依存型ジャイアンの人は不思議に、説明すると「意味」も「他者」も理解できるようになる。他者を実際に感じられないような言動とは裏腹に、説明して理解するだけで他者を前提とした認知や行動が出来るようになるのが逆に不思議だ。
例によって私は突っ込んで本人から教えてもらうと、どうやら「体験はしているが意味が自覚できない」ということのようであることが分かった。
一人で居ることが「さびしい」というのはどんな気持ちか?
一人で食事するのと家族と食事することは違うか?
という具体的な質問を突っ込みでしていくと、実際には「人と居ることで楽しい」というような体験はあることが分かる。
しかしながら、人との関係は? と本人に質問すると、例によって「役に立つ」という利用価値の話になり、本人の自覚できる言語化できる世界には「意味」は存在しない。
ここで起こっているのは、「他者は体験としてはあるのだが、その体験をしていること自体を自覚できない」ということであると私は考える。
この意味では、「他者を実際に感じられない」という情緒障害ではなく、「他者を感じていることを自分で認識できない」という思考の枠組み、言い方を変えれば「思い込み」のレベルの問題であるということになる。
「思い込み」であったので、解説するだけで「理解できた」ということになったというわけだ。
ADHDは「走り方を理論的に教えてもらわないと走れない」ようなところがある。「他者」についても「責任」についても、あらためて言語的に教えてもらう機会が無いことが問題であるようにも思う。
多数派には当たり前すぎて説明する余地が無いだろうからだ。
だから本人が如何に精神病質のようなことを言っていても、その本人は実際には相手と「関われている」可能性があり、「それを自覚させるための説明が必要なだけである」という可能性を想像してみる必要がありそうだ。
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