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(11)
田熊さんがおいらたちに、話しかけてきました。
「答えはでたね。これから、どうする」
亜樹子先生は厳しい顔でいいました。
「全面対決しかないよね。正面からいこ。あかがま、あんたも腹をくくりなさい」
おいらも、頷きました。
カマキリ先生に面会のアポイントメントをとります。
午後二時に来てほしいということでした。
おいらたちは、亜樹子先生のBMWで築地の国際治療センターに向かいました。
そして、約束の午後二時。
カマキリ先生の実験室で、我々は対峙しました。
実験室には、カマキリ先生、おいら、亜樹子先生の三人。
カマキリ先生が、口火をきりました。
「やあ、赤河先生。津村先生が話していた君の性格からして、いつか、この日がくるんじゃないかと思っていたよ。それと、葉山先生だね、「臨牀腫瘍免疫雑誌」に寄せられていた、あなたの腫瘍免疫治療論のレビューはよく書けていたね。興味深く読ませていただいたよ」
「先生、私達が、ここに来た理由はもうご存知ですよね。私達は、先生のDCA11の人体実験の事実を知りました。医師として、このような非人道的な行為を看過することは出来ないので、ここにやってきたのです。もう、人体実験はやめてください。」
亜樹子先生がきっぱりといいました。
「うん、君達に人体実験だといわれても仕方はあるまいね。それを私は否定する気は毛頭ない。でもね、これまで医学の進歩、革新的な治療の発展の陰には、たくさんの犠牲があったんだ。たとえば、食材としての河豚だ。これを、テトロドトキシンにおかされず、食用に使えるようになるまでに、無数の人が命をおとしたことだろう」
「新薬の発明のためには、人体実験で死ぬ人が出てもしょうがないとおっしゃるわけですか」
おいらは少しむっとして言いました。
「私は、ある出来事をきっかけに、DCA12が成功するまで、人間であることをやめたんだよ」
ぽつりと、カマキリ先生は言いました。
「わかってます。先生の奥さんですね。DCA8の人体使用第一症例めの、卵巣癌ステージIVの女性です。あなたは、手始めに奥さんを、まだ、海のものとも山のものともわからない、DCA8の実験台に使って死なせた!」
亜樹子先生の語気がするどくなりました。
実は、ここはおいらの見解と異なるところなのですが……、彼女の言葉が、カマキリ先生を追い詰めていきます。
「それは、少し、違うかな。私と同じ、がん治療医の妻は自らすすんで、DCA8による治療を受けたのだ。残念な結果には終わったがね。妻は、息を引き取るまで、将来必ず、DCAがたくさんのがん患者を救うようになると信じていた。自分のようにがんで苦しむ人が出ない時代がくると信じていた」
やはり、カマキリ先生は、奥さんのことを大事にしていました。
カマキリ先生の話は続きます。
「そして、私はたくさんのがん患者にDCA8,9,10,11を使い続けた。そして、患者とその家族にたくさんの苦しみを与えたことは否定しない。そして、その結晶として、今ここにDCA12がある」
カマキリ先生は、スーツのポケットから、一本の注射用のアンプルを取り出して机におきました。
「これまでのDCAシリーズは、経口投与にこだわって、失敗を繰り返してきた。だから、DCA12は、血管カテーテルから腫瘍の栄養血管に動注して、抗腫瘍効果を発現させるタイプに変更したのだ。これだと、全身性副作用はほぼ皆無となる。これにふみきる決意をさせてくれたのは、民屋さんの死だった。彼のおかげで、DCA12は生まれたといっていい」
(12)
「それで、もう人体実験の犠牲者は出ないとお考えですか」
亜樹子先生は相変わらず厳しい表情でカマキリ先生を問い詰めます。
カマキリ先生は頷いて話を続けました。
「おそらくはね、考えられるのは、副反応としての、腫瘍崩壊による発熱ぐらいでしょう。あとは、より効果を高めるために、がん細胞のタイプに対するマイナーチェンジは必要だとは思いますがね。さて、私のDCAの仕事はこれでおしまいです。今から警察に行って、全てを話しにいきます。おそらく、殺人罪か傷害致死罪で立件されるでしょうね。やむをえないことです」
カマキリ先生は、淋しそうに笑いました。
その時突然、実験室のドアが乱暴に開けられました。
入ってきたのは、日本イプシロン製薬抗がん剤開発部のチームリーダーの熱田貞義でした。
そう、あの、リーマンナイスミドルです。
「困りますなぁ、大和先生。ここで、あなたに尻をまくられては…。シカゴは許しちゃあくれませんよ」
険しい顔で迫る、ナイスミドル熱田、必死です。
「熱田君。もう勘弁してくれたまえ。私に罪をつぐなうチャンスをくれないか」
「先生、あんたが警察に行けば、私達イプシロンの人間たちもただじゃすまなくなるんですよ。考えなおしてくださいよ」
「もう決めたんだ、さあ、熱田君。もう帰ってくれないか。私が警察に行くと、君達の会社も忙しくなるよ」
立ち上がる、カマキリ先生。
そのとき、熱田が、スーツの胸ポケットから、黒いものを取り出して、カマキリ先生の胸に突きつけました。
黒いものは、ピストルでした。
「先生!警察には行かせませんよ」
破裂音がして、熱田の握った黒いものから、煙が立ち上りました。
もんどりうって倒れるカマキリ先生。
その、左胸から、真っ赤な血が噴出しました。
「先生っ」
熱田は、駆け寄ろうとするおいらと亜樹子先生に、銃口を向けて、動かないように牽制します。
「おおっと、動かない。動かない」
熱田はピストルを構えたまま、後ずさりして実験室から廊下へ出て走って、逃げていきました。
心臓を撃ち抜かれたカマキリ先生は、息絶える前に、亜樹子先生に机の上のDCA12を指差して言いました。
「葉山せんせい…DCA12は、せんせいに託します…。これで、たくさんの…がん…患者を…」
「ばかなことを言わないで! 先生、生きるのよ。みんなのために! 」
カマキリ先生は、すぐに、集中治療室に運ばれましたが、数時間後、死亡が確認されました。
さて、カマキリ先生を射殺した熱田は、聖真理亜ガーデンの出口に待たせていた車の後部座席に乗りこみました。
乗っているのは、イプシロン製薬の幹部です。
「大和は、始末したんだな」
すでに、後部座席に乗っていた男が、尋ねました。
「ああ、警察に行って、一から十までばらすというのでは、生かしちゃあおけないよ。で、高飛びの飛行機の手配は出来てるんだろうな」
「まあな、おい、まさかピストルを持って、飛行機には乗れないだろ。こっちに渡しな」
熱田は隣の男にピストルを渡しました。
男は、ピストルをもらうと、無造作に座席のクッションを取り上げ、熱田の頭に押し付けその上から、ピストルの引き金を引きました。
その間、わずかに○.五秒、一瞬の出来事でした。
バスッという小さな音がしました。
熱田は、頭を撃たれた瞬間、一瞬、からだが痙攣を起こしましたが、やがてすぐに、動かなくなりました。
「バカめ。患者の臨牀データを盗まれて逃げられるは、大和にはケツをまくられるは、無能なヤツは、我がイプシロンには、いらん」
車は、東京湾の方へ走り去っていきました。
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