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< ひとりバレンタインのお話 | メイン | 人間の壁を越えた男(軍曹診療日誌) >
(7)
千代田区神田駿河台、醫亊臨牀社。
おいらと亜樹子先生と、田熊さんはそこの応接室にいました。
田熊さんが情報収集を一通り終えたので、報告したいと亜樹子先生を呼んだのです。
田熊さんとおいらは初対面なのでお互いに自己紹介をしました。
「いちおう、外部の人間が、調べられることはすんだのでね」
田熊さんは、分厚いファイルを亜樹子先生に渡しました。
「しかし、大和ってヤツは、半端じゃないヤツだったぜ」
「そりゃそうよ、東大院卒、ハーバードでしょ?」
「いーや、それだけじゃなくってよ。あいつ、自分の女房を、DCA8の実験台第一号にしてやがったんだぜ」
おいらと、亜樹子先生は顔を見合わせました。
おいらは、国際治療センターの実験室の本棚に飾られていた、写真を思い出しました。
今になって、カマキリ先生が、「別れた」というわけをしりました。
つまり、カマキリ先生と奥さんは、離婚したのではなくて、死別したのです。
しかも、おいらが、論文で読んだ、DCA8の人体使用第一症例の、三十歳台の卵巣癌の女性というのは、カマキリ先生の奥さんだったのです。
「まあ、自分の女房を、ワケワカラン抗がん剤漬けにして殺すようなヤツだからなあ、腰は据わってるよ」
「うーん、そうかなあ」
でも、おいらは、田熊さんの見解には賛成できませんでした。
奥さんを、何のためらいもなく、未知の抗がん剤の実験台にするような人が、写真を実験室に飾ったりするわけありませんから。
それには、きっと事情があったんだとおもいます
「それから、日本イプシロン製薬の、DCAシリーズの治療トライアルに、参加した末期がん患者の遺族のほとんどにあってきたよ。遺族の話は一応、MDに録音してきたし、そのファイルにも、文書化したものは残してある。遺族の反応はさまざまだが、大和に恨みを持っているのも多いな。毎月二十万円の、協力金で口封じをされているようだがね」
おいらと、亜樹子先生は、遺族の談話の全てに眼を通しました。
やはり、遺族にはほとんど正確な病状は知らされていないようです。
中には、患者さんの病床での状態を毎日、克明に記録していた遺族の方もいました。
一行一行、つづられたノートの字は時々、涙で滲み、端々に遺族の人の恨みがつづられていました。
読んでいて、憤怒の心が沸々とわきあがってきます。
これ以上の犠牲者は絶対に、出せない。
おいらたちはそう思いました。
「でも、遺族の撮った患者写真と、記録だけでは、不十分だよね。出来れば、患者の病理解剖の記録と、DCA11投与前後の臨牀データがあれば、出るところに出せるんだけどね」
亜樹子先生がいいました。
「そりゃあむりだ、入院中全てのデータは、国際治療センターの担当医と、日本イプシロン製薬が管理する、公開するときは、この両者の了承を要するなんて、項目が臨牀トライアルの契約書にあるんだ」
「ふうん、患者とその家族でさえ、データも知ることはできないのね。なかなかやるわ、こいつら」
「なので、裏技を使うことにしたよ。治療センターの医師を嵌めて、DCA11を投与された患者のデータを取得してきてもらう」
田熊さんが、一枚の写真をおいらたちに見せました。
おいらは、あっと思わず声をあげました。
(8)
「国際治療センター、進行性腫瘍治療部レジデント、仙道英樹二十六歳だ。かわいそうだが、こいつには泣いてもらうことにした」
亜樹子先生がにやりと笑いました。
「田熊、あんたも相変わらず悪いヤツだね。女で嵌めるのね」
「まあね、仙道は、横浜の病院の入り婿だが、家では嫁に頭が上がらないで、夜は街を一人でうろうろしている。そこを一つ、つついてみるよ」
赤坂見附、TOTホテル。
最上階のバーで、仙道先生は、ロイヤルサルートの水割りをいただいておりました。
あまり、家に帰っても楽しいことは無いので、仕事の後は、いつもホテルのバーでお酒をたしなむのが日課でした。
今夜も、いつものように、お酒をたしなんでおりましたが…。
ボーイがうやうやしく、ご一緒しませんか、と書かれたメッセージカードを仙道先生のもとに、持って来ました。
「あちら様からです」
指さされた先には、美しい女性が微笑んでおりました。
思わずやにさがる仙道先生。
「高嶺華子といいます。お一人で飲まれるのがお好きなんですか」
「い、いえ、そんなことはないのですが、なぜボクなんかに…」
「昔、好きだった人に似ているんです…」
その夜、普段は一人で飲むのが日課であった仙道先生の、仕事後のバーライフに、お楽しみが一つ加わったわけでございます。
仙道先生はこの、高嶺華子と名のる、美しい女性と楽しくお酒を飲みました。
さて、夜もふけて二人はバーをあとにしました。
高嶺さんが早速、このあとのお楽しみを誘いにかかります。
「どうですか、ゆっくり出来るところで飲みなおしませんか」
家に帰っても恐い奥さんしかいないので、仙道先生に異論があろうはずがありません。
フロントで空室を確認して、お部屋にチェックインです。
仙道先生は、もうわくわく状態です。
華子さんは、お部屋のミニバーのセットで手際よく水割りを作ります。
その時に、ふところから、精神安定剤ジアゼパムの錠剤を、こっそり仙道先生のグラスに落とします。
二人は、ベッドで乾杯です。
仙道先生は、いくさ前の一杯といったところで、一気にグラスをあおります。
「私、追加の氷をとってきますね」
とりあえずの乾杯をした後、アイスペールと、なぜか、ハンドバッグを抱えて部屋をでる、華子さん。
さて、ジアゼパムは、アルコールに溶けやすく、一緒に飲むと回りやすくなります。
回ると寝ちゃいます。
おやおや、華子さんのお帰りを待ってる間に、仙道先生は、大いびきをかいて寝こんでしまいました。
さて、廊下には氷をとりに向かったはずの、華子さんと男の人が話をしています。
男の人は、田熊さんです。
田熊さんはポケットから、お札の束を、華子さんに手渡しました。
「手間かけたね。こいつはお礼だ」
にやりと笑って、札束をハンドバッグに入れる華子さん。
華子さんはアイスペールと、部屋のカードキーを田熊さんに手渡します。
「銀座に飲みにでたら、うちにも来なさいよ」
「命があれば、そのうちな」
田熊さんは、静かに客室を開錠して、中にはいりました。
仙道先生はだらしなくよだれをたらして、寝ています。
「やれやれ、薬が効きすぎてやがるぜ」
田熊さんは、仙道先生の体を背負って、バスルームに入りました。
仙道先生の顔に向かって、シャワーをぶっかけます。
「うわっ」
これはたまりません。
仙道先生は眼を覚ましました。
お忙しい中、何時も御訪問誠に有難うございます。一押しお願い頂ければ誠に幸いでございます。
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