依存型ジャイアンには「現在」は無い。一瞬過去の「状況」があるだけだ。周囲の人は「与えられた不変の状況の一部」として認識されるだけだ。

 「並んで飛ぶロケット」のイメージで言えば、並んでいる相手は「いつも同じ場所に必ず飛んでいる」という前提がある。

 実際は異なる。自分が少し離れた後で戻ってきても、元の軌道に相手がそのまま居る保証はどこにも無い。

 依存型ジャイアンの世界には、「相手が意志で選択する」という想定が根本的に落ちている。登場する人間は状況の一部で生きた「他者」ではないのだ。

 相手と離れたくなければ、並んで飛び続ける努力をするしかない。依存型ジャイアンの前提は、「相手は必ず自分から離れないで飛び続けるはず」という根拠の無い断定を意味する。

 「現在」とは、「不可知で不安に満ちた未来に向けて、今この瞬間に同じように未来への不安を抱いた他者と同じ場所を共有する」ということだ。

 「自分にも他者にも不可知の未来への不安があり、逆に言えば選択の自由がある同士が選んで今この瞬間をともに過ごすことになっている」というのが「現在」の意味だ。

 もう一度書こう。ある依存型ジャイアンのケースは「母が離れて行かない」ことの意味を理解した。その瞬間に本人は「母と共有する現在」を体験した。母が本人と寄り添って生きることを選択していることを感じて、本人は母の期待に応えたいと思った。

 この瞬間に、「約束された利益」が無くても前向きに動く根拠が出来た。これが利益とは区別される生きる「意味」であり、他者と現在を共有してお互いに選択しあうことによって生じてくるかけがえの無さが「意味」であるのだ。

 不可知で不安に満ちた未来へ向けて、常に選択の意志を持っている他者と現在の一瞬を共有し、お互い選び合っていることの意味を自覚することが「他者」を実感するということになる。

 以上、直感的には決して他者を感じられないADHDである私自身が「想像」によって作り上げた「他者」のイメージだ。

 おそらく多数派には「直感的に感じられる非言語的な体験としての他者との共感」のようなものがあり、本来の「他者」はそちらであろうと思うが、依存型ジャイアンの治療には上記のイメージが役に立つ可能性がある。

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