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2009.12.31 21:45 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  ADHD関連  |  AS(アスペルガー)関連  |  AC、人格障害関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 3

2009年回顧

 2009年の初めは沖縄県の職業訓練校の問題でエキサイトしていた。2月頭に人権派の弁護士や家族会、当事者などと県庁に出向き、結局テレビ局の取材攻勢で県は方針を転換した。
 私が外来で相談に乗っている精神の手帳を持つ当事者が2名、立派にここまで訓練手当てを受けながら通学し、資格も取得して社会参加へ向けて自信を再び獲得するのに成功した。

 3月は沖縄県発達障害者支援センターを受託する予定である法人と一緒に動き、県にプレゼンテーションなどで成人発達障害のケアの重要性を訴え続けたが結局受託は出来ず。

 5月から7月は勤務するクリニックの移転でバタバタし、同時に新しい支援センターの法人にお願いして成人発達障害ケアのためにセンター嘱託医として関わるチャンスを頂くことが出来た。

 11月からは沖縄少年鑑別所に発達障害の診断のために出向くことになり、いろいろな事件に関わる思春期のケースの診断を始めた。

 成人へのコンサータ処方問題では適正流通管理委員会に10月にレポートを提出し、最近は22年1月から保険適用しないという方針を突出して打ち出した沖縄県の国保に対していろいろな働きかけを考えつつある。

 こうしながらも、いろいろな当事者の相談に乗りつつ、今年は「依存型ジャイアン」の概念とケアのシステムを工夫することが続き、積極奇異型ASとジャイアンの違いについては私の中ではほぼ明確になりつつある。

 まだ「表面的に酷似する受動型ASと依存型ジャイアンの区別の方法」、「ADHDは全てジャイアンであるのか?」という大きな問題が残ってはいるが、私の中では発達障害の大きな分類のイメージは完成しつつある。(「中間報告」を参照)。

 実は年頭には「学会発表や論文」という目標を掲げていたが、結局実現できなかった。自分の中では発達障害の分類についてのイメージははっきりしてきたので、「これを多くの先生方に伝え、ご支持を頂く」という次の大変な作業に取り掛かる段階に入った。これは引き続き来年の課題としたい。

 沖縄県北部に住みながら南部のクリニックに勤務し、単身赴任となって3年目に入る。今年は自分のアパートの部屋の片付けも少しずつ出来て、インフルエンザ疑いで3日間休んだほかはほぼ仕事を続けることが出来た。

 「自己中な脳を持つジャイアン」として、自己突っ込みとどう付き合っていくか、悩み続けてきた。今のところの結論は「自己突っ込みから逃れる方法はない」というところだが、この問題はずっとこのブログで考え続けていくことになるだろう。

 このブログに参加していただいた皆様、ご覧になっていただいた方々、本年もお世話になりました。ありがとうございました。

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どこにコメントするか迷ったので、AS関連の最新記事に投稿させていただきます。

 ASについて調べるうちにここに辿り着き、大変興味深く見させていただきました。
 私もASなのですが、ずっと他のASの方と比べても自分は何か違う様に感じていました。自分は何が違うのか、ある程度ここの記事を読むことで知ることが出来たように思います。
 未知や変化の肯定、未定を処理するなどの能力(処理出来ない方がいると知って非常に驚きました)etc...
 これらが何に由来するか自分なりに考えてみたところ以下の結論に辿り着きました。

  常に「自分は何も知らない」と思っている。

 つまりは無知の知。これを無意識に持っているかどうかが違いなのだと思います。
 そして、この結論を基に同胞達に送りたい言葉があります。

  常に「あなたが持っている知識や情報は、今この瞬間においては過去の古いもの」である。

 この言葉が誰かのためになることを期待して〆とさせていただきます。
 長文失礼しました。
written by Y / 2010.01.23 02:01

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