2008.10.12 11:59 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  ADHD関連  |  AS(アスペルガー)関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 1

利他と尊厳②

 前のスレッドで気になるコメントがあり、説明を追加しておくことが必要と考えた。

  「あなたの自由意志で私に尽くしなさい」というのは理解から程遠い大変な誤解で、正反対の意味に受け取られるのは非常に残念だ。

 上記の台詞はジャイアンとは全く逆の受動型ASのシンボルのような表現で、結局「共依存的なベタベタした責任のあいまいな関係しか出来ないところを、さらに自分では責任が取れない」という意味になる。

 もともとのジャイアンの立場は、「関係自体が自発的でなければ不要」ということで、「自分は出かけたいがあなたは出かけるか?」と聞かれて、「行かない」と応えたら当然相手はそのまま一人で出かけなければならない。

 反対に言えばジャイアンに対して相手から自発的に一緒に居たいと言われても断れる可能性が必要で、それが自由意志の保証だ。

 両者が自発的に一緒に居たい意志があり、選択している状態ではじめて一緒に居るということが可能となり、それが無いときは一緒に居ないほうが良いということだ。

 このスタイルが上記の受動型ASとどれほど違うかは少し考えれば分かるだろう。一緒に居ることは結果であって、前提でもなんでもないのだ。

 もっとも依存型ジャイアンは「自分で責任を負わないで相手を最大限利用したい」というために表面上「自発的に自分に尽くせ」というような非言語的なメッセージを出す(様に見える)ことはあるが、(本性はジャイアンであるので)、結局それも本質は「利用のための要求」でしかなく、それ以上の何かがあるを期待すると相手は痛い目に遭うという結果になる。

 つまり、「利用」したいことを表面上隠して非言語的に表現しているだけで、非言語的なあいまいさの中で「利用」以上の何かである可能性を相手は勘違いする可能性はあっても、ジャイアンは露骨なので、そのうち相手も「ただ利用されていただけだ」と気づくことになる。

 ただ「利用で何が悪いか?」と私は考えるのだが。「尊厳」のレベルではそのほうがよっぽど動物的で正直で清清しい。     

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