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大学医局制度が崩壊したので、医師は、楽で稼げる病院を選んで働くようになった。
医者にそういう勝手を許すから、医療崩壊が起こった。
少子化を防ぎ、医療崩壊を防ぐためには、大学医局制度を復活させ、研修医を強制的に、僻地にぶちこめ。
医師は、聖職。
人の命を救うことが仕事で、重労働で、給料に見合わないかもしれないが、それが医師の仕事である。
いやなら、やめろ。 代わりはいくらでもいる。
とある、ブログの主張です。
こういう主張のブログ、多いよね。
あんたにとって、それが糞ならば、わたしにとってもそれは糞である可能性が高い。
これまで、
何度も、何度も言ってきましたが。
他人に対して、自分の出来ない要求を押し付けるのは、そろそろ、やめにしませんか?
みんなみんな、人間だから。
「聖職」などという言葉でごまかしたりせず、
いやな仕事につく人間にはそれなりの、インセンティブを保障する。
そういう、考え方って、できませんか?
もう、うんざり。
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「一言忠告しておきます。後輩の少年達よ、他人の仕事を見てもの足りなさを感じたならば、自分もその仕事をやってみましょう。他人の働きにくちばしを入れたかったら、試みに自分の身をその働きの場所において、自分ができるかどうかを振り返ってみなければなりません」
あかがまも、敬愛する宮沢賢治先生の一節で、お返事いたします。
「王さまの新らしいご命令。第一、ひとにものを云いつけるときはそのいいつけられるものの目方で自分のからだの目方を割って答を見つける。第二、云いつける仕事にその答をかける。第三、その仕事を一ぺん自分で二日間やって見る。以上。その通りやらないものは鳥の国へ引き渡す」(カイロ団長より)
ほとんどの日本人は鳥の国行きですな。
医者になったばかりで、なにも出来ない研修医に必要なのは、キチントしたトレーニングプログラムをもった病院で指導医の元で、豊富な症例を経験する。
研修医終了後は、専門医トレーニングに入って、ここの専門分野の研鑽を積む。
それが、医師が一人前になるための、国際的標準の卒後教育です。
akagama先生が指摘されたようなブログを書く人は、医者は医学部を卒業した段階で、すでに専門分野の充分なスキルを身に着けていると勘違いしています。
つまり、卒前と卒後の医学教育を全くわかっていないのです。
そして、これが一番重要ですが、近代文明国家では、憲法で職業選択の自由と住む所の自由が保障されていますから、強制はできません。憲法違反になるからです。
選択の自由と規制緩和で、労働条件や生活条件の悪い病院が、研修医や専門医から見放されただけ。
まずは、そういう病院が労働条件と生活条件を、任期のある病院と同じレベルかそれ以上に改善することが先決です。
そうでできなければ、そういう病院は淘汰されてしかるべきです。
また、そういう地域の住民も、医療の受けられないリスクを良く考えて、他の地域に転居したりすることも感が無ければならないでしょう。
任期のある病院→人気のある病院、です。
医師なんだから、○○しなさい、
医師なんだから、こうするべき。
これは明らかな『レッテル貼り』以外、何者でもないと思います。既に人権侵害行為というべきでしょうが、日本人の人権意識は低いようで、こうしたことを、たとえインターネット上であっても、公然と言うことに対して非常に鈍感なのでしょう。
医師という職業を、こうしたレッテル貼りに使う人に、医師を聖職などと言う資格はない、と思います。
人間くさくてとても印象深い映画でした。
Wikipediaによると「その活動自体に公益性が高く、尊敬に値する職業に就いている場合に、その職を聖職、その職に従事する人を聖職者と呼ぶ場合がある。」とのことで、ここで一番重要なのは「尊敬に値する」という部分だと思います。聖職者は理屈なんてどうでもいいからどんな環境でも、我々に奉仕せよ!という主張はそもそも尊敬などとは程遠い物です。
主張している人自体が尊敬を感じさせ無いのだから「聖職」ではないといっていることになります。
また研修医にしても給与だけで判断しない研修医も多いと聞きます。都会に集まるのは、企業だって都会に集まるのだから人のことは言えないでしょう。さらにそのことは「聖職」とは別のことです。
一般的に考えてそのような場合「聖職」というより「奴隷」というのでは?
民度の低さにあきれかえりますね。
なんだか普通に読んで思いますが、矛盾があることに気付かないのかなあ・・・。
ウウウ。
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