんと、それはいけないな、よし、わしがみてあげよう、連れてきなさい」
「ありがとうございます!」
「いっとくけど、わしは、いんきんたむしの治療が専門なんだが、よろしいかな?」
「はい、先生にみていただけるだけで、ありがたいです」
さて、おじいちゃんの到着です。
おじいちゃんは、息していません。
心臓、動いてません。
心肺停止というやつです。
しかし、大物くろがま先生は、どうじません。
「うむ、これはいけない、心臓発作のようだ、看護婦さん、ビタカンの注射を一本彼にうってくれたまえ」
鷹揚にかまえて、看護婦さんに指示を出します
看護婦さんが、魔法の薬「ビタカン」をうちます。
が……、
やっぱり、おじいちゃんの心臓は、動きません。
なんか、いいかげんな心マを、しかたなくするくろがま先生。
十数分続けても、やっぱりだめです。
くろがま先生は、無念そうに家族に、死亡宣告です。
「いやはや、残念無念、これが、いんきんたむしの発作なら、助けられたのに、実に残念ぢゃ」
「いえいえ、おじいちゃんも先生にみていただいて、さぞ満足でしょう……」
応召義務が定められた時代、昭和二十年代前半。
お医者さんの数は非常に少なく、
皮膚科も、眼科も、内科も、外科も、当然、産婦人科、小児科も、一人のお医者さんが診ていたような時代です。
当然、自分の専門以外の領域の病気のみたては……、
「あうあうあ~」
だったりします。
息が止まったら、すべて、
「心臓発作」
冬、熱がでたら、すべて、
「流感」
手足が痛いと、すべて、
「ロイマチスじゃな、これはなおらぬ」
で、済んでいた時代です。
また、「お医者さんに診てもらった」これでもう、村の皆さんは満足していた時代でもありました。
あれから、六十年。
お医者さんは、尊敬されなくなりました。
医療は、
「サービス業」
医者は、
「薬の販売員?」
そうまで、いわれる時代になりました。
さらに、
医者は24時間働いてアタリマエ~と言われる今。
そういう時代に、
六十年前の感覚で、法的責任をそのまま背負わされるのは、少し、つらいような気がします。
なんとかしてくで。
では。
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コメント
コメント一覧
すなわち!
「先生!うちの旦那が急に倒れたんです!」とびんぼそうなおばちゃんが旦那を担いで連れてきても、「あうあう、そこな庶民、医者代ははらえるのか?」「あ、いや、今は手持ちがなくで、でもぜったい払います!」
「金がないやつはみちゃらん。薬もタダじゃないからの。さっさと連れて帰れ」
という状況が多発してました。
これを防止するために、「金がないからと言って診療を断るのは医の道に反しとる」という「左ねじ巻き」(当時の医者を含めたインテリはけっこう左まきの人が多いですね)な奴がこの法律を制定したと伺っております。
つまり、本来の意味は「医師が医師である以上いかなる患者も断ってはならぬ」ではなく、「びんぼ人を差別する医療になったらあかん」ということなんですね。
その後、ご存じのとおり国民皆保険になりましたから、「お金がないから医者にもかかれない」という事態はほとんどなくなりました(今、再びこういう無保険者が大量発生していますね。これは行政の責任)。が、この応召の義務だけが独り歩きしてどんどん勝手に解釈されて(法曹者ですら!)医療者を苦しめているわけでございます。最初にちゃんと「どういう状況で断ったらいけない」という条件づけをちゃんとしなかったからでございます。
BJは無免許医でしたが、もしかしたら応召の義務を果たしたくないから(自分の気分で仕事をしたいから?)免許を取らなかったのかも。
でも、それでよく大学病院で研修できたよな…
私が使ったわけではありません。
「医師は応召義務を果たしていない」
そもそも医療は、今あるものでどうにかするものだ。「CTがないからできない」──ありえない。「満
床だから」──そんな理由でなぜ診療を断っていい、なぜ、許されるのか。以下略。
・・・http://hpij.exblog.jp/10052772/より引用
もしも、脳内出血とかくも膜下出血の疑いのある患者さんが、運ばれてきて、受け入れた、として。
『あいにくCT設備がなくて診断できません』というのが、今の医療現場で通用するとは到底考えられないというのは常識だと思います。
『今あるもので』といっても、血圧計で脳波の測定は、どんな腕のいい医者でも無理なのではないかと思うのですが。
もちろん、信友教授のような方が、こんなおまぬけな事を真面目に言うとは考えがたいことです。
即ち、『医師たるもの』、如何なる状況であっても間違いなく患者を救うことを『応召義務』としているような気がします。これは、一種の人権侵害に近いものではないでしょうか?
せんせい、綾小路きみまろのファンでしょうか?
(綾小路は『40年』ですが...)
信友さんは、やはり本格的な現場経験はないか、昔のことか..
現状をろくに知らない異邦人だったのではないでしょうか?
ま、ねっとでは、あほう人と呼ばれているのかもしれませんが
私も、およそ読むに耐えない、アホ提言だと思います。
私は、小さな病院でしたが、それなりに、19年間でほぼ一生分の【応召義務】に応えたと思っています。もういいんじゃな〜い?
もう、応召義務は勘弁してほしい気がしますが、24時間老人ホームのけつもちをしている身としてはなんとも……。
これはパワーハラスメントに相当するんではないでしょうか。つまり、『権力を利用した精神的な虐待』に近い。この言葉に心を折られた医師は多いと思います。ネットで議論になったのだから。
パワーハラスメントに関しては、特に診断基準はありません。あくまで受ける側の主観ではあります。しかし今は、自分の権利を守るために、この言葉を使える時代でもあるんです。
ただ、なんでもかんでもパワーハラスメントという言葉を使われても、それもまた困るので、そこが難しいところではあります。
しかし、『医師は応召義務を果たしていない』についてさらに検証すれば、ここに使われている『医師』とは即ち、レッテル貼りです。医者が全て、いつ、どんなときでも『応召義務』を果たしていないかといえば、そうでないことは明らかですから、これは事実でもなんでもありません。
つまり、立場を利用(権力を利用)して、事実でもなんでもないことで相手を脅し、強引に従わせるという目的のために使われていることになりませんか?
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