ある高機能のASの人とのカウンセリングの中で、本人から「庇護を求めていた」という言葉が出てきて、さまざまなASのタイプを統一するイメージが浮かんだ。
もとは「庇護」なんだ。だから「100パーセントが当たり前」で、「対等の関係にはならず」、「相手の人格を想定しないで良い」のだ。
「庇護」という言葉は無条件の理解と保護を意味する。だいたい胎児から乳児に対する親の行うことが「庇護」で、親は当たり前に100パーセントの責任を負い、乳児本人からの要請や
親子の相談は必要なく「以心伝心」で親は乳児の求めていることを理解し、提供する。
反対にケア(世話)する立場になった場合はASの人はケアされる側のニーズを聞くことをせず、結局第三者から見ると「支配的な押し付け」になるが、これも「庇護」モデルの反対側を演じているのだと考えると説明がつく。
ASの人の理想とするコミュニケーションのあり方にも非常に似ている。「言わないで分かってほしい」。これを求めていると想定すると、ASの人の行動が理解可能となる。
乳児期までは当たり前に「庇護」を求めることが出来る。
しかし3歳くらいになり、「自分の気持ちを言語的に説明しないと伝えられない」段階になり、多数派の場合は、「親対子の二者の庇護関係」から、「その場の全体の空気の中での親と子の関係」に移行する。
その中で庇護の持つ100パーセント無条件の特質は不可能であることを子供も少しずつ受け入れて行くと想像も出来る。
対してASはおそらくこの二者関係の「庇護」のイメージでずっと成長して行くのだろう。その結果が受動型ASの特定の愛着対象への100パーセント要求と考えると理解可能だ。
積極奇異型ASの「仕切りたがる」「全体からの注目」欲求ももしかするとこの「庇護」の変形したものと考えると直感的に理解が出来る。
思い切って図式的に整理すると、受動型ASは「相手を限定する方向で適応する」、積極奇異型ASは「ちょっと形式を変形して自分が注目される形になることで満足する方向で適応する」という風に想像できる。
このケースの場合は、母親がジャイアン型ADHDで、こっちは対人個体認識の障害(顔や名前を覚えられない等)のため、実は乳児期に「庇護を断念せざるを得なかった」ような形となり、一種の情緒障害となったことが思春期以降の激しいいろいろな症状の基本になっている可能性があるという話になったのだが、庇護を求めるASの子と、与えられない「平等な」ADHDの親という相性は必然的にこういう結果をもたらすことが想像できる。
私はASの人の対人行動の特徴を「愛着」という言葉で表現していたのだが、基本に「庇護を求める」心性があるとイメージすると理解しやすいので、もっと良い表現を考えているところだ。
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コメント
コメント一覧
説明抜きで理解してほしいという気持ちがあります。
説明するというコミュニケーションは嫌いではありませんが、疲れます。
そんなことしている時間にもっとブラッシュアップできるわけだし、人生の時間を有効に使えると思ってます。
(まだ父は存命ですが、父が灰になろうとも、もう会うことはないと思います。)
あれは9年前、私が結婚直後に「結婚相手に会いたい」と姉を介して言い張ったので、母抜きでファミレスで会ったときのことです。
ずっと意味が分かりませんでした。
が、今回の「庇護」の記事で、なんとなくピンときました。
「独立」という意味で、このブログへの「アクセス」も「コメント」も今回を最後にしようと思います。
長いこといろいろとお世話になり、ありがとうございました。どうぞこれからも発達障害の人たちのために、またご自分のために「深い研究」をお続けください。
僕は1年半ほど前にようやくASの診断を受けました。大学に入った19歳当時から相当重度な社会不安障害がくっついていて、4年ほど過食嘔吐、アルコール多量摂取、強迫性人格障害様の自分の興味に対する異常な執着があり、そこから脱しようと自分なりに試行錯誤し、2年ほど前にようやくアルコールの嗜癖のみとなり、今年の3月にACがくっついた大きな原因になった出来事にカウンセリングを通しひとまずピリオドを打ちました(病院には2年ほど前に通院を始めました)。今ではAC、社会不安障害、アルコールの嗜癖もとれて無事大学に復帰し、本当に久しぶりに「健全」な大学生活をおくれるようになりました(25歳にして)。卒業までは最低であと1年半もかかってしまうのですが、、、。
今回投稿にいたったのは、今までも、先生の分析やこのブログを通してかなり多くのことを学び、助けられました。自分をASとして受け入れ、好きな部分も嫌いな部分もそのまま自分の「お気に入り」にでき、そういう自分の「違い」を楽しめるようになったのも先生の「偏屈者宣言」の影響が結構あると思っています。「ここまでリアルに実践的にASの本質を理解し、しかも論理的に分析できてるなんて」と何度も驚かされ、自然に笑みが浮かんでくるほどうれしくなりました。海外のもの含め、AS関連の本は何冊か読みましたが、知っている限り、先生の考え方ほど首尾一貫してわかりやすいものはないのではないかと思います。
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そして今回の「ASは庇護を求める」というのは、これはまさに自分の心の一番深い部分にある感情だと直感的に感じました。長い時間をかけ、何度も事故を起こしながら、他人とのコミュニケーションの方法を学び、自分を抑える訓練をして、大分まともに(それでも週に本当に数人ですが)人と「普通」にかかわれるようになったけれど、それでも別れたあと一人になるといつもどこか物足りなさが残り、磨り減っている自分がいる。「本当は自分の中にいる本当の自分を全部そのまま外に出して、そのまま受け入れてほしい」「自分の感じていることを全部感じてほしい」「自分の見ている世界を全部みてほしい」「そんな自分を好きになってほしい」と強く、強く感じてしまう。でもどれだけ感じても、「多数派」の世界はどうやらそうなっていないようですね(学びました)。
先生の分析でひとつしっくりこなかったのは「愛着」があるかないかでした。自分で基準に当てはめてみると、ASだったらば、積極奇異型だが、ADHDである可能性もある気がする(場合によってASより当てはまる部分がたくさんあったからです。過集中ももっと典型的なASの人より短いように思える)。「愛着」とはどれのことだろうか?と、ずっと考えていました。なぜなら、確かに、何かに「はまっている」時は、それが人生で一番大切なものとなり(というかそれ以外は存在しない世界となり)、愛着があるように見えます。しかし、いったん飽きてしまうと(極めた、満足、と自分で感じると)、今までのは何だったの?といいたくなるくらい簡単に、ガラクタのようにぽいっと捨てて、次の対象へ向かうからです(これは愛着なのか?)―かなり熱しやすくて冷めやすいのです。
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医師からはASという診断を受けたものの、カウンセラーには、先生のホームページの基準で自分はどうなるか、と何度も尋ねました。でもカウンセラーも「愛着」とは何を意味しているのか、ちょっとわからないので、決めようがないと言う答えでした。「でも君は一般の基準で見たらASだよ」ということです。でも先生の基準で診断してみたいという思いは消えず、ずっとモヤモヤしていました。
でも今回のこの「庇護を求める」というのは本当にしっくりきます。要するにもともとはただそれだけだった。ただそれがほしかった。その説明で僕の人生に起きた出来事(なぜ中学から違和感を感じ始めたか、なぜ高校であんなに異常なまでに悩んだか)すべて説明がつきます。人とのかかわりの中で、環境が変わり「庇護」が簡単に手に入らなくなった。みんな大人になっていきそれほど注目されなくなった、ストレスがたまる日々が続いた、人生が苦しくなった、嗜癖するしかもう手がなくなってしまった、、、。
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今回のブログを読んだのは何日か前ですが、読んだときから「これはどうしてもコメントしたい、直接すばらしいと伝えたい」と強く感じ、いてもたってもいられなくなりました。いまようやくまとまった時間が取れたので、コメントさせていただいています。
僕のようにコメントは一切しないで、それでもこのブログを「愛読」している人がたくさんいるはずです。たった一人で部屋に閉じこもり、コメントをする勇気もなく、ただただほんの少しの励ましを求めて読むしかない人、自分が嫌いで嫌いで、それでも好きになりたくて、でも嗜癖がやめられない人、ひどい自己嫌悪を感じている人、くやしくてたまらない人。僕がそうだったからです。いつか、是非本を書いてください。そしたらバイブルのように大切に読み返すと思います。もしそれが不可能でも、先生のホームページ、このブログの全ページを印刷して、念のために2部くらい作って、本棚においておこうと考えてるくらいなんですから。
いつもありがとうございます。またいつか機会があればコメントさせていただきます。
私の場合、100%正しい自分の考えってのが根底にあるので、周りにも私の正しさが理解してもらえると感覚もあり、相手の個性を制限してしまいがちな事が問題だと「今は」認識しています。最近では、相手には相手の自由がある事を常に意識することで、思いの他上手くコミュニケーションが取れるようになって来ました。
愛着、と言われても、私はあまりピンと来なくて、今までADHDの夫に、話を分かってもらえるまでガーっとしゃべって、何で分からないの?って理解を得ようとしたりしてました。
(夫の、そんなのどーでもいい、という姿勢に余計腹が立ってしまうので、ハッスルしないよう出来るだけ冷めた口調で、要点を押さえて発言しようと努力中です)
積極奇異型は、庇護を求めるというよりはもう少し進んだアメリカ的タイプで、仕切ること、注目されることで自己表現をすることで、満たされるんだと思います。受動型(日本的)よりも、”自分を出すこと”を苦痛に感じないんじゃないかなー。って感じる。
映画の内容が、裕福で強い者(サンドラ)が貧乏で弱い者(黒人青年)を全面庇護し、さまざまなものを買い与え、家に住まわせ、自分の子供そっちのけで、全力で応援してアメフト選手に育てる、というものでした。
「ああ、ここまで庇護してもらいたいんだ、、、」とその時思いました。とても印象深かったです。
庇護というより、障害に関する配慮は必要だと思います。
走れない人に無理に走れとは言わないように、ASの人も生きやすい環境づくりは必要だとです。
(まだASについて勉強が不十分なために無理解なことを書いてしまってたらすみません。)
主治医からは人格障害だろうといわれていますし、父は自閉症の特徴がいくつか当てはまります。
私が想像するふつう親とは、子供の世話をしたり養育費を出したり、つまり最低限は子が死なないように、更には慈しむ親です。
私はそれを求めていました、のどから手が出るほど。
しかし、父から貰えませんでした。
AS(?)父の思考は、私が考える「親の愛」と、大きく違うのかもしれない。
AS(?)父は、「子(私)から父への愛着ありき」だったんじゃないだろうか?
慈しむとか、理解されるとか、必要とされることを受身で期待していたんじゃないだろうか?
「発達障害と人格障害7.人格障害」の以下の文章と、この「庇護」の記事が私の心に刺さりました。
>受動型ASと呼ぶ一群の人々は、本質的に依存的で、「必要とされる」ことを求め続ける。
必要とされないと非常に不安となり、「自分が相手に必要な存在であること」を確認するために自傷行為などもする。
実際に「自分は要らないのか?」と言い出して境界例のように依存させてくれていた相手を試すような行動を取る。
子供の頃、家に帰って母が居ないとき「お母さんは?」と聞くと父は決まって「お母さんなんかいらないだろ?」と言いました。
病院にも連れて行ってくれない父に、「うん、お父さんさえいればいい」などと言うはずもないのに、何度も何度も聞かれました。
父からのひどい仕打ちは、両親が不仲だったせいだと思っていました。
(物心ついたときから兄姉と差別され、頭が悪いと決め付けて馬鹿にする。自分の子供として見ない。母と私をまとめて「てめえら親子」と呼んで毎日侮辱の言葉をあびせる。喘息で苦しんでいても、そばでタバコを吸い続けた。)
しかし、直接の原因は、両親が不仲ではなく、私が「お母さん子」だったことがAS(?)父にとって許せなかったからだろうか?
最近になって、幼い時に父親に服の中に手を入れられたり、服を無理やり脱がされそうになったのを思い出しました。
(断片的な瞬間しか思い出してないので、どこまでどうされたのか分かりません)
これはAS(?)父からの「試し行動」だったのでしょうか?
それとも単に、性的興奮を得るためだけでしょうか?
あるいは、弱い者を痛めつけて自分の強さを誇示したかったのでしょうか?
分からなくて苦しいです。
来週からカウンセリングを受けます。
カウンセリングでの大きなマイルストーンは記憶の再統合であり、父がなぜこんな事をしたのかということには
焦点は当たらないでしょう。
でも、納得が欲しいのです。
こちらのHPで勉強させていただいて、母は依存型ジャイアン(ボーダー型)だと自己判断したことで、
私は少しは変われたと思っています。
母の行為を「納得」出来るようになりました。深く恨んだり悲しんだりしなくなりました。
父の行為をASゆえだと推測して間違ってないでしょうか?
よろしくお願いします。
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