私は(児童の専門でない)精神科医から出発してこれまで主に成人発達障害について考え続けてきた。
私の考え続けたテーマの中心は、「ASとADHDはどこで区別できるか?」だった。
中間総括として、現時点での私の考えをまとめておこう。
①ASは、本当の意味で自分を客体視することが出来ない。(自分を中心とする自分のほうからのパースペクティブしか出来ない)。自己突っ込みが出来る(見られる)場合にはASではない。
②ADHDは基本的に人を「利用」はしても人にこだわることは非常に少ない。他方ASは人にこだわり、人を無視することが出来ない。
③ASは愛着の相手とそうでない相手の場合に根本的に異なる行動パターンを取る。(ダブルスタンダード)
④自己突っ込み(やそれの現れとしての先延ばし)が見られればADHDであるが、ADHDは全てに自己突っ込みが見られるわけではなく、自己突っ込みのないADHDもあり、それは依存型ジャイアンである。
⑤受動型ASは愛着でない世間には合わせて生きるが、愛着の相手には100パーセントの理解や受け入れを要求し、高圧的になる。
他方積極奇異型ASは世間には抗して我が道を行くが、愛着の対象には甘く尽くして厳しい態度を取れない。
⑥依存型ジャイアンは、ADHDの場当たり性を極限まで突き詰めた一瞬だけに生きるADHDであり、過去は全て忘れ、その瞬間の状況に合わせるだけとなり、その結果合理的思考が出来ず、「生きた他者」の認識も出来ない。
⑦受動型ASと依存型ジャイアンは(自分が無い、責任の自覚が困難などの点で)表面上非常に似ているが、受動型ASは「自分から動かない」「人を無視できない」「愛着の対象には依存しているのに高圧的に振舞う」のに対し、依存型ジャイアンは「人は単に利用や依存の対象でしかない」「依存相手から言われれば素直にまめに行動する」という意味で区別できる。
⑧ジャイアン型ADHDと、いわゆるノビ太型との違いは、非言語的状況察知能力の差であり、ノビ太とはKYなADHDのことである。
⑨ジャイアン型ADHDは、自分の有利不利に関係することだけ非言語的に非常に鋭敏に察知できるが、逆に自分の行動の他者への影響についてはまったく対照的にKYとなる。これを私は「状況理解の非対称性」と呼ぶ。
⑩上記①③④などにより、ASとADHDのケアの方針は全く別の考え方とならざるを得ず、診断上はきちんと区別することが重要である。
以上、「自説」でしかないので、これから少しずつ学問的な形にまとめて行こうと考えている。
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