私は自分が死んだほうが良いのかと考えたとき、「これまで殺してきた動物」のことを考えることにしている。
(さすがに結婚後は家族への責任のことを先に考えるが)
毎日のように、鳥や豚や魚を殺して食べてきているわけで、この事実は消えない。子供の頃に飼い切れないで殺した虫や海の生物も多かった。血を吸いに来た蚊も数え切れないくらいにつぶしてきた。高速道路で走ればトンボがフロントガラスにぶつかって死んで行く。
私の人生に関わって死んで行った生命を「関係ない」「当たり前」とは言えないだろう。中途半端に死んだら、食べてきた、殺してきた動物や植物などの「生命」に対して申し訳が立たない。
誰も「手が全く汚れていない」人などいないと私は思う。
違うのは、「そのことを自覚しているかどうか」だろう。
時に私も過集中で自己正当化の木に上ってしまうことはあるが、大事なことは、その後で自分自身の立場について考え直すことだ。
単純にこれまで食べて殺してきた生命のことを思い出すだけでも、自分の人生にベストを尽くすしかないという結論は導き出せる。食べてきたことだけでも、私にとってはどんなに何を埋め合わせしても埋めきれないような負い目だ。
社会的に迷惑をかけてきたことはなおさらのこと。
私が最後に取り出す「究極の自己突っ込み」だ。
生き続けることは責任であり、その場その場でベストを尽くし続けることしか出来ない。
どんな理由があろうと、死ぬことを人のせいにするのは根本的な無責任であると私は思う。
ジャイアンはその「中心志向」のために意識して努力し続けないと万能の神になったような気になってしまう。
その中心志向を「反証」し続ける努力が必要だ。自己突っ込みはそのために役に立つプラスの努力となりうる。
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