世に言う典型的なAS、典型的なADHDは、いずれも非言語的なやり取りが不得手なKYのタイプであると私は想像している。
その意味では、この2者は一見良く似ている。結果として非常に合理的になり、両者ともたまたま技術者や研究者、職人的な職業に恵まれれば診断がつくような不適応を感じないで生きて行く可能性も大きいだろう。
子供時代からマイペースでいじめられることはあるかも知れないが、高機能のケースは学業成績が良いのでそれほど自己評価が低下しないで経過することも可能だ。
親から見ても、「正直だが不器用」「オタク」という表現で理解しやすく、言葉で合理的に説明すれば理解できるので比較的育てやすい。
WAISなどの知能検査をすれば、言語性IQ>動作性IQの所見がおそらく出るだろう。
実はケアも理屈で「脳の働きの少数派」と説明すれば良いので、ASの場合愛着の問題が生じて特別な扱いが必要となる以外は、「ほぼ同一のケアの方針で行ける」ということになる。
ASは本来「人を非常に近く感じて、人に振り回される」、対してADHDは「人にこだわらない」という対人関係の特徴を持っているが、結果KYの場合は、状況が読める(特に受動型の)ASやジャイアンに比べてこの問題が現実の障害として問題化しにくいと言える。
やはり問題は非言語的な状況察知能力を持っているASとジャイアンである。「空気の読めすぎる」ASは状況反応性に振り回され続け、ジャイアンは(自分に対してだけという一方的な形ではあるが状況察知が出来るので)おかしな(非言語的なフォローへの)依存の問題が出てきたり依存型ジャイアンとなって周囲を振り回し続けたりするなどの複雑な行動が帰結するからだ。
見掛けは異なるがKYのASと読めすぎるASは同じように「人を近くに感じすぎてプロセスが大事」という思考の特徴を持ち、またKYのADHDとジャイアンも同じ「人にこだわらず結果が大事」という特徴を持っている。
大きく一からげにしないほうが見かけと一致することはありはするが、「本質」を見極めるにはこの分類基準が有用だと私は考える。
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