2008.08.16 01:00 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  ADHD関連  |  AS(アスペルガー)関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 1

ウラ一刀流

 言語的な表現と非言語的な表現の二つを別々に使えるかどうかが発達障害特にジャイアンの根本問題であるということが分かってきた。言語的な表現をオモテとすれば、非言語的な表現はウラだ。

 幼少期に、例えば親ジャイアンが、支配的であると同時に弱みや無責任さを見せて共依存的に子ジャイアンを引っ張り込むと、依存的なジャイアンACが出来上がる。

 これに対して、子ジャイアンに強い愛着を持ったAS親が、オモテで言語的に厳しくしながらウラで愛着のために非言語的にやさしくした場合、「ウラ一刀流」という状況が現出する。

 これは表面的には「境界性人格障害」とか「身体表現性障害」などの形をとることになるだろう。情報の送信も受信も主にウラ(非言語的なチャンネル)だけでやり取りし、オモテは言い訳とか誤魔化しとか全くの表面上の「建前」とか、その程度のテキトーな意味しかない。

 ちょっと不安げに見せたり、自傷などの相手を必要と感じさせるような行動に出たり、非言語的にちょっかいを出したり、要は「AS親が喜んで言いなりになってくれる」ような非言語的な行動を鍛えられるわけだ。

 その結果ウラ一刀流の境界性人格障害に良く似た依存型ジャイアンが出来上がり、思春期から以降も、周囲のASをいとも簡単に手玉に取りながら生きていく。

 特に受動型ASは簡単に利用できるので便利だろう。

 問題は「便利すぎてそれなしで生きられなくなる」ことなのだが。

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