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(7)
「それでは、もうひとつだけお聞かせください、その宝を盗掘に来て、このあたりをうろついていた連中の中に、日本ではこれまでに存在しない寄生虫症に冒されて命を落としたものが何人かいます。そちらのほうに心当たりはありませんか」
おや、遠藤が尋ねると、さっきまでなごやかな雰囲気が、急に重苦しくなりました。
遠藤と、伊助さんは、視線をきっと合わせてお互い見詰め合っています。
「やはり、それを、お聞きになりたいわけですね」
伊助さんはおもい口を開きました。
「私もその寄生虫の話は知っています。ですが、なぜ私があの寄生虫と関係があるとお考えなのかおしえていただけませんか」
伊助さんの問いかけに、遠藤が答えました。
「あなた方は、あのような危険な寄生虫の存在を知っているのに、ゆうゆうと暮らしていらっしゃる。関係がないと考えるほうがおかしいですから」
しばらく、沈黙が続きました。
伊助さんは思案顔で、天を仰いでいましたが、やっと、意を決したかのように、しゃべり始めました。
「この話をしても、あなた方に信じていただけるかどうか、わからないのですが、全てお話いたしましょう」
「聞かせていただきます」
「不老不死、という言葉をあなた達は知っておりますかな」
おいらたちは、眼をあわせて怪訝な顔をしました。
「細胞というものはかならず寿命が来れば死におちいるはずです。人間は、細胞の集合体ですから、ありえないとしかお答えできませんね」
おいらは、答えました。
でも、伊助さんは笑っています。
「それでは、わたしの誕生日が、慶応元年二月十日だといったら、あなたたちは、信じますか」
この、伊助さんの言葉に、おいらたちはさすがに、まさかと思いました。
慶応元年といえば、一八六五年、話が真実だとすると目の前の伊助さんは、満百四十二歳というわけです。
見た目、三十歳にしか見えないこのお方は、ギネスぶっちぎりの長生きさんということになります。
(8)
「おそらく、信じられないでしょう。私は、若いころ彫刻の勉強をしていましてね、なかなか見込みもあるということで、当時のフランスに留学して、彫
刻の勉強をさせてもらっていました。当時のパトロンに、シャルル・マルゴーニさんという、医師の先生がおられまして、そちらの先生の別荘をお借りして、製作活動を続けておりました」
シャルル・マルゴーニという名前を聞き、遠藤がふんふんと頷きました。
おいらは、遠藤の脇腹をつっついて、シャルル・マルゴーニという人はどういう人なのか聞きました。
「シャルル・マルゴーニさんは十九世紀の内科医であり、寄生虫学者だ。南仏棘口線虫を発見した人でもある。」
遠藤がニヤリとしながら教えてくれました。
伊助さんは話を続けます。
「マルゴーニさんは、もともと、アフリカの秘境でこの、線虫を捕獲してきたそうです」
「なるほど、では、寄生虫症を発症した農夫というのは……」
遠藤には、全てが読めたようです。
マルゴーニさんは、庭先で南仏棘口線虫を、井戸の脇の水甕に入れて飼育していたのですが、たまたま、水甕の水を取り変えた際に、近所の農夫が誤って、虫卵の入った水甕の水を飲んでしまい、寄生虫症を発症させてしまったのです。
責任を感じたマルゴーニさんは、研究をやめ、手持ちの南仏棘口線虫の虫卵を伊助さんに託しました。
伊助さんは、留学を終えて船で帰国するときに、こっそり、その線虫を誰にも見つからないように荷物の中に隠し、この国に持ち込んだようです。
昔から、遠藤と同じようなことをする人はいるものだと、おいらは感心しました。
「でも、それと、不老不死とどう結びつくわけでしょうか」
遠藤の問いに伊助さんが答えます。
「はい、実は、マルゴーニさんの飼い犬が、この線虫を踏んづけたりいたずらしたことがあったんです。そうすると、線虫が突然口から、分泌液を放ちましてね、その液が犬の口に入り込んだことがありました。そして、不思議なことに、この犬は、当時もう十六歳ぐらいの老犬だったのですが、それから、全く、身体が衰える気配はなかったのです。それが、ほら、慶子とじゃれてるゴンですよ」
「……うそだろ」
もう、おいらたちは、声もありません。
この寄生虫の分泌液を飲み込んだ犬、ゴンは、不老不死の身体になったと、こういうわけらしいです。
「すると、伊助さんもそれを飲まれたわけですか」
おいらの問いかけに、笑って頷く伊助さん。
「酔っ払って、ちょっと私もわるさをしましてね……」
まさかそれは冗談でしょうが…。
「あなた方もいかがですか?」
「いや、遠慮しときます。老いがあるからこそ人生は楽しい。それで、慶子ちゃんはどうしてあなたと暮らしているんですか。まさかお孫さんというわけでもないでしょう。」
さすがにそれは固辞して、おいらは慶子ちゃんとの関係について聞きました。
「慶子ですか、あの娘は可愛そうな娘です。父親が、ずいぶんと大きな借金をこさえて、もうどうにもならなり、この山に車を停めて、奥さん、慶子とともに排気ガスで心中を企てたようです。たまたま通りかかった私が、車のドアを開けたときには、もう両親はいけなくなっており、慶子だけが助かりました。私は、慶子を麓の施設に預けようとしたのですが、よほど、麓でつらいめにあったんでしょうなあ、手伝いでも何でもするからここにおいてくれといいます。私も不憫になりましてね。ついつい手元においてから、もう三年になります。本当は学校にやらないといけないのですがね」
ばつがわるそうに頭をかく伊助さん。
「あと、ここへ来る前に、我々は、線虫に腹を食われた男の屍骸をみつけました。以前、新幹線の車中で死んだ連中も、あれはあなたの仕業ですか」
遠藤は寄生虫のことをまた、尋ねました。
「ここには、水道が来ていないので、麓近くの井戸から、水をとり水甕に溜めております。実は、水甕はこの小屋に三個御座います、二つには飲料水、もう一つは……」
「南仏棘口線虫をいれていたわけですね?」
「虫卵ですね。これは極々小さいものなので、肉眼で見ることは出来ません。南仏棘口線虫は、哺乳動物の消化管に入り、約四十度の環境にならないと、成虫にはならないのです。水の中に入れておけば、成長可能な状態で虫卵を保存できるようです。最近、秘境お宝ブームとかで盗掘者の連中の一部に、この小屋に入り込んで、わるさをするものがいます。今回死んだ連中は、私達が麓におりて留守中に小屋に入り込み、虫卵の入った水甕の水を盗み飲みして、南仏棘口線虫に感染したものではないでしょうかねえ。このあたりは、水源からかなりの距離がありますから」
「現在、伊助さんは虫卵しか保存していないのですね」
「そうです。そして、この寄生虫の行く末を見守らなければいけないと思っていたのですが…、もう、大変なことになってしまいました。」
お忙しい中、何時も御訪問誠に有難うございます。お慈悲の一押しお願い頂ければ誠に幸いでございます。
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