ジャイアン型ADHDの場合、子供などの「経過を知っておきたい」ことから来る「管理型共依存」が見られることは以前に述べた。実はこの他にちょくちょく見られるADHDの関与する共依存があり、なかなかパッとした表現が見つからないが、「行き違い共依存」として説明してみよう。
合理的なADHD、またはジャイアンでも合理的に行動する場合に、「状況に対して合理的に行動していたことが結局共依存の車の後押しだった」という現象が実に頻繁に見られる。
非常に不条理な家族や関係者が居る場合、「その他の家族のために安全を守る」などの「合理的必要」があって、または「全体の利益のためには自分がするしかない」という合理的な判断によって、言わば「行き違い」で結果的に共依存状態が出来上がってしまうということだ。
通常「共依存」は依存させる側、世話をする側も「相手にとっての必要」という立場に依存することで、自分自身の不安が消失するなどの心理的なメリットを得る形になっている。
ジャイアン的な「管理型共依存」には「自分の予想しなかった結果になることが無い安心」が得られるので共依存的な形ではある。
ところがこの行き違い共依存は自覚症状上は依存はまったく存在しないのだが、結果の形は明らかにイネイブラーになっているところが皮肉といえば皮肉だ。
「DVのパートナーが子供たちに怪我をさせないために子供たちを守ろうとしてずっとフォローしてきた」行動は合理的には非難の余地は無く、これを共依存だったと指摘するのは非常に辛いのであるが、結果はこのパートナーを尻拭いする結果になり、パートナーおよび子供たちが依存型ジャイアンになって行くプロセスの後押しになっていた。
「相手がジャイアンの依存性を持っている場合には」という条件をつけて考える問題かも知れないが、実際こういう行き違い共依存の現象はしばしば見られる。
先の例で言えば、「DVのパートナーが不条理な暴力でしつけるという方針を改めない段階で子供を連れて別れる」という選択を、(子供がジャイアンである場合には)、する必要があったということだ。
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コメント
コメント一覧
これは子供がジャイアンでなくてもそうする必要があると思いました。
これも「否認」という先延ばしなのでしょうか・・・
そして、なんでも合理的に考えられるやんばる先生がうらやましいです。
わたしには、合理的な考えをすることは大変難しく、感情で動いていつも失敗するからです。
なんとなく、自分の問題が見えてきました。
更新楽しみにしています☆
私の父は普通人でしたが、ジャイアン母の子供に対するDVを結果的に継続させることとなりました。家庭内に不条理な人間がいると、普通の人でさえ冷静に判断することは難しいかと思います。ましてや一昔のこと、普通の人間にそうそう離婚などできません。父がとった行動は、いかにして母を激昂させないかでした。子供にとっては地獄以外のなにものではなかったですが、今では父のことは許しています。大人になって、自分自身が人間のもつ根源的な弱さを知り、理解を示せるようになったからです。常に冷静に判断できる人間などいないのですから、、、
ただ、いまだにイネイブラーの役割を果たしている父とは個別の関係においては健全な親子関係を保てていますが、一度母が絡むと奇妙な状況になります。父は、「それでもお母さんはお前のことを愛しているんだ、あんなに子供を愛する人は見たことが無い」と、ダブルバインドをかけてくるのです。もちろん母の激烈な愛というのは、先生が再三説明されている通り、自らの不安を取り除くための自己中心的な仕切りに過ぎないのですが。(それは、母が結局私の人生を思い通りにしようと圧力をかけてくることに如実に現れています)
そんな時は、生物の基本に立ち返りながら、過去のこととは別に合理的に話を進め冷たく切り離します。この際に先生のブログはいつも役にたっています。母に悩まされる父は気の毒とは思いつつ、自業自得だと思っています。家族は私のことを情のない人間だと思っていますが、本当にそれ以外建設的な道がないのです。ほんの少しでも合理的にものを考えられない(というか、考えられるのだがわざと拒絶している、なぜなら成長したくないから)人と付き合わなくてはいけないとしたら。
…をし、実行に移すには準備が必要でした。
一度家庭に入った女に、
仕事はあるのだろうか?
今更どんな仕事ができるのだろうか?
家は借りれるのだろうか?
微々たる収入で、生活していけるのだろうか?
不安は無限大でした。
そこが保障されないないと、
ただでさえ、先延ばしをしてしまう私たちは、
共依存から抜け出せません。
お医者さんの仕事から逸脱している問題でしょうが、
「こんな方法もあるんだよ!」と、導いて頂き、どこかに繋げて頂きたかった気持ちで一杯です。(私が出会った精神科の先生方への思い)
昔ながらの祖父母や兄弟姉妹のいる大家族とかが。
自立するまでは、オシメを替える親だけいればよく、自立したら師だけいればよく、その次はボスだけいれば良くて仲間と優しさは要らない。利用するものでしかないから。成功する環境は野性的な一対一。
私もそうされると、どうやら指示だけは若干速く受けられるようです。しかしジャイアンと違い決して人間らしい元気は出ないし怯えるし病んでいくし罰にしかならない。今までの人生でたまに誤解されてきました。私が混乱したら“ではぴよよには口を効かなければいい。”あえて忘れないで来ました。
昔、当事者同士で特定の場所に集まっていても、その場にいるけど何で心の隙間を埋めたらいいのかさっぱり分からない戸惑いを漂わせている人、いた気がします。
本心は(発達障碍の知識や収入や世渡りの上手さや同情集め等で。)背比べ自慢を一心不乱にやりたそうですが、どうも皆そうしているわけではない、私のような鈍いASを全力で罵倒するとインターネットの空き地からは蜘蛛の子を散らすように人がいなくなる、どうしましょう? のような。
そしてそこまで思慮が回らず、合う人、合わない人を作って分け隔てばかりやろうとする人には、私が喰ってかかっていってしまったりして恥ずかしいこともしていたのですが・・・。
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