2008.10.17 20:22 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  ADHD関連  |  AS(アスペルガー)関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 2

醜さの直視

 私が表面上「高尚」な言葉をなるべく使わないようにしようと考えて居るのは、ジャイアンの得意の「自己正当化」で問題をごまかし見えなくして自分自身をも欺く状態に陥らないためだ。
 ジャイアンの脳が「自己中で自分の欲望だけに忠実な野良猫」で「人を必要とはせず利用する」ことは事実本当のことで、この世間的表面的には「醜さ」である事実を直視することは私は実は「高尚」なことだと考えている。

 このことを高尚で美しい別の言葉で言い換えたら、どんな表現でも直ちに重大な欺瞞となることを理解して欲しい。
 (このように書くことは「居直る」ためでもなんでもない。直視から目をそらし、表面的に高尚な言葉にすがって「否認」に逃げ込みたい人には「不都合な」見解かもしれないが、そういう方はここを閲覧しないほうがいいだろう)。

 こういう直視への努力、潔さなどはジャイアン型ADHDの救いの根拠である「合理的な思考」をフルに使うという意味でもある。「愛情」「哀れみ」などの表面的に高尚な言葉での自己欺瞞は、結局「ジャイアンの優位に立ちたい中心志向」から来る「エゴ」の働きを巧妙に覆い隠している自己正当化、まやかしに過ぎないことが非常に多いのだ。
 さて合理的な思考は、この「自己中な野良猫の事実」の直視から出発する。まず最低この事実を「誤魔化してしまわない」、「見つめ続ける」ことが大事で、その上でこの事実を前提にどのような現実的な努力が可能であるか、冷静に考える作業に移る。
 私はそのためのキーワードとして「尊厳」を考えた。ジャイアンは自己中な一方で一面は厳しい合理的な自己突っ込みにさらされており、ある意味「ずっと思春期」のような感じで、自分の生きている意味や、人とのかかわりなどについて突き詰めて考え続ける。その発想が生きる死ぬかの「尊厳」に近い側面を持っているので、理解しやすいと考えた。
 「自己中な野良猫」から出発した他者とのかかわりについては今後少しずつ展開して行こうと思う。

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