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一般の方の日記を燃料にさせていただきます。
ひどい東海大学病院の対応!
(前略)
先週の火曜日(7日)に亭主殿のお父上が、もう何年も通っている伊勢原の
東海大学病院へお母さんといっしょに病気の進行状態の検診のために行って、
検診が終わって、お薬を母がもらいに行っている、ちょっとのすきに父が
車椅子から立ち上がろうとしたらしくころんで、股関節骨折をしてしまいました。
もう、お二人とも80を超えています。
特に父はガンともうひとつ認知症という病気をかかえています。
母はそんな父を介護しながらの生活です。
子供たちはわが亭主殿を含め、男の子が2人いますが、父も母も、誰の世話にも
なりたくないと頑張っています。
そんな老夫婦がもう、何年も家のそばの伊勢原の東海大学病院へ通院したり、
検査のためにの入院もしたりしています。
今回の事故はその延長線上の出来事です。
東海大学病院の中での事故ですよ。
それなのに、東海大学側の応対は、ただ診てくれただけで、股関節骨折と診断しただけで、それに対する治療とか緊急入院とかの手続きすらとってくれなかったとか・・・!!
(中略)
伊勢原の東海大学病院は救急指定病院のはずですよ!
救急車で運ばれてきた緊急の患者さんのために病室は常時、
いくつかは開けておかなければならないはずです。
そして、今回の父の場合は、たまたま東海大学病院の中でこういうことになった、と
いうだけのことで、これが他の場所だったら救急車を呼んで行ったはずです。
それともなんですか?
東海大学病院は救急車で運ばれてきた患者はよろこんで治療し、病室も用意するけれど、
そうじゃない患者に対しては、「早く他の病院へ行けよ」と・・・???
まぁ、そういうことなんでしょうね。
この対応では・・・!!
(中略)
老人と思ってばかにしたのでしょうか?
結局、母は、そこで押し問答をしても仕方ないと、もうあきらめて、
やっと平塚市の済生会病院へうつりました。
通院している伊勢原の東海大学病院へお薬貰いに行って病院内で骨折して、
よその病院へ行かせられた。それも、骨折している人をつれているのですから、バスなんて使えるわけもなく、病院の玄関前のタクシー乗り場からタクシーで!!それも、当然のごとく実費で。
(中略)
な~にが、東海大学医学部付属病院の理念よ、ネ。
「患者の精神的な支えとなり、心暖まる人間性豊かな病院を建設する」よ、ネ?
東海大学の創設者である松前重義博士が嘆くわよ!!
まぁ~ネ。
東海大学病院は、昔から余りいい風聞は耳に入ってきませんから・・・。
昨今ではテレビなどで、大分、脳の方の手術では、腕のいい先生がいると
いう事で流れていますが、その先生だって、いつもここにいるわけではありませんし・・・。
第一、何かあったときのための病院なのに、それがこれでは・・・ネ。
まず、私は、私の知り合いには、東海大学病院は進めませんね。
それどころか、今までに風聞で私の耳に入ってきた事などをいくらでもあげて
「だから、あそこだけはやめたほうがいいと思うよ」というでしょう、きっと。
ま、選ぶのは患者さんとその周りの人たちですけど・・・。
いくら設備は整っていても、運用する側の対応次第では、どうしようもないと
思いますね。
(以下略ね)
http://mrs.suzu841.com/sfs4_diary/sfs4_diary.cgi?action=cat&cat=1
現場の人間としては、こういう日記をみるとせつなくなります。
管理人のかたは、もともと、東海大学病院に偏見を持っているような気がしますが。
実際、救急病院の担当科でもベッドがあいてないってことは、結構あるからなあ。
現場の人間としては、東海大病院が悪意のある対応を本当にしたのかわかりませんが。
一般の人は、ここの病院のやつらは全て○○…。
神の手医師とはちがって、ここの医者はみんな○○……。
テレビの手でリハーサルを繰り返して「創りあげられた」伝説の神の手ドクターの、「テレビ番組」での姿と、リアルの医療現場を比較されてもなあ……。
一般の人は、急病になったら、三分で救急車が駆けつけて、五分で病院について、「ER」や「シカゴホープ」のスーパードクターがチームを組んで、緊急治療をしてくれる!と本気で思っているようです……。
ですが、あまいです。
ガチでは、サイレンを鳴らしても、しらーんぷりの一般車両の渋滞の列をかきわけて、十五分ぐらいかけて、患者宅に到着。
その後、当然、数時間の「たらい」回しの儀式のあと、何が専門かまだよくわからない、勤続疲労の塊のような、ボロぞうきん若手ドクターがいやいや診察してる救急病院にたどりつくわけです。
一般の人にも、保険診療の現実をわかってほしいようなきがしますし、健保連たちも、今のコストで出来る保険診療なんてこんなもんだよと、現実を知らしめてほしいわけなんだけですけど。
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コメント
コメント一覧
・・・
「父も母も、誰の世話になりたくないとがんばっている」
以下、私流・かたよった見解で申し訳ないですが。
・・・そうですか。
このお方、良くは存じませんが、何か勘違いしておいでのようです。おそらく、病院側の事情も、深刻な医師不足、医療現場の現実も、耳に入らないのではないかと思われます。
・・・そもそも。
誰かの世話になりたくて、世話になってる人は居ませんよ。
「いつも健康で、頭も良く働いて、常に明るく元気で働ける状態」を、頑張ればキープできるのであれば、誰も悩んだりしません。
認知症になりたくて、誰もなりません。
生まれ持って、人の世話にならないと生きていけないような状態で生まれたくて、そうなったひとは、いません。
病気や障害は、すべて「不可抗力」なんです。
病気になったひとは、頑張りがたりなかったから、
ではありませんよ・・・。
医療現場も、同じです・・・。
頑張れば、神業も可能だと思っているなら、
大きな間違いですが、こういう人に、それが伝わるかどうかわかりません。
ただ医療現場が、病気や障害と違うのは、
すべて不可抗力ではないということでしょうか。
「みんながお互いの都合をおもいやることで、
いくらでもかえていける」ということです。
・・・
なんでも他人のせい
これを地で行く典型例ですね。
こういう人から医療を守る新たな対策が必要な時期にきてしまったのかもしれないですね。
なんといいますか・・・。
それは、介護している母親の姿や、人の力を借りないと、生きていけない父親の姿を真近でみつめながら、
心を痛めていらっしゃるのであれば。
でも、それらを、病院の応対や、体制のせいにしても
なんの解決にもなりません。
この方も、もしかしたら、なんら
心に負担を抱えていらっしゃるのかもしれません。
病院だけでなく、地域の福祉サービス(介護等)を利用すれば、ご家族の負担が軽減されるような気がしますが
まあ、ここで書いても仕方ないかな。。。
「誰の世話になりたくない」
心意気は立派ですが・・・。
特に父はガンともうひとつ認知症という病気をかかえています。
母はそんな父を介護しながらの生活です。
子供たちはわが亭主殿を含め、男の子が2人いますが、父も母も、誰の世話にも
なりたくないと頑張っています。
そんな老夫婦がもう、何年も家のそばの伊勢原の東海大学病院へ通院したり、
検査のためにの入院もしたりしています。
今回の事故はその延長線上の出来事です。
そんな老夫婦をよくほかっていられますねえ、このお嫁さんは。通院に付き添うのが常識でしょう。
何でも他人のせい、病院のせいにするのはやめてほしいです。
と、書き込みしてこようかと思ったんですけど、コメント受け付けてないんですね。
こういう人、本当に多いです。最近。
「ガンと認知症」で「大学病院」に通院していたということですが,病院の機能分担からしますと住み家の近くの市民病院や開業医でfollowして頂くべき状況ではなかったでしょうか?
開業医の先生だと往診して頂けることもあると思います.「大学病院」が最寄りの病院だったんでしょうか.それでも大学病院だと診察までにも時間が掛かるでしょうし,よい選択ではなかったでしょう.
たまたま運悪く大学病院で転倒して骨折したからといって大学病院ですべての治療を受けるのが当然と考えているところに問題があります.
もしうちの救急部に運ばれたとしても外部の病院に転送して手術ですね.そうでなければ大学病院本来の手術が行えないのです.
このブロガーさんが特別じゃないと思います。
大学病院に通院している俺たちは、お客様、自分の不注意で大怪我したら、病院が即座にベッドを適切な対応をとるのが当たり前と考えていらっしゃる方たち、そうとう多いと思います。
現実は……ぜんぜん違いますが。
いくら高齢のご両親が心配を掛けたくないと仰ったにしても、心の中では寂しいんです。迷惑を掛けたくないと思う親心に気付いてあげられなかったのかな?本当は傍に居てほしいと思ってる気持ちを抑えて遠慮してるだけのように思います。私の両親も主人の両親も同じ事を言ってましたから。
極論ですが、道路で倒れたとしたら、都道府県や市町村の責任?子供が学校で転んだら学校の責任?と言うことなのでしょうか?
モンスターペアレント、モンスターペイシェントと同類ですね。
このヒト、高齢の両親をほったらかして、パソコンばかりいじってるんでしょうね。
政治家など公人(?)以外の個人攻撃は、あまり趣味ではありませんが..
ここまでひどいと、人格を疑うしかないでしょうね...
実は、療養病棟など、高齢者の多い病棟・施設では、転倒事故が絶えません。当然、骨折したりして、病院の管理責任がよく問題になります。某私立病院では、患者さんが車いすのまま階段から落ちて、硬膜下血腫、意識障害、緊急手術....そして保障問題となっていました...。
病棟内ですら、患者を監視することには限界があり、だからこそ全国で事故が多発してるのですが....外来での事故まで管理責任を問うのは、ちょっと異常です。
転倒の可能性のある患者さんは、外来で有料のコンパニオンを雇って付き添ってもらう、それくらいしか方法はないでしょう。
それにしても、病院側の管理責任について、法的解釈と実情に差があり過ぎます。
だから、こういうバカがはびこるのだと思います。
管理責任云々についてではなく救急という点から言えば、つまり伊勢原ですか?この辺もやはり救急体制が壊れてるのでしょうね。
それでも、私のコメントに変わりないですけどね。
趣味?にいれこむのは個人の自由と判断で、第三者の立場でとやかくはいいませんが、ちょっと、なんといいますか、、パソコン熱を、その何分の一でも家族に向けて、趣味と家庭のバランスを上手くとっていただいて、医療機関バッシング?もほどほどにしていただきたいものです。
(・・・は、自分に言い聞かせ。)
今日日理屈を言える人が増えましたね。
医療現場に限らず、自助努力をしないで権利ばかりを主張する人を目にするとやり切れなくなります。
医療機関が槍玉に挙げられやすいのは、その現場の状況を世間があまりに知らないということ、
それから、「医師」=「金持ち」=「悪」(すみません!)という「僻み」の精神構造があるような気がします。
偏見かしらん。
また高次機能病院では、高齢者の骨折のまで治療するべきなのでしょうか?
がんはあっても、治療不可能と。
正直II度(日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが多少見られても、誰かが注意していれば自立できる。)以上はまず、入院治療は無理みたいですね。
一晩で、強制退院のケースが多いです。
高次機能病院だと、不可能な場合多いですよね、でもここは、救急病院だし、うーん。
私は、父の付き添いのため仕事も辞めましたし。そうでなければ、地方行政によって違いますが、ケアサービスを利用して、通院のケアもしてもらってもと思いますが。自分達は何もせず、老人達だけに任せておいた責任はどうするのでしょう?
でもまあ、病院ももう少しどうすればいいか説明してもと、(ケースワーカーなどいるはずですし)思うこともあります。
夫婦で通院・それ自体無謀な気が
ご老人が車いすから立ち上ろうとして、転倒し大腿骨骨折したが、診断したあと、入院も治療もせず、他の病院へ転送された、とのこと。
奥様はその場におられなかったようですが、いろいろな事情があったはずです。
認知症高齢者の大腿骨骨折となれば、術後も長期入院の可能性が高く、リハビリもうまくいくとは限りませんので、寝たきりになる可能性もあります。その病院での収容能力や入院基準、紹介・転送基準などにより、思い込んでいた「いつでも入院させてくれる」が通らずに、こうした不満やクレームが生まれることはあるでしょう。
医療側と医療を受ける側とのすれ違いは、その病院だけに限るものではないでしょうね。どこにでもあるようです。
医療を受ける側は、「いつでも」「どこでも」「だれでも」「なんでも」「いつまでも」、トコトン最高の手厚い治療と看護と介護を受けることができるという「権利意識」と「福祉幻想」が、国民皆保険の時代になって当然のことのように浸透してきました。そんなに成熟した「幸福で安心できる」時代ではまだありません。
医療を提供す側にも限界が見えてきました。不満「タラタラ」「夜も眠れん」であります。「奴隷状態」であります。
しかし、こうした受ける側からの一方的な要求や不満を責めることもできません。医療を提供すること、制度や運営のありかたに何か不具合があれば、受ける側になって、それを変えて「いかなければならない」「いくことができる」立場にあるからです。私たちは医療者なのです。受ける側の間違った、行き過ぎた、勘違いした「権利意識」と「幻想」を批判しても、最後の終着点は受ける側の「味方」でなければ、医療は成り立たない。。。そ~ゆ~ことですよね。。。はるるん。
この一件が起きるまでは「T大学病院にかかりつけ!」という事が誇りに思う部分があったのでは?と思います。だからこそ、受け入れられなかった事に怒り・・また術後の状態が思わしくない事への不安の矛先がそちらに向けられているように思いますね。
ボタン一つのかけちがいから、袈裟までにくいということは、世間一般よくあるものですが。
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