これまでたびたび言及してきたが、私自身ケアする責任者として、相談者本人を依存させてしまったという反省が実際多く、今回の「戦力外通告」から「成人例のネット相談への移行」の経過でも幾つものケースで依存が生じていたことが明らかになった。
本人の言葉を借りれば、「この形の診察に終わりが来るとは夢にも思わなかった」という表現になる。
最近私はこの問題をずっと考え続けているのであるが、「私が実際に本人の現実の問題を解決してしまう」ことが多いのが依存の一因であることは間違いないだろう。
例えば福祉事務所の担当ワーカーから明らかなハラスメントを受けている精神科通院の当事者が居たとして、私は主治医として福祉事務所に抗議したりして来た。
また、いろいろな事情で障害年金を受けられ無かった当事者に、いろいろな知恵を使って診断書を書いて、実際受給できるようにしたりもする。
実際ジャイアン諸氏は現実的な利益が一番大事なので、私の外来に通っているメリットは実際上はこういう経済的なものを含む「主治医の利用価値」なんだろうと私自身は理解している。
(私もジャイアンなのでそういう形で「利用価値」だけでつながることへの抵抗は実はそれほど無いのだが)。
私は「ともに考え」て来たつもりであったが、実際かなり難しいケースワーク(いろいろな手を使って行政を動かす等)の話になるので、結果としては「何でも主治医が解決する」の図になってしまっていたとは思う。
実際問題として、一利用者の発言で動かないものが、医師からのクレームだと動くことも実際あるのも事実で、私自身ジャイアンとしては、「明らかに有利な道が見えていてそちらに行かない」という選択が難しい面がある。
実は依存が表面化したケースは、この現実的「解決」がうまく出来なかった場面で、あたかも「生活の全てを主治医が保証して当たり前だろう」というような過大な要求と、当然それを前提とした失敗した主治医への攻撃が起こった場合だった。
以前にも書いたが、期限を切った「治療契約」をしつこく杓子定規に作って、その枠からはみ出さないように非常に注意深くサポートする形にしないと、ジャイアンはこういう便利で利用価値の高い主治医に「丸投げ依存」するという図になるだろうということは想像は出来る。
やはりこういう厳しい自己責任の明確化を行わないと発達障害のケアは難しいのだろう。
発達障害がKYである(空気が読めない)ことの意味として、細かく分析すると以下の3つの要素に分割することが出来る。
A「主に非言語的な周囲の人の表情や言い方などの雰囲気を感じて直感的に感知する」こと。「感知」と呼ぼう。
B「感じ取った空気(上記の非言語的な雰囲気等の)の情報から、多数派流の状況理解を(自覚するか否かはともかく)察知する」こと。「察知」と呼ぼう。
C「上記の察知に基づいた多数派流に状況を正確に弁えた行動を取れる」こと。「反応」と呼ぼう。
「無視されても気付かない」情緒障害や動作性IQの特定のタイプのADHDは、「感知」自体が出来ない。「天然」と呼ばれるあっけらかんとした一群だ。
「ACに似た自己評価の低下が重症になるADHD」は、「感知は出来るが察知に失敗する」タイプで、結果の反応が外れたことは感知できるので、特に思春期以降に自己評価が低下することになる。
「ジャイアン」群は特殊な形になる。「自分の立場が有利になるか否か」に関してはしばしば多数派よりも鋭い感知と察知が出来る反面、自分の反応の周囲からの結果に対する「予知ないし想像」がまったく出来ない。これを私は「状況理解の非対称性」と呼んでいる。
「AS」は大きく「オタク的マイペース群」と「過剰反応群の二つに分けられると私は考える。
ASでも「感知」しない一群は見られるが、実はよくよく見れば、愛着の対象に関してだけ感知できたりすることも多い。愛着の対称でない相手への無関心の結果感知もしないように見えることを能力的な問題と考えるべきではない部分がある。
ASの場合は、感知は出来ても、「察知」は99パーセント「AS流」なので、表面上は「普通に」振舞えても、実は多数派的な尺度で言えば「過剰反応」になっていると私は考える。
AS流の「察知」に基づき、AS流の「反応」をし、またASの人はAS流が普通であると確信していることが多いので、結果的に「KYに見える」ことになる。「多数派に合わせる必要性を認識しないで合わせない」ことを「空気が読めない」と表現されていることも実際多いだろう。
「オタク的マイペース群」のASの人は、人以外の分野(例えば音楽等の芸術や技能、フィギュアや昆虫、恐竜、車など)に興味が偏り、ごく少数の愛着の対象以外には人間にほとんど関心を示さないので、結果的にKYに見えるが、「感知」も出来ないのとは違う可能性を想定するべきである。
「過剰反応群」は、表面上はAC(アダルトチルドレン)に酷似する周囲の人の非言語的な表情、動作や言い方などへの過剰な反応が特徴的である。これは「ASのAC」なのではなくて、実はASのままでAC的なのだろうと私は考える。
「空気を読みすぎる」という結果となり、表面上は「境界性人格障害」と呼ばれる一群に酷似する。私は「受動型AS」と呼んでいる。
旧「あおぞらクリニック」に通院しておられた方々へ
あおぞらクリニックは閉院になりました。当面4月、5月本部町の「ノーブルメディカルセンター」まで来られる方は、ノーブルの事務の方で予約を取り直しています。ノーブルの事務まで電話で予約してください。
成人は木曜で15分枠、20歳未満または子育て中の発達障害の親の方は金曜で一時間枠です。いずれもネット相談を併用する方針ですので、ネット相談専用のパスワードつき掲示板かブログを各自準備をお願いいたします。
「日本ADHD学会」午後のシンポジウムで、座長の齊藤万比古先生が「self esteemとは?」という質問を投げかけられ、大変鋭いポイントと感銘を受けた。
シンポジストの先生の中では、早稲田大学・社団法人発達協会の湯汲先生(PSW)が「自己安定感」という表現をされたことに説得力を感じた。
通常はこの問題については「二次障害で自己評価が低下するから、「大事にされている」感覚を持たせることが大事と説明されるが、例えば「反抗挑戦性障害」と呼ばれる(ここではジャイアン型の攻撃が前面に出たタイプだろうと思うが)一群では、むしろ偉そうにして、「前提のところでは」自己評価は下がっていると思えないところがあり、ASの場合はもっと「下がらない」印象があるので、私は通常の説明には当てはまらない現象があると感じていた。
齊藤先生の質問の意図がどのようであるかは私には分からないが、実際問題不適応が存在する以上、ただ落ち込まないように表面上フォローしても本質的な意味は無いだろうと思う。
このブログで展開してきた「衝動統制の障害としてのジャイアン型」という観点からすると、「傷つかないようにフォローしてもらえた」とすればこれ幸いと責任転嫁するだけの逃げ道を与えることになってしまい、ジャイアン本人の立場からすると本当に救いになっているのだろうか? と思う。
私自身は、「大事にされる」といった情緒的なニュアンスはむしろ極力そぎ落として、ただ「理解された」「説明された」という感じで十分で無いかと考える。
なぜなら、結局ADHDにとっては他者は利用する手段でしかない部分があり、ジャイアンにとっては大人でも子供でも自己決定権は一番重要なので、「理解」以上の情緒的フォローは責任転嫁や依存を招くだけで、「自己責任」の対極にある「甘さ」になってしまう可能性を想定するからだ。
そういう意味で湯汲先生の取り組みは、比較的医学的でない独自の表現を使われながら、思春期にかかるジャイアンにとっての非常に大事なポイントを述べておられたと思う。特に同先生の「理由がいえない」「刹那的」「理解力の問題」というポイントへの言及は、私の「依存型ジャイアンは合理的思考が出来ない」という立論とかなり近いと感じて印象的だった。「ハードな現場からの発想」と言う意味で共通するのだと思う。
4月4日、東大で日本ADHD学会が開かれ、一泊二日で上京して参加させて頂いた。
どの発表も感服するばかりで、特に私自身は「同じ種類で能力が数倍高い」という人を目の当たりにして、考えさせられることが非常に多かった。
帰路の飛行機では、例によって「そうそうたる研究者の方の中で自分のような者が発言したこと自体大変分不相応だったはず」という自己突っ込みが激しく、久しぶりに不安定になった。
私は自ら開業して経営のリスクを負って発達障害ケアを続けることからも逃げている。(家のローンは言い訳でもあり、実際銀行は貸してくれないだろう)。
また、昨年の年頭にも宣言しておきながら、結局学会発表などの学問的な活動については、その準備すら取りかかれて居ないままだ。このブログが言い訳のようになっているのだが。
結局どちらにも中途半端で、冷静には「とにかくどちらでも地道な努力を示してから発言なりしろ」というのは当然だ。
実際にきちんと臨床に取り組みながら、なおかつ立派な発表をされる能力と努力を払っておられる人を目の当たりにして、言い訳も機能しなくなった。
平成22年3月まであおぞらクリニック通院しておられたかたがたへ
平成22年4月15日以降成人は木曜、20歳未満は金曜で受診が可能となりました。外来での予約取りなおしの作業を再開します。
内容は以下の通り。
1.「20歳未満」または「本人が発達障害で子育て中の親」については、毎週金曜に一人当たり一時間枠(わく)で予約を取ります。親子同時受診の場合は合わせて一枠(わく)としてください。
2.その他の成人のケースは、毎週木曜の午前と、第二、第四木曜(那覇鑑別所と沖縄県発達障害者支援センターがじゅま~る外勤)を除く第一、第三、第五の木曜午後に、15分枠で予約を取ります。成人は原則として医療としての診察は処方の相談と診断書類のみ5分から10分程度。その他の発達障害に関わる丹念な聴取や細かい説明が必要がある相談は個別のパスワード付きブログや掲示板を通じたネット相談で行います。
今月は15日は丸一日成人の外来で9時から。22日は午前のみ。16、23、30日は一日「児童思春期・発達障害外来」(20歳未満または子育て中の親)とします。
いずれも本部町のノーブルメディカルセンターで外来を行います。
まったく新規の診察希望の方はこれまで通り最初にメール相談で詳しく相談内容を教えていただき、私自身が振り分けを行います。
しばらくの間御心配をかけましたが、希望者には何とか時間を短くして継続する体制を作る方向で病院の先生方にも大変配慮を頂き、私自身も努力しております。
皆さんはネット相談のパスワード付きブログか掲示板の準備を各自でお願いいたします。メールアドレスがあれば、例えば「FC2掲示板」などで「プライベートモード」に設定するだけで簡単に無料で作れます。出来たら主治医にメールなどでアドレスとパスワードを教えてください。
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