ADHDの先延ばしが重症化するのは、不器用で「現実的な抜け道的な解決が見えない」からである。
(先に説明しておくと、以下の記載は依存型ジャイアンを除くノビ太型と合理的強迫的ジャイアンについての説明である)。
私は小学校の時に、学校の図書室の貸し出し用に使う(借りた本の場所に代わりに入れておく)本型をした名前入りのボール紙の箱を紛失し、何年もずっと悩んでいたことを記憶している。「先生に説明して箱は新しく作れば良い」ということを考え切れなかった。借りた本自体を失くしたかも知れないと悩んでいたが後から考えるとそうでは無かったようだ。その他、プールやラジオ体操などのカードなど、いつもいつも後で提出しなければならないものを何か失くして「どうしよう」と悩んでいたように思う。
自己突っ込みがあり、ずっと継続して悩んでいるのに、誰にも相談できない。表面上の結果のだらしなさからは想像が困難であろうが、ADHDの先延ばしは「自分に厳しすぎる」ことが原因なのだ。
ADHDの「場の状況が読めない」障害のために、「謝って再発行してもらう」という現実的な解決は想像できず、その結果ADHD本人にとっては「この世の終わり」的な一大事となって、最後は「考えることさえ出来ない」という形になってしまう。「居留守」はADHDの先延ばしに典型的な帰結である。
さて学童期から思春期にかけてのADHDのケアには、「現実的な抜け道を教える」ということが必要になってくる。
違反したことを認めて謝り、失くしたものは再発行してもらう。一定の手続きを踏めば原状回復、「現実的に解決する」ことが可能であることを教われば、強迫的に悩み続けることはずっと少なくなるだろう。
実はそういう時に私自身のジャイアン的な「屁理屈の能力」が物を言うことがある。誰も教えなくてもジャイアンは子供のときから屁理屈で自己正当化をする能力を持っていて、私自身のそういう思考を使えば「抜け道の屁理屈」はけっこう思いつくものだ。
我がジャイアン末娘は、5歳にして、運動会のかけっこで一番になれないと見るや、「頑張れば良いと先生が言っていた」と既に事前から自己正当化の屁理屈を展開する。
これは「自己正当化をしないと居られない不安」「自分自身の中での中心志向からの自己突っ込みへの言い訳」であり、対世間には、「生きていく逞しさ」でもある。
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