ASの人と話してよく感じる話だが、相手の立場から自分を客観的に見ることの根本的な困難さが非常に大きい。加えて愛着の対象の相手には「分かってもらって、受け入れられて当たり前」という発想がある。

 これが自己突っ込みを日常的に体験し、言わば24時間自分を責め続けているADHDとの大きな違いだと私は感じる。

 ジャイアンにとって中心志向の「中心」は、自分が決して立つことのできない永遠に追いかけ続ける手のとどかない目標であり、ASの場合は「中心は自分の中にある」「はじめから自分は中心に立っている」という違いであると私は思う。

 実際にAS的な中心志向の強いケースは、明らかに自分自身の問題を見つめなければならない場面に立つと、「視線恐怖」や「強迫症状」、「被害妄想」などの病的な反応に移行することが多く、私には「意識の上で自己突っ込みが出来ないから」病的な反応へ直行するのか?とも思える。

 最近私は本格的な自己突っ込みのあるケースはむしろジャイアンに分類するべきではないかと、分類基準自体を考え直しつつある。自閉的な特徴はジャイアンにも多いし、強迫的なジャイアンは積極奇異型ASと共通点が非常に多く、私がジャイアンに分類しているケースを、「表面上の注意欠陥の問題よりも対人関係の問題が大きい」という表面的な意味で、世の先生方はASに分類することも実際多いだろうと想像する。

 分類は所詮分類基準の選び方と優先順位の問題であり、結果的に「そう分類することで現実をより理解しやすい」というメリットで分類基準の良し悪しは判断されると私は考える。

 そういう意味では、「自己突っ込み」、即ち「自分の視点を離れてある程度冷静に自分を対象として観察できる」という特性で分類を分けることも重要だろう。

 これまでよりも「AS」の範囲が小さくなるが、「自己突っ込み出来るケースはジャイアン」という考えに私は傾きつつある。  

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