DSM‐Ⅳによる回避性人格障害(Avoidant Personality Disorder)の診断基準
A.社会的制止や不適切感、自己に対する否定的評価に対して過敏性の広範な様式であり、成人期早期に始まり種々の状況で明らかになる。以下の7つの基準のうち、4つ以上があてはまる。

1. 人からの批判、否認もしくは拒絶に対する恐怖のために、重要な対人接触のある職業的活動を避ける。
2. 相手に好かれていることを確信できなければ、他人と関係を持ちたいと思わない。
3. 恥をかかされることや馬鹿にされることを極端に恐れて、親密な関係の中でも相手に遠慮してしまう。
4. 人が集まる社会的な状況で、人に批判されることや拒絶されることに心が捕らわれている。
5. 『自分は人と上手く付き合えない』という不適切感によって、新しい対人関係がつくれない。
6. 自分は社会的に不適切である、自分には長所がない、または他の人よりも自分が劣っていると思っている。
7. 恥をかくかもしれないという理由で、個人的な危険を冒すことや何か新しい活動を始めることに対して、異常なほど引っ込み思案である。


私はこれを見て3種類の人を連想する。
①ADHDのAC (ジャイアンACは大げさで、ノビ太のACは引きこもり傾向になる)。
②愛着の対象との関係で不幸な経過をたどった受動型AS。
③ひどい虐待を受けて育ったりトラウマを抱えた情緒障害型依存型ジャイアン。 

いずれもいじめや対人関係がうまく行かなかったたくさんの体験の「二次障害」としてこの傾向が生じる。

①ADHDのACは「自分が間違いと思い込む」という形。

②受動型ASはもともと子供の時から「外」では緘黙傾向であり、特に2.と7.は受動型ASに特徴的な認知と行動のパターンである。ただ5.になることは少なく、よほどひどい目に遭った場合にこれに当てはまる状態となるだろう。

③情緒障害型依存型ジャイアンは、非言語的な人格否定の中で成長するので、「周囲の人はいつ攻撃してくるか分からない」という異常に悲観的な対人認識となることがあり、3.や7.となる。この場合もよほどひどい目に遭わない限り5.を自覚することはむしろ少なく、通常は意外に対人関係に楽観的だったりする。
http://www.geocities.jp/yanbaru5555/jaianess.htm

 ADHDでも受動型ASでも、まず発達障害の診断をつけることで「説明」出来れば半分は解決する。残りは「トレーニング」で改善可能である。

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DSM‐Ⅳによる依存性人格障害(Dependent Personality Disorder)の診断基準
A.他人に世話をされたいという過剰な欲求があり、そのために従属的でしがみつく行動をとり、分離に対する不安を感じる広範な様式である。成人期早期に始まり、種々の状況で明らかになる。以下の8つの基準のうち、5つ以上があてはまる。
1. 日常の些細なことでも、他人から有り余るほどの助言と保証が無ければ決断できない。
2. 自分の生活のほとんどの主要な領域で、他人に責任をとってもらいたがる。
3. 他人の支持または是認を失うことを恐れて、他人の意見に反対を表明することが困難である。
4. 自分の判断や能力に自信がないため、自分で計画を立てたり物事を決めることができない。
5. 他人から愛情や支持を得るために、自分の不快なことでもやってしまうことがある。
6. 自分で自分のことができないという強い恐怖や無力感を感じている。
7. 親密な関係が終わったときに、自分を世話して支えてくれる別の関係を必死で求める。
8. 自分が世話をされずに放っておかれるという恐怖に、非現実的なまでに捕らわれている。

 受動型ASと呼ぶ一群の人々は、本質的に依存的で、「必要とされる」ことを求め続ける。

 必要とされないと非常に不安となり、「自分が相手に必要な存在であること」を確認するために自傷行為などもする。実際に「自分は要らないのか?」と言い出して境界例のように依存させてくれていた相手を試すような行動を取る。

 認知と行動全体が「受動的」に出来ており、「自発的な行動
」自体、自分の責任ということ自体が分からない。

 その結果、「何故行動したか?」と聞かれれば、「依存相手がこうしたから、こう言ったから」と言い、「結果的に責任転嫁の言い方になる」ということになる。

 この一群(受動型AS)は「人格自体が依存的に出来ている」ので、この仲間と診断されうるだろう。
 
 もう一つ、ADHDで強い依存相手の顔色を伺う刹那的なスタイルになった一群(私は「依存型ジャイアン」と呼んでいる)がこれに似ている。
 
 強迫的で支配的な依存相手の指示なしには何も決定できない。口うるさい母親のような依存相手から言われないと何もしない。その意味では非常に依存的だ。
 「責任」の観念自体が分からないケースが殆どだ。

 本質的には全く異なる発達障害の二つの帰結が結果として表面上非常に似通った言葉で表現されうるのは面白い。

 ちなみにこの二者の根本的な違いは、依存型ジャイアンは「人を人とも思わないで利用するだけ」「自分の有利になることしか考えない」のに対し、受動型ASは「相手を怒らせて嫌われても依存に執着する」というところだ。

 ADHD群は対人個体認識の障害であるので、「依存」と言ってもほとんど「利用」であるが、「ASは人に執着しすぎる障害」であるので、本当に病的な依存と言えるところだ。
 
 ちなみにケアは、依存型ジャイアンは認知療法で「責任」や「意味」を教えて劇的な「再インストール」が可能であるが、受動型ASは現在のところ私は「愛着の相手から空間的に遠ざかる」という現実的な調整以外の決定的なケアの方法を私は開発できていない。

 実際にケアしている受動型ASのケースは結局夫婦のケースは別居で安定し、親子のケースも子供の施設入所を真剣に検討している。 

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