2008.08.07 23:12 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  ADHD関連  |  AS(アスペルガー)関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 3

一刀流の起源

 言語的な表現と非言語的な表現の両方を使うか片方だけを使うかを「二刀流か一刀流か」と呼ぶことにしよう。脳の働きは多くのASは二刀流であり、依存型以外のジャイアンは極端な一刀流である。

 依存型として非言語的な技術を研ぎ澄ます経過を経なかったジャイアンの多くはKY(状況理解の不足)の弱点を突かれて多かれ少なかれからかわれたり馬鹿にされたりして成長する。

 その中では、表面上は分からないような形で非言語的な表現で突き落とされたりする体験を重ねる。そのうち多くの場合は「後で気が付く」形となり、「だまされた」というショックと見抜けなかった自分自身への情けなさの両方で落ち込む。

 その結果、自分に向けられた言語的な表現と非言語的な表現が少しでも食い違うと、「まただまされるか」という警戒のプロセスが稼動し、「常に本心を確認しないとひどい目に遭う」という自己防衛行動に出る。

 これが依存型でないジャイアンが極端に二刀流を嫌う理由であると私は考える。

 多数派ははじめから建前と本音の世界なので、ジャイアンははじめから警戒して信用しない。

 ASはASの発言や表面的な行動の上では一見「表ウラはない」様に見える。非常に正直で、二刀流のだまし討ちを食らうことは少ないとつい信用してしまう。

 ところが実際はASは非常に情緒的で、口で言う理屈と行動は食い違うことも多く、実は二刀流の世界の住人だった。
 二刀流が当たり前の世界からはジャイアンは幼稚に見えることだろう。

 逆に一刀流こそという世界では二刀流は卑怯な技という風に見えることになる。

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