漫画、テレビドラマともに非常に面白かった「のだめカンタービレ」はAS-ADHDカップルの典型例だと思う。このカップルはうまく行きそうであると私は思う。その一つの理由が「ブランドイメージ」である。
ジャイアンは中心志向があるので、表面的な権威やブランドが好きだ。「世界的な才能豊かな若手指揮者」というのはブランドとしては最高で、これだけでも「他の事は許せてしまう」ということに成りうる。
これと同様に、(世間的に)「本当に偉大」な地位、ステータスがあれば、ASがかなり「オレ流」でも、ジャイアン側からの「尊敬」のようなもので関係は安定しうる。
「のだめ」も才能豊かなピアニストなので、お互いに世界的な演奏活動が忙しく、年を取るまで「時々会う」様なカップルのあり方で、お金は十分にあってジャイアンは贅沢が出来るし、あまり一緒に居ないので「オレ流」の拘束も実質的なマイナスにはならない。
出来れば子供も持たないか、あるいは産んでも家政婦が養育する形になり、ジャイアンは家事や子育てもしなくて良い。ただ華やかなアーチストの人生を送る。
積極奇異型AS-ジャイアン型ADHDカップルのうまく行く一つのシミュレーションである。
ASは世界的な名声を保ち続ける必要がある。落ちぶれてずっと同居する状況になったとすれば、私はその後には悲観的だ。
(自分で書いていて、やはり「利用」に近くなってしまうのは何故だろうとつくづく思う)。
前回の「邪心」を別の表現で説明してみると、「二つ目の非言語的なチャンネルを使用しない」ということになる。
多数派は言語的コミュニケーションと非言語的コミュニケーション(口ぶり、言い方、表情など)の区別を、常に普通に使い分けている。言ってみれば二つのチャンネルを同時に使い分けながらコミュニケーションをはかっている。
ASも同じく、上記の二つのチャンネルの入力と出力は出来るという意味では(ADHDよりは)多数派に近いという言い方も出来るだろう。しかし「全く同じように出来ると思い込んでいる」だけで、ほとんどの場合この能力を有効に使えていない。その理由はAS独特の極端な認知のシステム(理解の枠組み)にある。
合理的なADHDは非言語的なチャンネルを通常は使用しない。言語的なチャンネル一本でコミュニケーションを続けるため、多数派とはかなりのズレを体験する。
さてこの見方で言えば、ジャイアンは「言語的なコミュニケーションは合理的な部分で行い、非言語的なコミュニケーションは中心志向のエゴの部分で行う」というような形になる。言語的な部分は合理的ADHDと同様なので、合理的ADHDと同じく「自分が空気を読めていないことを自覚する」。
特に非言語的なコミュニケーションは中心志向の部分が前面に出るために、「自分を馬鹿にするか」とか「相手が自分の分をわきまえないで偉そうに言っている」などの上下関係に非常に過敏に反応することになる。
ASの言動がジャイアンを刺激することが多いのは、ASが常に二つ目のチャンネルで微妙に違うメッセージを出し続けることにあると私は考える。
例えば相手を徹底的に追い詰めながら、別のチャンネルでは「情緒的に救いを求めなさい」とフォロー(にならないで多くの場合逆効果になるが)のメッセージを出したり、言葉では謝りながら別の形で「許してくれてもいいだろう」と甘えるようなメッセージを出したり、その矛盾がジャイアンにはカチンと来るのだ。
ジャイアンの側から言えば、「非言語的な表現に振り回されることが多い」と自覚することは重要だろう。非言語的なメッセージを受け取るのは中心志向の部分になることが多いので、必然的に過剰反応となり、後で合理的に自己突っ込みする羽目になることが多いのだ。
ジャイアンに対しては言葉で言っていること以外に別の形で伝えるあらゆるメッセージが「邪心」と映ることになる。多数派はもともと裏表を使うと知っているので腹も立たないが、正直そうに見えるASが二つのチャンネルを使うから抵抗があるのかもしれない。
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