2008.12.03 17:48 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  ADHD関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 4

丸投げと利用

 ジャイアンは「出来れば責任を回避して丸投げしたい」という基本的な志向を持つので、相手がやってくれると言えば何でも「ラッキー」とばかり丸投げする。

 逆に現実的に自分が不得意なことで相手が快くやってくれることを任せるのは「利用」であり、この「利用」はジャイアンにとっては(世間の多数派にはどうかはともかく)「健全」な行動と言える。

 この違いについて考えていたが、結局ポイントはジャイアンの尊厳たる「自己責任の原則」に反するかどうかの問題であると分かってきた。

 例えば割り勘の計算を任せること、また私の場合は新築の自宅の設計の相談などをカミさんに「丸投げ」したのだが、これは相互納得の上での「利用」に近いと考える。

 反対に、「不健全」な丸投げは、例えば最近テレビをにぎわしていた某芸能人のように、「自分のステータスを夫の社会的地位に丸投げする」というようなことである。

 この違いの根本にあるのは、「そのことを現実に丸投げしていることで合理的な自己突っ込みが生じるかどうか」ということにある。私はカミさんに(信頼して)丸投げしたので、出来上がった家については「任せることを選択した自分の責任」を自覚するので、不満は生じない。(逆に文句を言おうものなら合理的に「だったら任せなければ」という自己突っ込みが生じることになる)。

 「丸投げ」の問題性、不健全さは、自分の生き方の非常に重要な部分について、「自分で責任を取りたく無いから丸投げする」という形になっていることにある。

 依存型ジャイアンや、先延ばしの状態など、合理的な自己突っ込みがもともと停止しているか、あるいは合理的な自己突っ込みをを「誤魔化す」形で丸投げをすると、私の考えでは、潜在化した自己突っ込みのために治り難いうつ状態や身体症状、強迫症状などが生じることになる。

 この例としては、例えば「原因不明の身体の痛みなどがあり、強いジャイアンたる本人がどんなに自分なりにやっても治らなかったのに、ASの治療者が白馬の騎士然と現れて見事に治してくれた」というようなケースを想像すれば分かりやすい。

 AS治療者から「我流を捨てて私に従いなさい」と言われ、その通りにすると「いい子いい子」と誉めてもらえたとする。自己突っ込みに苦しむジャイアンにとってこんな垂涎の丸投げの誘惑はないだろう。

 「丸投げをして自己突っ込みから逃れられる」という構造がお分かりだろうか? 

 ついでに言えば、私の考えではこの人の身体症状はこの丸投げ自体が原因でさらに悪化する可能性が大であると私は想像する。

 ポイントは、「丸投げしたことがジャイアンの尊厳に関わらなければ利用になる」ということだ。自分も納得して任せて、後でストレスを生じないことであれば「利用」になり、本来丸投げすることはジャイアンとして潔しとせず納得出来ないような重大な問題を丸投げすると「責任回避」の自己突っ込みが生じ、その結果病気になるということになる。

 どんなに名医に治してもらっても、最終的にはジャイアンは「自分で回復するしかない」だろうと私は考えている。どのようにして回復するかを事前に説明され、事後にも説明され、本人自身の努力で納得できる形で再発を予防するのが最も健全であり、「我流を捨てる」ことはジャイアンは最後までするべきではない、出来ない、下手にすると病気になるのだ。

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