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 以前にも書いたことがあったが、ジャイアンの解離性同一性障害は時々見られる。明らかな「多重人格」と言われるようなケースは、当然ながらどの人格もADHDで、ただジャイアンACであったり、合理的だったり、凶暴なジャイアンだったりする。

 ただしもともとジャイアンはジーキルとハイドのように本来の人格からバラバラな面があり、もう一つ「過集中状態と普段の状態」も全く違う。過集中状態はほとんどASと変わらない関連付け思考になったりする。

 だからこのもともとの解離しているような一貫性の無さや相容れない部分を持つことと解離を厳密に区別することは容易では無いだろう。

 解離の一つの成立機序としては、「親のASの支配と愛着」がある。強烈な愛着を向けられて、非言語的なフォローのaddiction(依存症)になっている状態で、逆にAS親の支配のためにジャイアン的な攻撃性を一切出せない環境で成育した場合、子ジャイアンは「自分の攻撃性を抑え込んで表向きは自己主張をしないで非言語的な手段だけでASを逆にコントロールして事実上の主導権を握る」という生き方をインストールする。

 この場合現実的には周囲のASを自由にコントロール出来て不適応が表面化しないで経過することもあるが、現実の経過の中でジャイアンの「怒り」が生じる事態になると、この怒り、攻撃性が抑え切れないで「別人格」として出てくると私は想像している。

 ケアは神田橋條治先生の「どの人格が出てきても同じように対応して人格同士の境界をあいまいにして行く」という方針に習い、私は解離をほぼ無視して同じように対応しながら、結局攻撃性を発揮出来ないでいる主人格に「攻撃性を出せ」という方向性で主人格の成長(アファーメーションという表現もあるが)を図るということになる。

 ジャイアンであること、攻撃性が自分の中にあることを率直に認識し、自己突っ込みに耐えながら、醜い自己中心的な脳とそれなりに付き合って行くスタイルを確立し、努力して現実的にある程度の実績を積み重ねれば、解離は不要となり影をひそめて行くだろうと想像している。

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>解離の一つの成立機序としては、「親のASの支配と愛着」がある。強烈な愛着を向けられて、非言語的なフォローのaddiction(依存症)になっている状態で、逆にAS親の支配のためにジャイアン的な攻撃性を一切出せない環境で成育した場合、子ジャイアンは「自分の攻撃性を抑え込んで表向きは自己主張をしないで非言語的な手段だけでASを逆にコントロールして事実上の主導権を握る」という生き方をインストールする。

これは、自分の事かも知れません・・・実際、父は20代から30代のもっとも「女ざかり」の私を、絶対嫁にやらせない覚悟だったのだし。・・・その代わり、AS援助職(元彼に限らず)を、かなりの程度にパワーゲームに持ち込んで潰したと思う。

>この場合現実的には周囲のASを自由にコントロール出来て不適応が表面化しないで経過することもあるが、現実の経過の中でジャイアンの「怒り」が生じる事態になると、この怒り、攻撃性が抑え切れないで「別人格」として出てくると私は想像している。

いくつも、掲示板のトピックを「荒らし」として潰しました!(ここは潰したくなかったのですが・・・って、もう荒らしてるか。)

AS元彼にしても。最初は従順にやっていましたが、(今思うと、父と似たパーソナリティの彼をどうにかしたかったんだと思う、)一度酷く侮辱したので、彼はショックで1日欠勤しました。

>主人格に「攻撃性を出せ」という方向性で主人格の成長(アファーメーションという表現もあるが)を図るということになる。

ここで、それやっていいんでしょうか!?自他共に、混乱を招くだけではないかと、合理的部分が言ってます。
written by むーん / 2008.11.26 00:57
表向きは自己主張しないで裏で主導権握る
私大好きです
中学生まではバリバリ自己主張し、表で主導権握りましたが
実は裏で握ってる方が責任ないし(ジャイアン的丸投げ)、楽。

音楽は自己主張もするが、雰囲気で空気を支配できる
これが楽しい。
例え歌の伴奏であっても
表向きお客様は歌手に注目するが、実は伴奏無しには成り立たない訳で、しかもテンポや呼吸の間は私が決める。
ASをコントロールしたい
という欲からではないけどもとても先生がいうことはよくわかる
解離はしてないと思うけれどたまに言語で怒りを表現したくなる時があり、これはどうしたらよいのだろう
自分では押さえられない

でもピアノひいている時と普段は別人とよくいわれます
舞台マナーを守っているだけなんだけど?
written by くらら / 2008.11.26 03:11
元妻(ジャイアン)、解離性同一性障害と思った事はありませんでしたが、隠れている「怒り」の人格があるなぁと常々不思議に思っていました。時々「怒りのスイッチが入る」と感じてました。

滅多に出てこないのですが、親族と私にだけ向けられることのあるその怒りの人格は、普段からは想像できないものです。普段はとても柔和な印象なので、友人などに話をしても信じないかも知れません。

故人ゆえハッキリとは分かりませんが、話を聞いた限りでは、生育過程に父親からの強い「親のASの支配と愛着」があったように思います。

今は、私に常に怒りを向けている印象です。主に子の引渡し(面接交渉)に関して、メールでやり取りするのですが、高い頻度で噛み付いて来ます。それって、もしかすると(本人にとっては)良いことなんですかね…
written by mario (AS) / 2008.11.26 05:11
解離性同一性障害・・・
私自身は、強迫神経症の強迫観念だと思い、今の主治医(でも発達障害については、全然理解していない)にも、そのように診断され、今、ジェイゾロフトでずいぶんラクになってきたように感じてました。

先延ばしで、「まっいいか・・・」なんて思ってましたが、それこそ自分自身の事ですので、考えなきゃ・・・
written by n / 2008.11.26 08:52
「ジャイアンAC型adhd」とやんばる先生から推測され、
現段階で自分でも納得している者です。

過集中時には自分なりには正しい理論、
他人からすると屁理屈を言う傾向があります。

自分の中にASっぽさを見つける時は過集中時の関連付け思考からだったのかー。
言われてみてハッとしましたが、すんなり納得です。
又1つ自分の不可解な部分が解明出来てスッキリしました。

この記事、わたしにはビンゴです。
「多重人格」っぽいなーという認識があります。

今までに何度かは「自分は解離性~なんじゃ?」
と疑った事もありました。

一貫性の無さが自分も周囲も困惑させ疲労させます。

自分の中にはマグマ、マントルの様な物があって、
それがわたしのエネルギーの元であり、
同じく怒りの元でもあるのでしょう。


>~攻撃性を発揮出来ないでいる主人格に
「攻撃性を出せ」という方向性で主人格の成長
(アファーメーションという表現もあるが)を図るということになる。


これには何が必要になるのでしょう?
思いつくのは「適当な導き」=カウンセリング、でしょうか?

自分との折り合いを付け、自己の統一?確立?をしていけば別人格は不要になるというのは想像出来るのです。

それで攻撃性が治まる、ということはありえるのでしょうか?

攻撃性がジャイアンの核の一部だとしたら、
それが無くなる事は無いような気がして不安です。

混乱してきたので一旦これで投稿します。


written by あかばなー / 2008.11.26 09:11
攻撃性や支配をしたいという気持ちは、意識した事があり、
無いほうが良いと思った事がありました。

多分、自分で意識してそうしたんだと思うのですが
いつも飢餓状態というか、
最低限の生活は出来るくらいの栄養しか取らないという事を
していました。
そうすると、生活と仕事をするだけで体力が
いっぱいいっぱいですから、
人を支配したり攻撃したりする余裕もなくなるわけです。

うつを発症したきっかけは
はっきりと自覚できませんが、お医者さんには無気力と
言われました。
診断時に解離するまでは、自分でもコロコロ考えが変わり
一貫性がないと思っていました。
解離した場面を自分で考えるに
お医者さんがいい人だから私に依存心が出たのだと判断し、
通院を辞めました。

私のADHDは極端から極端へ思考が走っています。
警戒↔依存、攻撃性↔無気力、のように。
どちらでもない、という事が出来ないというか、
「グレーゾーン」というものの理解が難しいです。

最近では仕事をするのに不安で仕方なくなりました。
攻撃性を無気力に変えた事が原因のように思います。
攻撃性はヒトに向けず、
仕事そのものに対してアグレッシブになるようにというか、
そういった方向に効率よく向けられないものかと考えているところです。

どれだけ取り繕っても、
疲労しているとすべてがおじゃんになります。
ああもったいない、と思うことしきりです。
written by サエコADHD / 2008.11.26 11:36


初めて投稿しますnekoと申します。どうぞよろしく‥

自分は二重人格かもと疑いだしたのは小学校6年生くらい。
「あなたは言うことがコロコロ変わって自分勝手だ」
と言われたのもその頃。
気分屋、刹那的、君に合わせられる人はいないだろう、あんたは怒ると頭が良くなるなど等、自分よりも周囲がわたしの多面性に気付き指摘すると言ったエピソードにより、自分は解離の特徴を持っていると納得しています。

激怒した後‥
精神的には疲労困ぱい。でも相手に対する自分の訴えは理に反してはいないから過集中後の爽快感でスッキリ。
スッキリしたところでボロボロになった相手を見てしまった!またやっちゃった‥
ハイドは満足、ジキルは後悔にもだえる。

過集中する脳を持ったゆえに人並み以上のことが出来て評価を得たり信頼されたりするのに、
過集中する脳のせいで人を傷つけたり信用を失う。肉親にさえ変人扱いされる。

いったい主人格とは誰のことなのか今のわたしには分かりません。
もう怒り狂って人を攻撃する自分なんて嫌です。
でも
<攻撃性を発揮出来ないでいる主人格に攻撃性を出せさせ主人格の成長を図る

この治療方針にびっくりです。
もっと知的な攻撃によって怒りを完全燃焼させる‥って感じでしょうか?
自己ツッコミで胃壁が破れそうです。







written by neko / 2008.11.26 12:17
1つ前のエントリからの関連で
「共」依存というからには、相手から自分に向けての「支配」と自分が相手を「支配」している、そのパターンにもメスを入れていかなければ・・・・と思っていました。

>音楽は自己主張もするが、雰囲気で空気を支配できる
これが楽しい。
・・・なんとなく、ここわかる感じです。

「自己主張」とセットになっているところがポイントではないかと・・・。

自分では解離の自覚はありませんが、自分には気付かない「解離」があって、だから「怒りのツボ」にはまらないのか??
とりあえず、「不快」とか「不愉快」までなら感じてると思うんですけど・・(笑)。

「出せ!!」というのは、「自覚する」「認める」程度では手ぬるい!!ということなのか・・??

written by kei_ / 2008.11.26 12:18
天然でふわふわしていつもニコニコしている感じ・・・と言われることが多いのですが、怒りのスイッチが入ると別人のようだと言われます。中学の頃は不良グループ複数名に一人で歯向かったこともありました。(当時の不良とは「筋を通す」というのが自分と似ていたので、結局その後和解して仲良くなりました)

最近では、そんな極端な二つの人格にもう一名加えています。その加えた一名は、先生の仰る、

>攻撃性を発揮出来ないでいる主人格に「攻撃性を出せ」

これをやらせています。
二つの人格のすることを、温かく見守って許す、という役割ってかんじです。
わたしの場合、少しイライラすることがあってそれを抑えようとしても、結局たまりにたまって最後に大きく爆発させる結果になってしまうことが度々あるので、攻撃を小出しにできるようにするのが、一番かなーと思っています。

そして、「攻撃してもいいよ。その考え方もいいよ。」となんでも肯定してくれる人を心のなかに住まわせると、「うーん、でも違うふうにも考えられるかも!」となったりして、二つの人格の間あたりをフラフラとうろつくことができたりすることがあります。端っこで止まるんじゃなくて、うろうろさせる。これは昔の「白か黒!」のわたしには、まったくできませんでした。
written by mmm / 2008.11.26 19:02
ジキルとハイド…
子ジャイアンは4、5歳の頃よくいたずらしたり
人に意地悪な事を言ったりしたのを怒られた時
「今の自分は右、良い子の時は左に切り替わるんだ」
と言っていました。
我が子ながらこわいと感じていましたが、昔から私自身も
二面性ありありです。
ジャイアンぽく口に出して言ってしまう分、まだ憎めない。

外で攻撃性を押し殺していた私は、家では好き勝手に
言いたい放題やりたい放題していました。
しかし、親がただのADHD父と多数派母だったので
適当にスルーされ干渉されなかったのが、病的にまで
ならずにすんだ理由と今は思います。

これが細かいASや自己中なジャイアンに育てられたらと
想像すると…正気でいられたか自信ない。
この状態の息子。

…だから私は薬を飲むのです。



written by ドロシー / 2008.11.27 09:59
mmm さんの対処法に感銘!です。

<、「攻撃してもいいよ。その考え方もいいよ。」となんでも肯定してくれる人を心のなかに住まわせる。二つの人格の間あたりをフラフラとうろつくことができたりすることがあります。端っこで止まるんじゃなくて、うろうろさせる。これは昔の「白か黒!」のわたしには、まったくできませんでした。

わたしは「肯定」を他人に求めてきましたが、
他人に肯定してもらうのではなく、
自分の中に、両極端な二人の自分を見守るもう一人の自分を創り、その人が攻撃的な一人の言い分を「肯定」してあげる。
「なんで?いいじゃんそれで」と。
肯定を求めて得られないと爆発して穴埋めしていた習慣を改め、どんどん自分を肯定していく。肯定を得ていく。
攻撃性を小出しに出来る。
「それでいいじゃん」と言える3人目を主人格にするならグレーゾーンにも住めるようになる。おおおすごい。
参考にしたいと思います。



written by neko / 2008.11.27 17:37
「解離」という言葉は私とは無縁と思ってましたが、皆さんの話を読んで、鏡を見てるかのように自覚できました。ありがとうございます。
過去になぜ異性とうまくいかなかったか分かりました。コミュニケーション能力が0だったからです。10年前の自分を外から見てるみたいに、目に浮かんできました。

パターン1:能面人格 ⇒ 自己主張0 → 自然消滅
パターン2:能面人格+怒り人格 ⇒ 泥試合 → 喧嘩別れ
パターン3:自然人格 ⇒ 女性性0 → 友達で終わる

パターン1~3をミックスするとうまく行きますね!

1.能面君はルックスはよく従順ぽく見えるので、もてます。でも本質的な部分を相手に見てもらえないので(って自分が出してないのですが)自分には不満がたまるし、結局、魂と魂の交流みたくならないので、続きません。

2.能面君は自己主張できないので怒りくんに自己主張させます。当然喧嘩になります。

3.自然君は、女らしくなく、魂の友達みたくなります。でも女性の部分を出すのが恥ずかしいのか?結局根本的には自分の心の底のもやもやを言葉にできないからなのか?異性としての交流になりません。
written by パパイヤ / 2008.11.29 08:12
(続き)
3の相手が好意を表してくれても「私は好きじゃないから!」とか言ってましたが「付き合うとかってよく分からないけど、結婚する年齢になったらあなたみたいな人と結婚したいと思う」みたいに心の底では考えてましたが、言葉では言えませんでした。ああもったいないことをしました。まあ子供だったんですかね。

でも私の方も枝葉末節部分(女性性が0の部分)にあれこれ口出されるのが嫌だったのかな。丸ごと受け止めてほしい!みたいな。2の相手は(最初だけは)丸ごと受け止めてくれる!と勘違いしてましたが相手もパターン2人格のため、自己主張できないだけだったみたいですね。(そして、相手にも怒り人格が出現して最後には、結局否定される。)

ADHDは多数派より精神年齢が10歳低いとかいう説を聞いたことありますが、確かにそうかもしれません。10年前の私に今の中身があれば・・と妄想してもしょうがないので、アンチエイジングにでも精を出すことにします。

(AS元夫は、はっきりと解離だったと言えます。それが結局別れた原因ですかね。病院に行ってくれと言ってましたが、石に向かって話してるようでまるで通じず・・怒り人格で言ってたからしょうがなかったのかな。)
written by パパイヤ / 2008.11.29 08:14
(さらに続き・・すいません)
現在はどうなのかという話ですが、某診療機関(?)に1年ほど通ってたおかげか、怒り人格は出ません。まず、ややこしそうな人には近寄らないってのが大きいでしょう。(昔はなんて無防備だったのか。)

ややこしそうな人とは、隠れた怒りをもっていて機会を見つけてすぐ激怒したりクレーマー的になるとか、話すると何かもやもやする人(言外に含みがあり、遠まわしにおとしめられてる気分になる)、コンプレックスがあったり精神的に不安定な人です。

前は相手から見てまさに自分が「ややこしそうな人」だったと思いますが、今はその程度も減ってきてるかな・・と思います。

ただ主人格(?)が自己主張できるようになったかは微妙です。

何か言われてもやもやしても、「それって○○って聞こえて、不快になるんだけど」とかすぐ言えず、あとからいやーな気分になったりします。「言いたいけど言えない」のではなく、頭の回転が鈍くて自分の感情にすぐ気付かない、言葉にもまとめられない感じです。

自己主張の訓練方法が書いてある本に、「こう言われたらこう言おう」というのをせりふを考えて練習しておきましょう、とあったのでそれをやってみようとおもいます。(何で今までやろうと思いつかなかったのか・・これを書いててやらなきゃと気づきました。)
written by パパイヤ / 2008.11.29 10:12
>現実の経過の中でジャイアンの「怒り」が生じる事態になると、この怒り、攻撃性が抑え切れないで「別人格」として出てくると私は想像している。

自分が、これなのかどうかは分かりませんが。。。今日、男友達(母親と冷戦中、病気持ちだが勤労青年、ついでに詩も書く)とうどん食べて思ったのは。

やはり「引きこもり」は良くない・・・!真の「自由」が手に入らない。か、と言って、私の今のメジャートランキライザーの効きようでは、なかなかPCに向かう以外に、「怒り」の発散方法がありません・・・

> ジャイアンであること、攻撃性が自分の中にあることを率直に認識し、自己突っ込みに耐えながら、醜い自己中心的な脳とそれなりに付き合って行くスタイルを確立し、努力して現実的にある程度の実績を積み重ねれば、解離は不要となり影をひそめて行くだろうと想像している。

現実的実績って、何もウエイトレスに限らない訳ですよね!?・・・「作業所は大事」とリアル専門医に言われましたが、(それはそう、ミーティングだって頑張って行ったから、やっと”同志”が出来た、)私には肉体労働向いてないです・・・

とにかく、まず「プチ別居」を断行しない事には。好きな人と自由に過ごす事も出来ません。(「共依存」はくれぐれも避けたいですが。でないとミーティングに出入りご法度になる。)

PS;ぴよよさん、どうもありがとう!!ようやく、ACを喰いものにする援助職から、心境的に離れられそうです。
written by むーん / 2008.12.01 18:39
>PS;ぴよよさん、どうもありがとう!!ようやく、ACを喰いものにする援助職から、心境的に離れられそうです。


いえいえ、心境の変化はむーんさんの努力ですよ。でも・・・

>好きな人と自由に過ごす事も出来ません。

そ、そうですか!?
好きな人=“自分”を縛るかもしれない可能性のある人
という一要素は、頭に浮かびませんか?
“自分”の自由意思、嗜好、精神的境界線、理想の独り暮らしetc・・・。好きな人が居るだけでも、“目”が気になりませんか?
いや、私が頭で考えすぎることは自覚してますが・・・。
うーん、ASとADHDの違いなのでしょうか。“好きな人”に求めるフィードバックが、違うのでしょうか。

実践前に言うものではないのでしょうが、独り暮らしは“一人”の時間が圧倒的に多いものですよ。
その自由の中で、流しの茶碗はいつ洗おうかとか、灯油の配達は何日に頼もうかとかを、自分で決めるのです。動くのも自分、責任も自分。
私は独り暮らし前も、後も、そのシミュレーションの中に人は入れませんでしたね・・・。
でも人を介在させなくてもいいこともありますよ。
翌日に大事に取って置いたスイーツを、取られる心配なく独り占めできるし、たまに美味しくできた食事も自画自賛できるし、帰宅は自由、洗面台に自分の物ばかり置けるし、テレビのチャンネルもストーブの真ん前の特等席も独り占めです。風呂上がりにいつ服を着てもいいし(すぐ着てますが)。
快適の基準が違ったら・・・すいません。
written by ぴよよ / 2008.12.02 00:45
(トピズレですが)

う~ん、ADHDとASの差なのかな?

私は、我が儘なので、実家にいても、他人に気を使うことは殆どありません!(人は、介在はしてますがあまりいようがいまいが気にならない。)

好きな人が自分を縛る・・・縛られるのは、確かにヤなんだけど、あまり他人の目線と言うものに、良くも悪くも気が行かない。(KY。)

当然、アイコンタクトが必須な接客業、及び援助職は無理でしょうね。

(別スレッドでのお答えになりますが。もし、私が援助職とまでは行かないものの、例えばですが「今流行のパワーストーン売りになれないかな」と、多数派ヘルパーさんに言ったら、「あんた、人を騙すというのは大変なんだよ。癇癪起こしてすぐ人を怒鳴るあんたに出来る訳ない」と、あっさり言われました。)
written by むーん / 2008.12.02 14:02
え!?
・・・では好きな人が側にいるメリットとは何なのでしょう!?

・・・思うに(勝手に憶測してすいません。)むーんさんもそれを実験中なのでしょうか・・・。
何が楽しいのでしょうね。

私の想像の中の同棲のメリットは、相手の“必要”を独り占めできることだと思うのです。
したことの結果がフィードバックにすぐなって返ってくるのは、始めはすごく楽しく面白いであろうと思います。
そこに私の味方が居る、というだけでも、たぶん安心感があると思います。始めは。
だから、フィードバックの妨げになる、私のだらしないところは“危険物”と化すと思うのです。

だから例えば、ケンカをしてすごく偉そうなことを言って言い負かした後に鼻を音を立ててかむのも、どう思われるか分からないし、分別前の資源ゴミが開かずの間に溜まっているなど、既に私も我慢、相手も我慢して放置しているものがかさんでいるとしたら、どちらかの我慢が許容量を超えそうで恐いのです。独り暮らしで既に我慢のネタはどんなものがあるか、分かっていますから。
そして同棲の楽しさよりも、子ども時代の失敗経験の再燃が上回るのが見えてきて、結局したくなくなるのです。

私にとって、人は気になって気になって、仕方ないものなのです。
では私の場合、欲しい物は何なのか。

フィードバックだけだとしたら、と思ったのです。

なら、安心感は携帯メールなどで代用するとして、自分の城は確保したまま手に入れる方法はあると思ってしまうのです。

不思議なのですが、仮にむーんさんがヘルパーさん無しでお父様と居たとして、二人ともインフルエンザでノビて、二人とも看病や病院への送り迎えをして欲しくてたまらないとき、むーんさんにはお父様がどう映るのでしょう。
二人とも自力で手に入れられないものが、二人とも欲しくてたまらないとき。
くれない存在は、やっぱり目に入らないですか?

いえ・・・質問しすぎですね。ごめんなさい。お返事は気が向いたらで、いいです。
written by ぴよよ / 2008.12.02 17:24
>仮にむーんさんがヘルパーさん無しでお父様と居たとして、二人ともインフルエンザでノビて、二人とも看病や病院への送り迎えをして欲しくてたまらないとき、むーんさんにはお父様がどう映るのでしょう。

・・・「粗大ゴミ」に見えてしまうと思う(現在、既にそうなりかかっています。・・・これをROMっている受動型ASの皆さん、ごめんなさい!!)。

そして。

>・・・では好きな人が側にいるメリットとは何なのでしょう!?

ずばり「性欲」しかないのでは!?(ジャイアンの皆さん、ごめんなさい!!・・・全てのジャイアンが、こうではないと思います・・・何か私一人で面子を潰しているような。まぁ、「理解してくれて嬉しい」というのも、昔はありましたが。このブログで自分がある程度分かってしまったので)

PS;ただし。多数派ヘルパーさんに関しては、最近時々、「存在自体がありがたい」と素直に思います。(やんばる先生の「家のカミさん」状態と同じ。)
written by むーん / 2008.12.02 19:11
お返事、ありがとうございました。

正直さでは、参りました・・・m(^^;)m

フィードバック欲求も依存的だなあと自分で思っていますが・・・

「性欲」のウェイトが大きいのも・・・不便そうですね。

例えば独り暮らしして、ついつい籠もってしまって、食べ物のストックが無くなってお腹が空けば、食欲のほうが勝っていくとか、何か対処法はないものですかね・・・。
つたない経験からですが、独り暮らし初心者の頃は、慣れなくて行き届かなくて、何かしら困ったことが起きてそれに夢中になれるものなのですが・・・。楽しく夢中になれるといいのですが・・・。

性関係のコメントは苦手な方なのですが・・・そっち問題で、ジャイアン側に都合のいい、いわゆる便利な相手を選ぶと、折角ここで勉強してきたことを生かせずヒサンな末路しか行けないような気がしますね・・・。便利そうな相手って、きっとろくなパーソナリティしていなさそうですもの。

とりあえず、雪が沢山降る前にお家探し、続けてくださいね。

おやすみなさい。
written by ぴよよ / 2008.12.02 22:09
自分の過去コメントの後にコメントするのもどうも恐縮してしまいますが・・・。

ASの妄想や解離症状の記事はどれが該当するのか探してみましたが、うまく見つけられませんでした。
もともと“頭の中にもう一つ別の町を作ってしまうこともある”と文献で言われているのがASだそうです。ASには妄想しやすい素質はあると思っています。

私の頭の中には町はありませんが、違う物は住み着いているような気がしています。今までそれを表現する言葉を作れませんでしたが、しつこい再燃やシミュレーションを繰り返すのがここです。現実にあったことも、現実にはまだ起こっていなくて、突然の直面にパニックになるのを予防するために想像だけしていることも、ヴィジョンや言葉で自動連続再生のように頭の中だけで繰り返されます。
具体的な症状の一部は、以前に先生にメールで送らせて頂いたと思います。
これを飼い慣らすためのあらゆる試みを経て、音量を小さくすることはできてもこれは止められないので、頭の中で切り離して勝手に自動再生させておくしかないのが今の対応です。

最近、うっとおしくて困らされたのが、無念を晴らすためのシミュレーション想像で、具体的に電話を掛ける映像と、相手に言いたいことや質問したいことが長々と頭に出てくることでした。
一つには自分の需要が分かってきて、日頃から不足している情緒的な人との繋がりとか、自分の存在価値とか、私の勝手な造語で恐縮ですが結果を出せなくても動くことで自分の価値を作れるような“活動価値”とか、そういうASにとって理想的なものを欲しかったと認識し直したことで、過去のエピソードに上書きがされたことなのかもしれませんが。

続けます。
written by ぴよよ / 2009.01.27 00:07
続きます。

他、実は夏に先生からコメントの一時ストップがかかったときにも、ある特定の薬品名を三日間ほど頭の中が連呼しました。
しかし、私は先生にまるで全体重を掛けるような依存をする気はありませんでしたし、すべきでないと判断する理性はぶれませんでした。デスクワークの手はピタッと止まって困りましたが。三日経つと、連呼の声と本心が徐々に重なってきて、やがてまあまあ落ち着いていきましたが。

あらかじめ愛着を向けないように予防線を張っていた特定の対象にも、この禁断症状のような反応が起こるものなのでしょうか。
言うなれば、特定の対象が頭の中に部品のように組み込まれてしまうかのように。
普段から平常時にも、ASとしての欲求不満でバチバチとショートしているような頭なので、町の代わりに現実の情報を“自己完結的自己中心的な世界の中で勝手に作り上げた想像上の他者”としてでも強制的に組み込んでおかないと、私は自分を保てないということなのでしょうか・・・。

そしてこれは何層にも別れているという、無意識のなせる技なのでしょうか・・・。
罪深い・・・。
written by ぴよよ / 2009.01.27 00:16

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