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< ひとりバレンタインのお話 | メイン | 人間の壁を越えた男(軍曹診療日誌) >

許されざるもの・死の粛清(7)(8)

akagama / 2007.02.14 23:47 / 推薦数 : 0

   (7)

 千代田区神田駿河台、醫亊臨牀社。

 おいらと亜樹子先生と、田熊さんはそこの応接室にいました。

 田熊さんが情報収集を一通り終えたので、報告したいと亜樹子先生を呼んだのです。

 田熊さんとおいらは初対面なのでお互いに自己紹介をしました。

「いちおう、外部の人間が、調べられることはすんだのでね」

 田熊さんは、分厚いファイルを亜樹子先生に渡しました。

「しかし、大和ってヤツは、半端じゃないヤツだったぜ」

「そりゃそうよ、東大院卒、ハーバードでしょ?」

「いーや、それだけじゃなくってよ。あいつ、自分の女房を、DCA8の実験台第一号にしてやがったんだぜ」

 おいらと、亜樹子先生は顔を見合わせました。

 おいらは、国際治療センターの実験室の本棚に飾られていた、写真を思い出しました。

 今になって、カマキリ先生が、「別れた」というわけをしりました。

 つまり、カマキリ先生と奥さんは、離婚したのではなくて、死別したのです。

 しかも、おいらが、論文で読んだ、DCA8の人体使用第一症例の、三十歳台の卵巣癌の女性というのは、カマキリ先生の奥さんだったのです。

「まあ、自分の女房を、ワケワカラン抗がん剤漬けにして殺すようなヤツだからなあ、腰は据わってるよ」

「うーん、そうかなあ」

 でも、おいらは、田熊さんの見解には賛成できませんでした。

 奥さんを、何のためらいもなく、未知の抗がん剤の実験台にするような人が、写真を実験室に飾ったりするわけありませんから。

 それには、きっと事情があったんだとおもいます

「それから、日本イプシロン製薬の、DCAシリーズの治療トライアルに、参加した末期がん患者の遺族のほとんどにあってきたよ。遺族の話は一応、MDに録音してきたし、そのファイルにも、文書化したものは残してある。遺族の反応はさまざまだが、大和に恨みを持っているのも多いな。毎月二十万円の、協力金で口封じをされているようだがね」

 おいらと、亜樹子先生は、遺族の談話の全てに眼を通しました。

 やはり、遺族にはほとんど正確な病状は知らされていないようです。

 中には、患者さんの病床での状態を毎日、克明に記録していた遺族の方もいました。

 一行一行、つづられたノートの字は時々、涙で滲み、端々に遺族の人の恨みがつづられていました。

 読んでいて、憤怒の心が沸々とわきあがってきます。

 これ以上の犠牲者は絶対に、出せない。

 おいらたちはそう思いました。

「でも、遺族の撮った患者写真と、記録だけでは、不十分だよね。出来れば、患者の病理解剖の記録と、DCA11投与前後の臨牀データがあれば、出るところに出せるんだけどね」

 亜樹子先生がいいました。

「そりゃあむりだ、入院中全てのデータは、国際治療センターの担当医と、日本イプシロン製薬が管理する、公開するときは、この両者の了承を要するなんて、項目が臨牀トライアルの契約書にあるんだ」

「ふうん、患者とその家族でさえ、データも知ることはできないのね。なかなかやるわ、こいつら」

「なので、裏技を使うことにしたよ。治療センターの医師を嵌めて、DCA11を投与された患者のデータを取得してきてもらう」

 田熊さんが、一枚の写真をおいらたちに見せました。

 おいらは、あっと思わず声をあげました。
 

   (8)

 

「国際治療センター、進行性腫瘍治療部レジデント、仙道英樹二十六歳だ。かわいそうだが、こいつには泣いてもらうことにした」

 亜樹子先生がにやりと笑いました。

「田熊、あんたも相変わらず悪いヤツだね。女で嵌めるのね」

「まあね、仙道は、横浜の病院の入り婿だが、家では嫁に頭が上がらないで、夜は街を一人でうろうろしている。そこを一つ、つついてみるよ」


 赤坂見附、TOTホテル。

 最上階のバーで、仙道先生は、ロイヤルサルートの水割りをいただいておりました。

 あまり、家に帰っても楽しいことは無いので、仕事の後は、いつもホテルのバーでお酒をたしなむのが日課でした。

 今夜も、いつものように、お酒をたしなんでおりましたが…。

 ボーイがうやうやしく、ご一緒しませんか、と書かれたメッセージカードを仙道先生のもとに、持って来ました。

「あちら様からです」

 指さされた先には、美しい女性が微笑んでおりました。

 思わずやにさがる仙道先生。

「高嶺華子といいます。お一人で飲まれるのがお好きなんですか」

「い、いえ、そんなことはないのですが、なぜボクなんかに…」

「昔、好きだった人に似ているんです…」

 その夜、普段は一人で飲むのが日課であった仙道先生の、仕事後のバーライフに、お楽しみが一つ加わったわけでございます。

 仙道先生はこの、高嶺華子と名のる、美しい女性と楽しくお酒を飲みました。

 さて、夜もふけて二人はバーをあとにしました。

 高嶺さんが早速、このあとのお楽しみを誘いにかかります。

「どうですか、ゆっくり出来るところで飲みなおしませんか」

 家に帰っても恐い奥さんしかいないので、仙道先生に異論があろうはずがありません。

 フロントで空室を確認して、お部屋にチェックインです。

 仙道先生は、もうわくわく状態です。 

 華子さんは、お部屋のミニバーのセットで手際よく水割りを作ります。

 その時に、ふところから、精神安定剤ジアゼパムの錠剤を、こっそり仙道先生のグラスに落とします。

 二人は、ベッドで乾杯です。

 仙道先生は、いくさ前の一杯といったところで、一気にグラスをあおります。

「私、追加の氷をとってきますね」

 とりあえずの乾杯をした後、アイスペールと、なぜか、ハンドバッグを抱えて部屋をでる、華子さん。

 さて、ジアゼパムは、アルコールに溶けやすく、一緒に飲むと回りやすくなります。

 回ると寝ちゃいます。

 おやおや、華子さんのお帰りを待ってる間に、仙道先生は、大いびきをかいて寝こんでしまいました。

 さて、廊下には氷をとりに向かったはずの、華子さんと男の人が話をしています。

 男の人は、田熊さんです。

 田熊さんはポケットから、お札の束を、華子さんに手渡しました。

「手間かけたね。こいつはお礼だ」

 にやりと笑って、札束をハンドバッグに入れる華子さん。

 華子さんはアイスペールと、部屋のカードキーを田熊さんに手渡します。

「銀座に飲みにでたら、うちにも来なさいよ」

「命があれば、そのうちな」

 田熊さんは、静かに客室を開錠して、中にはいりました。

 仙道先生はだらしなくよだれをたらして、寝ています。

「やれやれ、薬が効きすぎてやがるぜ」

 田熊さんは、仙道先生の体を背負って、バスルームに入りました。

 仙道先生の顔に向かって、シャワーをぶっかけます。

 「うわっ」

 これはたまりません。

 仙道先生は眼を覚ましました。

 

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