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みのもんたというひとが、います。
毎日テレビにでて、まくしたてる口調で、他人の悪口をいいます。
悪口の対象になるのは、概ね、一般に「先生」とよばれる職業の人と公務員の人です。
みのもんたの番組のスポンサー関係の人は、悪口をあまりいわれません。
悪口をいわれても仕方のない人もいるようですが、中には、言いがかりにちかい悪口をたくさんいわれれるひとも多いです。
なぜ言いがかりなのか?
みのもんたは、悪口をいう対象の人に対する知識がナッシングだからです。
すこしでも、勉強をすれば、ああいうう暴論はでないと思うんだけどなぁ、と思うんですけどね。
お風呂のお湯は、手を湯船につけないと、その熱さはわからない。
みのもんたは、湯の熱さなんて知らないくせに、あいつら、なってないと悪口をいいます。
こういうひとのことを、あかがまは「みのもんた脳」のひとと呼ぶことにしました。
みのもんた脳のひとは、海をみたことがないのに、海について、無責任に語ります。
みてからいえ(笑)!
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ちゃんと最後まで読むこと。
途中で読みやめて、勘違いして的外れなコメントを書かぬこと。
大人と大人のお約束です。
……「ギャハハハハハ!甘えてんじゃねえよ!クソ一般人がよ(嘲)」
「ってか、『たらいまわし』とか『診療拒否』とか言葉が軽いよね。
アンチ医者系アホブロガーとその取り巻きみたい(笑)」
「言葉は新しいけど、そんなの両方とも、最近大量発生した訳じゃねーだろ?
西川のおばはんが『医療の分野では医者の意識が育っていない』とかホザいてやがるけど、
それまで医療に関して医者の意識の成長を抑えてきたのはテメーらクソ患者の御客様意識だろーが(嘲)」
「医療行為ってのが治療者と被治療者の共同作業だ、なんつー考え方が
広まってきたのも最近だからね。
ってか、それまで患者は“俺の病気を治さないとひどいぞ”って態度で医者をしばいてたでしょ(笑)」
「『医者のミスで医療への信頼がズタズタにされる』ってよ(笑)
その医療への信頼ってのは、一旦『患者』になれば医者から『患者様、患者様』って
ひたすら大事にされて、自分の言いなりになってくれるだろう、
っていう仕事への先行イメージの事だろ?
それが裏切られたからってやる気がなくなる?どこまで甘えてやがんだ(嘲)」
「医療過誤リスク、ってのもよくわかんないね。
患者が“ミスられるかも”ってんでビクビクしてて、治療になんないって?
じゃあ医者にはどーしろってのかね?」
「治療をするな。もしくはぜったい医療ミスするな(嘲)」
「だいたい暴言やクレームやらを受ける奴らなんて、患者だけじゃないでしょ」
「駅員とかタクシー運転手とか、それにありとあらゆるサービス業は避けて通れないだろ(嘲)
つまり、保険診療で患者を診させてもらってる医者は『自分をサービス業者』と思うな、って意味かね?
だとすると理解はできるけどな。医療行為は君の言うように、医者のクソ患者へのありがたい施しなんだからさ。
あくまで施しをしていただくお医者様として、一般人・患者は医者を尊重すべきではあると思うけどな」
「でも、一般人さんたちはそれだけじゃ満足できないんでしょ(笑)
もっと崇められ、尊敬され、畏怖され、祭り上げられていたいじゃない?(笑)
だって、このブログのコメント欄に文句書きに来る『一般人』って
こっちがクソ患者だと思って約束処方きってやったら、
いきなり『医療ミスだ!』とか言って逆ギレしそうな奴ばっかじゃん(笑)」
「だいたいな、このシンポジウムも趣旨があやふやなんだよ。
厚労省もホントに一般人の言うこと聞くつもりなんだったら、各病院の受け容れ環境が
なんとか改善されるよう、たらいまわし病院の医者を死刑にするとか
積極的に医者に首縄つけてはたらかせるとか、
いろいろ根本的な打開策があるだろーがよ(嘲)」
「なんとか『医者の医療への意識の問題』にスリかえようとしてるけど(笑)」
「『殺人医者』とかな、言わせて貰っちゃなんだけど、そんなのはこの国の医者の特性なんだよ!(嘲)
「患者は金になると知ったらハイエナみたいに奪いあって、患者の利益を平気で踏みにじり、
自分の利益にならなけりゃのためならくたばりかけた、赤ん坊患者でもたらいまわしで、ぬっ殺す(嘲)」
「それが日本の医者だよ(嘲)クソ一般人のみなさん、
そんなおまえらの相手なんかしてらんねーから安心しな(嘲)
だいたい救急患者は、橋の下でくたばってたらいーんだよ(嘲)」
……本日はこれまで。
もし、お医者さんがこういうブログを書いたら、みなさんどう思われますか。
いやだよね。
このブログはある、一般人の方が、医療崩壊について書いたブログをすこし変えてのせてみたものです。
こういうブログを読んでるとお医者さんもいい気はしないし、みんなもやだ。
あかがまが、青字のようなエントリをあげるのは、心外だけど。
いまのブログ、こういう悪意があふれたブログ多いです。
ネットは無法地帯と思うかい?
みんなみんな、大人になろうね。
参考URL
http://blogs.yahoo.co.jp/nishidasaburou/54052514.html
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研修医時代、毎週木曜日の夜、病棟の仕事を終えた後、特急に乗って海沿いの病院に通ったものでした。
冬の田舎駅の、駅舍は吹きっさらしで、北風がとても冷たかった思い出があります。
そういう夜の無聊を慰めてくれたのが、ホットの缶コーヒーでした。
まあ、110円(当時)であれほど暖かい気分にさせてくれたものってなかったような気がします。
珈琲専門店のものとは味的には比べるべくもないのですが。
ガラガラのローカル線の寒々とした景色(というか、まるっきり闇の中でしたが)を眺めていると、缶コーヒーでも飲んでなきゃやってらんない!って感じでした。
人によっては週刊実話とビールといか薫の人もいましたが。
あかがまは、なんつっても、缶コーヒーと、少年チャンピオンだったような気がします。
なんのことはない、昔話でした。
ぢゃね。
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夢の介の死体が隅田川で見つかってから、三日が経過した。
本所警察署の刑事、根津重雄は、机に向かって事件書類を繰っていた。
一見、不慮の事故死とも思われた、夢の介の死亡原因が、検屍の所見から、他殺による死亡の疑いが濃厚となったためだ。
まず、夢の介の両手首に縛られた場所があったこと。
そして、致命傷となった胸の傷の陥没した部分が、野球のバットを振り下ろして強打したときにできるものと見事なまでに一致することがわかったからだ。
「謎に満ちた男の死、ってわけかね」
夢の介が、息子と暮らすアパートを出て、死に至るまで、その足取りはまだつかめていない。
また、夢の介には闇金業者からの負債があったということは、小耳にはさんではいるが、彼らとのトラブルがあったという話はまだ根津の耳には、入っていない。
根津は、昆布茶を、ひとくち、口に含んだまま、じっと考えた。
すでに、定年を間近に控えている根津は、もともと、荒っぽい、捜査をする刑事ではなかった。
状況・物証を一つ一つ、丁寧にあたって、いつかしら事件の核心に近づいていく。
そういう粘っこい捜査が持ち味だった。
「殺し方に品がなささぎるよな。ま、そういうやつの仕業なんだろうけど」
言葉が、ひとりでに湧いて出た。
隣の机で、夢の介の死体写真を覗いていた、同僚の刑事、本町裕也が根津のほうを向いた。
本町は、まだ、二十九歳、肥満体で童顔の彼は、五十半ばの根津と並ぶと、親子にみえる。
事件捜査の時に、コンビを組む二人のことを、他の刑事は「親子刑事」とよんでいた。
一方の根津は、あいもかわらず、昆布茶を片手に、書類をじっと眺めていた。
「借金のトラブルですかねぇ。やっぱり」
本町がぽろりといった。
「借金を踏み倒されて、頭に血がのぼった闇金の若い衆に、バットで殴り殺されたって考えるのが自然なんだろうけどな」
答える根津。
「でも、何かひっかかるんだわ」
「それは、生前の、夢の介の行動ですね。重さんが気になっているのは」
「そう、借金して、息子をほったらかして毎日、やっこさん、どこで何をしてたのか、知りたいものだねえ」
青井夢の介の過去を調べると、かつて浅草の病院で、内科の医者をやっていたことがわかった。
ただし、それは十五年以上前のことである。
また、夢の介の妻、紀子は十二年前に失踪していた。
失踪届けが、夢の介から出されていて、それっきりになっている。
紀子は、調布にある薬大で、研究者をしていたが、海外留学に出かけたまま、行方をたったということである。
りきまるが、二歳の時のことだった。
夢の介は、失踪届けを出すとともに、浅草の病院をやめて、パートタイムで医者の仕事をつづける傍ら、仕事のない日は息子の面倒をみるわけでもなく、あちこちをほっつき歩いていたそうだ。
「何か、この夫婦のかげからね、何かが、ぷんぷんにおってきてるんだよ、この五十二歳のボロ刑事の鼻っ面にさあ」
「単なる借金トラブルだけではない?」
「うん、まあな。なんともいえん」
「とりあえず、京島にいきますか。息から話を聞きに」
「そうだな。なんにしろ、あの息子がたった一人の身内だからな」
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◆何でも安心して相談できる医師。どう探したらいいの。
◇近所でお見合いを
◇症状に応じ、病院と医療分担
◇地元の人の評判や、中核病院の紹介参考に
病気になったら症状を適切に判断し、病院を紹介してくれる。自分の体調に合った助言もしてもらえる。そんな「かかりつけ医」を持つべきだと言われる。どんな探し方があるのか、専門家の話などから探ってみた。
*
「家の近くで安心して子どものことを相談でき、不安なときは電話で連絡できるかかりつけ医を探したが、家の周りには1軒もなかった」
川崎市高津区の和田ちひろさん(36)は、昨年1月に生まれた男児を連れて行こうと、小児科を探したときの経験を話す。
和田さんは患者中心の医療を目指して活動するNPO法人「ヘルスケア・リレーションズ」(メール info@hcrm.net)の理事長で、病院の役割分担を考える厚生労働省検討会の委員でもある。
「生後3カ月までは産婦人科で見てくれたが、その後はゼロから探さないといけない。しかも、1年前に引っ越してきたばかりだったので、周辺の医療事情は何もわからなかった」。結局、自宅近くのよく通る場所にあったクリニックで診てもらい、「特に不満はなかったので」そのまま通っている。
和田さんはまず、「地元の人に評判を聞いてみて、いいと思ったところへ一度行ってみるといい」と勧める。夜間や休日の対応にもある程度融通が利く方がベターだという。最近では、医院と医師の自宅が離れていて、時間外は無人の場合も少なくないが、「診療時間が終わってから全く連絡が取れないというのでは困る。『何かあったときにはここへ連絡して』などと事前に決められればいい」と話す。
*
京都府内の医療機関を検索できるホームページ「京都メディカルネット」(http://www.npo-medical.net/)を運営しているNPO法人「医療情報の開示を推進する会」(京都市中京区)の中村勝代表理事(45)は、「かかりつけ医選び十カ条」=を掲げている。「私もかかりつけ医がいるが、何かあっても大丈夫という安心感がある」と中村さん。「医師はサービス業だと思う。お見合いみたいなものだと思って、十カ条を参考にしながら、自分に合うかかりつけ医を探してほしい」と話す。
それとともに、「患者が賢くなる必要がある」とも指摘する。「医師に頼りきるのではなく、可能な範囲で自分で情報を集めるべきだ」とアドバイスする。
*
地域の中核病院の中には、かかりつけ医を紹介している所も多い。大阪市東淀川区の淀川キリスト教病院は、01年に地域医療連携センターを開設し、かかりつけ医を探している人の相談に応じている。
同病院は、地域の開業医と連携を進めている病院として大阪府から承認された「地域医療支援病院」だ。同様に都道府県から承認を受けた病院は現在、全国に186病院ある。患者の症状に合わせて医療の分担を図るのが目的だ。
同病院も以前は軽い症状で来院する患者が多く、救急や入院のための業務を圧迫しかねない状況だった。しかし今は、軽い病気はかかりつけ医が、高度な医療は病院が行うすみ分けがされるようになった。
同センターの益田由紀恵課長(54)は「病院として登録医制度を設け、自宅や職場の場所、診察に通える時間帯などを聞いて、2、3カ所を紹介するようにしている」と話す。【野田武】
■かかりつけ医選び十カ条(「医療情報の開示を推進する会」による)
・自宅近所の身近な医院
・親身になって時にはしかってくれる医師
・分かりやすい言葉で説明してくれる医師
・応援して勇気付けてくれる医師
・笑顔のある、安らぎを与えてくれる医師
・従来の診療にとらわれない勇気のある医師
・最後まで見届けてくれる医師
・間違いを認める医師
・損得で考えない医師
・「威」師でなく「癒」師な医師
……………………………………………………………………………
医師は、サービス「業」者ですか。
じゃあ、業者は、損得勘定で動くものですが、
医者は損得勘定禁止なんですか
都合のいいときは、医者はサービス「業者」で、都合がわるくなったら、医者は損得を考えるな、ですか。
あうあうあ。
なめてんのか、おまえらは。
おわり。
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これから医師になる君たちへ
そろそろ、春ですね。
また、希望に燃えた、新入生が、学び舎の門をくぐる季節になりました。
その中には、将来、医師を目指す方もいらっしゃると思います。
医師になってから、こんなはずじゃなかったと嘆く前に、どういう人は医者に向いてないかを、自らの反省をこめて書き記したいと思います。
教訓
学業成績が優秀というだけで、医師を志すべからず。
なんだかんだといっても、医学部は人気が高いようです。
ある進学予備校の模擬試験では、成績上位の人の志望先には、ずらっと、東大・京大にまじって、有名国立大学の医学部の名前がよくみられます。
医学部の入学試験は基本的には、学業成績オンリーで突破可能です。
でも、医師としてうまくやっていくためには、それ以外に、資質が必要です。
その資質がないと、あとでで大変苦しむことになります。
大事な資質というのは、「自己犠牲の精神を持つ」ということです。
現在の日本、医師に対しては、際限のない自己犠牲を要求しているのが現状です。
その個々の要求に対して、
「はい、喜んで!」
と笑顔で答えて、実践をしないと、この国の医療は維持できません。
最近は、そういうことの出来ない情けない医者が増えたために、医療は混迷を続けていると、新聞では報道されています。
じつに嘆かわしい限りです。
本来、医師には、夜、仮眠をとることも、休暇をとって、旅行にゆくことも基本的には許されません。
病気には、休みがないのです。
たとえ、三日前から腹痛と下痢がつづいたが、今日仕事がやっと暇になったから、今から早速、精密検査と治療をやってくれと、午前三時に救急車でのりつけた、歩行可能な患者さまから、やくざっぽい口調で依頼をされたら、
「はい、喜んで!」
と笑顔で答えて、粛々と診察を始めなければいけません。
また、どう転んでも助けられないような状況の患者さんが運ばれてきても、
「はい、喜んで!」
と笑顔で答えて、助けなければなりません。
助けられなければ……わかりますね。
そこで、あなたの、キャリアはおしまいです。
連日、警察に呼ばれ、吐き気がするような、事情聴取を受け、
最後には、
「先生、今日は帰れないよ」
と刑事さんにいわれ、
冷たい手錠をはめられて、腰縄をうたれて、歩く姿を、
「医療ミスで、患者を殺しても反省の色のない悪徳医師」の解説付きで、日本中のニュースビデオでながされる。
そして、冷たい拘置所のなかでの監禁生活、そして、刑事被告人として、他の殺人犯や、強盗犯と同じように裁判で裁かれるわけです。
どう考えても理不尽なことですが、これが医師の直面している現実です。
ここまで、いかなくても、
自分のミスではなく、ナース他、他のスタッフのミスで事故や不始末が起こっても、指示する立場の医師の責任からは決して免れられません。
こういう、理不尽な、扱いをうけても、
「はい、喜んで」
と患者に手を差し伸べてあげられるひとじゃないと、医者になって本当に苦労します。
さらに、差し伸べた手が砕けるぐらいに踏んづけられても、
「患者様のご気分を害して悪うございました」
と、素直に頭を下げなければなりません。
そして、医者になってからですが、自分のやっている仕事が、実に社会から評価をされていないかをあなたは知るでしょう。
前にも書きましたが、人の命を救うための、気管内挿管。
ミスると、逮捕の可能性がありますが、成功しても、徹夜の呼吸器管理の労働と、水道のパイプ詰まりの料金以下の報酬しかえられません。
だから、優秀な学生の皆さん。
もう一度考え直してください。
医者はあなたが考えているほど、やりがいがあって、楽しい職業かどうか。
医師が主演の、ドラマや漫画は、現実の厳しさをとっぱらって、ある極端な一面のみを、ピックアップして描かれた虚構の世界でしかありません。
くれぐれも、「医○」の朝○医師をみて、かっこいいとおもったから医者を志そう、なんて考えて、いざ医者になったりしたら、現実とフィクションのギャップに、あなたは愕然とするでしょう。
最後にもう一言だけ言います。
なるための努力の総量に比べて、なった後に報われるものの総量があまりにも少ないのがお医者さんです。
あかがまは、他の職業のことはわかりませんが、
これからは、医者でやっていくためには、それなりの覚悟が必要かと思います。
それではまた。
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(3)
そして、救急車に乗せられて、健太は病院に運ばれた。
病院は、けが人でごった返していた。
たくさんの人が死んだり傷ついたということだ。
健太も右脚の骨にひびがはいっているとかで、ギプスをはめられた。
「お父さん、お母さん、瞳は大丈夫だったかなあ」
健太は、地震に襲われてから、両親と妹の安否がわからないということがとても不安だった。
ベッドに寝かされて天井をずっと眺めていても、頭に浮かぶのは、そのことばかり。
そんな時、懐かしい声が聞こえた。
「伊原健太くーん、どこだー」
それは、中学校の担任の三宅先生の声だった。
病室は、もともと四人部屋だったのが、無理やり応急こしらえのベッドを、三つもいれてしまったので、ほとんど歩くゆとりもない。
だから、この部屋に、健太が入院してるということがわかっても、どのベッドに寝ているのかは、廊下からはよくわからない。
三宅先生はとりあえず、大声をはりあげて、健太を探したのである。
「三宅先生、健太はここでーす」
健太は、手を上げて、三宅先生を呼んだ。
健太をみつけた三宅先生は、うれしそうに健太のベッドのほうに近寄ってきた。
「健太、大丈夫だったか。先生うれしいよ」
そういう三宅先生は頭を包帯でぐるぐる巻きにさせられていた。
「先生も大怪我をしたんですね」
「大丈夫だ、頭を十二針縫ってもらったけれど、たいしたことはない」
「先生、俺の、とうちゃん、かあちゃん、それに妹の瞳は元気ですか」
健太はさっそく、家族のことを聞いてみた。
さっと、三宅先生の顔が曇った。
「健太、落ち着いて俺の話を聞いてくれ。今度の地震ではな、たくさんの人が死んだり、俺たちのように大怪我をした」
「はい」
「そして、なくなった人は、今、学校の体育館に安置されている。残念だけど、おまえのご両親、妹さんもそこにいるんだよ」
「うそ、でしょ?先生。かあちゃん、夜はカレーにするから早く帰って来いって……」
そこまで、言いかけたが、健太はもう涙があふれてきて言葉にならなかった。
つぶれた、伊原家の下敷きになり、圧死の状態で三人とも見つかったということだった。
三宅先生は、健太の肩を抱いて言った。
「いいか、健太。おまえは、しっかり生きろ。な、みんなの分まで、がんばって生きるんだ」
次の日、健太は、松葉杖をつきながら、学校の体育館にむかった。
三宅先生の話は本当なのか、確かめに。
一晩泣きはらして、涙はもう枯れたと思っていたのに、涙のやつは、次から次へとあふれ出てくる。
「ちきしょう、ちきしょう」
つぶやきながら、健太は涙をふいて、体育館の中を歩き回った。
体育館の中では、あちこちで泣き叫ぶ声がこだましていた。
健太は、妹、瞳の変わり果てた姿と対面した。
瞳の口の周りについた血を、健太はやさしくぬぐいながら、語りかけた。
「瞳、ごめんな。あんとき、俺がおまえを連れて出かけてたら、こんなことにならなかったのに」
健太自身が助かったのも、奇跡的なことなのに、そう思わざるをえなかったのだ。
健太は、棺の中の両親にも話しかけた。
「とうちゃん、かあちゃん。今日まで育ててくれてありがとう。親孝行できなくて、本当にごめんよ。俺、とうちゃんとかあちゃんが天国から見てて恥ずかしくないような大人になるから、ずっと見守っててくれよな」
やがて、傷の癒えた健太は引き取る親戚もいなかったので、リクと一緒に、京島天使園へと引き取られていったのだった。
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どうでしょうか。
刑事被告人が、いまだにのうのうと会長やってる、いかれちんぽな学会があるなんて、あかがまもびっくり。
瀬戸山元一君です。
学会の名は日本医学看護学教育学会といいます。
彼は、高知医療センター初代院長のときに、オリックスグループの社員から、家具とか、テレビをもろて、便宜をはかったかどでタイホされました。
いわゆる贈賄です。
でも、ミスターセトヤマはそんなことで、くじけたりたりしません。
たとえ、刑事被告人になって、お白州に引きずり出されようとも、
2008年3月9日 島根県 出雲市 医学看護学学術集会
http://www.web-sanin.co.jp/j-amne/
14:30~15:50 会長公演
「医療改革の動向と日本医学看護学教育学会の役割」
講師:瀬戸山元一氏(日本医学看護学教育学会会長)
と、お仕事に余念がありません。
賄賂もらって、医療改革くそもあるもんか!とあかがまは思うんですけど。
たくましい、ひとでしねー、セトヤマ被告。
なんかとっても対外的にはまずいような気もするんですが、まあ、会員がいいっていってるんだから、部外者は退散しませう。
ちなみに、今年も高知医療センターは13億円の赤字を出したそうですが。
すでに、50億円近い赤字だと思うんですけど……。
だれが、穴埋めするんでしょうかね?この赤字……。
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墨田区の養護施設「京島天使園」、そこが、りきまるの新しい居場所だった。
そこの、職員の人がりきまるに、いろいろこれからのことを教えてくれたり、おやじの死亡の手続きをしてくれた。
おやじの借金は、命を代償に払ったということになるのだろうか、その後、孤児となった十四歳の少年には追い込みがかかることはなかった。
その施設は、墨田区、曳船の戦災を逃れた、住宅街の中にあり、当初は、戦災孤児がたくさん生活をしていたそうだ。
十年ほど前に、建て直しがされたので、さすがに当時の面影はのこしていない。
その庭には、犬小屋が一つ。
小屋のそばには、柴犬がいて日向ぼっこをしていた。
柴犬は、りきまるをちらっとみると、尻尾を二度ふっただけで、興味なさそうに、ふああとあくびをしながら、そっぽをむいた。
「リクだよ。きみ、あいつに気に入られたみたいだね」
「ええ?でも、あっち向いちゃいましたよ」
「リクは、気に入った子がくると、尻尾を二回、ぱたぱたってするのさ。さあ、君の部屋に案内しよう」
りきまるの部屋は、二階の六畳間。二人部屋だった。
伊原健太という、同い年の少年とくらすことになった。
十四歳にしては、百五十センチに足らない小柄なりきまるにくらべて、健太は大柄で、身の丈はもう百七十センチをこしている。
健太は、ひとなつっこい笑顔で新参の同室者を明るく迎えてくれた。
初めての夜、二人は、これまでの生い立ちを、誰からということもなく、語り合った。
健太は、北陸の海辺の村で育った。
さっき、庭でみかけた柴犬リクは、彼の家で飼っている犬だった。
「リクは、俺の命を救ってくれたんだ」健太はそういって、愛想のない柴犬をほめちぎっていた。
それは、昨年の夏のある日曜日、リクと健太は、空き家になっている漁師小屋に入って遊んでいたときのことだ。
突然、大きな地震が北陸地方を襲った。
粗末な、漁師小屋はあっけなく崩れ落ち、健太は天井の梁の下敷きになった。
本当に粗末なつくりであったので、健太は命を失わずにんだが、下半身が梁の間に挟まれ、動きがとれなくなってしまった。
「リク!リク!大丈夫か!返事をしておくれ!リク」
健太は、自分の身体よりも、リクがつぶれてしまやしてないかと心配になり、大声で叫んだ。
ほどなく、リクの鳴き声が聞こえてきた。
リクはおびえた様子だったが、怪我をしている様子もなく健太のところにそろそろと近づいていった。
リクが、健太の顔を覗き込んだ。
体の小さいリクは、崩れ落ちた小屋の隙間にいて、難を逃れていたのだ。
「ああ、リク、お前は無事だったんだね、よかった…」
しかし、健太は動くことが出来ない。
そのうちに日が暮れていった。
誰も助けは来ない。
はさまれた脚の痛みもさることながら、健太はのどが、からからに渇いてきた。
だんだんと気が遠くなっていきそうになる健太。
リクは、常に健太の横にいた。
健太の顔を舐めたり、頬ずりをしたりして、健太の周りから離れないようにした。
夏とはいえ、北陸地方の夜は寒い。
日暮れとともに、ぐんぐん気温は下がっていく。
しかし、リクは、夜の間中、健太が凍えを感じないように、懐の中に入ってきて暖めてくれた。
口が渇いてきたら、唇を舐めて、潤してくれた。
そして、次の日。
健太は、救援隊の声がするのを聞いた。
「おーい、誰かいないかー?」
しかし、もう健太には、答える気力がもはや残っていなかった。
そのかわりに、リクが猛然と、小屋の瓦礫の中から飛び出して、救援隊にほえかかった。
レスキュー隊員たちが、リクに誘われるように、小屋のほうに駆け寄ってくる。
「おい、男の子だ、生きてるぞー、みんな、手を貸してくれえ」
隊員が、梁の隙間に挟まれている健太をみつけてくれた。
梁や、小屋の屋根の一部を、レスキュー隊員が総出ではがすと、健太には、朝の光が眼に飛び込んできた。
健太は、こんなに陽の光が眩しいものだとは、これまで一度も思ったことはなかった、と同時に、ああ、これで僕は助かったんだと安堵した。
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本屋さんにいくと、いろんな本が、置いています。
当然、医療と健康のコーナーにもたくさんの本がならんでいます。
名医の名前を列挙した本があります。
あたりまえですが、迷医のジャンルに属する、あかがまはどこにものっていません。あしからず。
中には、医療ミスから自分の身を守るための、マニュアル本もあります。
まあ、われらの業界では、D○○で超有名な方が書いているんですけど。
なかなか、その本の主張がエキセントリックです。
>セカンドオピニオンをうけずに手術をうけるのは、やめましょう。
うん、まあ、これはわかる。
でも、これはいけません。
>かかりつけの三次救急病院をもちましょう。
日本人1億何千万人が、三次救急病院をかかりつけにすると、どうなるでしょうか?
医療崩壊の根はこういう、Dqnなマニュアル本にありや?とかんがえるこのごろです。