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帝都東京最期の日!(3)出動要請・死の街... >
akagama / 2007.02.24 17:25 / 推薦数 : 0
(2)死にゆくものへの祈り・哀しみの連鎖
すぐに、この男性に対する、抗マラリア薬の、点滴治療が始まりました。
緊急輸血と、人工透析の準備も進めます。
しかし、脳内出血による、意識障害に対してはもはや、なす術もありません。
午後五時二十七分、リーダーは男性の死亡を診断しました。
死因、脳内出血を伴う重症熱帯熱マラリアによる、多臓器不全。
感染経路、不詳。
熱帯熱マラリアは、流行地域でのハマダラ蚊によって媒介される、重症感染症。
潜伏期間は、約十二日。
海外では、流行地域が存在するので、輸入感染症として、日本国内でもみられないものではありませんが、海外渡航歴のない男性が感染するのはちょっと考えられません。
奥さんは、泣き腫らした眼を真っ赤にして、もう動かないご主人の冷たく腫れあがった手を、いつまでも、いつまでも、いとおしそうにさすっていました。
「お父さん、お父さん。ひどいよ、ひどいよ。もっと長生きしてほしかったのに、私達を残して……。神様はなんてひどいことをするの」
優しいお父さんは、もう二度と、ご家族には微笑んではくれません。
女の子が、泣きじゃくりながら、リーダーのお腹を叩き続けます。
「嘘つき、嘘つき!パパ死んじゃったよ。みんな、さっき、パパを助けてあげるっていってたのに、パパを返してよ」
おいらたちは、ことばをもありません。
皆が、唇をかみしめてくやしさに耐えました。
ところが、マラリア患者は、その男性だけではなかったのです。
やはり、その日の午後三時過ぎ、日本橋の百貨店で、一人の五十五歳の男性が、高熱、意識不明の状態で倒れ、近くの三友記念病院のERに運ばれました。
その男性も残念ながら、間も無く死亡が確認されました。
その男性の血液からも、マラリア原虫が検出されました。
診断名、熱帯熱マラリア脳症。
三友記念病院のERチームも、荒川医大のマラリア患者の話は、聞いていました。
「おいおい、これから、いったい東京はどうなるんだよお」
三友記念ERリーダーも、これから起こるであろう事態を、案じていました。
感染患者はそれからも、どんどんと出現し、都内のERに運ばれ続けます。
中野区、本町で、フィリピン人の三十歳女性。
杉並区、阿佐ヶ谷で日本人の六十歳男性。
中央区、千代田区、新宿区、豊島区を中心に、総計、三十数人の男女が、瀕死の状態で都内の各病院ERに搬送されました。
医療関係者の誰もが、尋常でない事態であることを悟りました。
やがて、各病院のERの医師達の問診から、患者同士の接点が明らかになりました。
患者は、すべて、地下鉄丸の内線を利用していた人たちでした。
しかも、十一日前に、同じ電車、同じ車輌に乗り合わせた人たちでした。
さて、その二日後の七月三日、恐ろしいことが起こりました。
同様のマラリア患者の、大量発症が確認されたのです。
患者総数七十二名、こんどは、全て、地下鉄南北線の、これも十日前に、同じ電車、同じ車輌の利用者でした…。
これは、ただのマラリアの流行ではない!
誰の眼にも明らかでした。
厚労省の幹部は、さすがにうろたえました。
これ以上、感染が広がるようなら、東京全体が大パニックとなります。
政治、経済、文化、全てが大変な打撃を受けるにちがいありません。
荒川医大寄生虫学教室の、中臣雄介教授と、院生の遠藤陽一は、急遽、厚労省の竹馬文則大臣に呼び出されました。
中臣教授は、あまり、乗り気ではありませんでした。
遠藤が、この前に、学会発表した、キタチョウセンアラカワレットウジョウチュウの無断持込に対して、さんざん、いやみをいわれたからです。
お忙しい中、何時も御訪問誠に有難うございます。ガチで頑張ります。一押しお願い頂ければ誠に幸いでございます。
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