ジャイアンが人に助けられる可能性について考え続けている。積極奇異型ASのmario氏にジャイアン女性軍からかなり手厳しい反応が見られるが、私は実は少し違う。このあたりのことを考えていて、「依存でない関係は可能かも」と思い至った。

 実際私はジャイアンだけでなく診療の場で接するASの人とも「依存」とは違う良い関係を築けている。

 この関係を冷静に観察してみると、「相手が本当のことを言うことへの信頼」のようなものであるように思う。実際私自身、そういう相手から褒めてもらえることで「救われる」思いをし得ることがあったことを思い出した。

 ここで大事なことは、情緒的な邪心が入らないことだ。「相手のために自分が役に立つ」とか「相手を自分の思い通りにする」ような邪心が全く無いことがジャイアンと率直な関係を築ける絶対の条件となるのだ。

 ASの場合、そういう感情抜きに人と接することは少なく、また愛着となった場合にはなお情緒的となることは避けられない。しかし個人の努力の可能性は無いことは無いだろう。

 mario氏と私は男性同士というところもあると思うが、mairo氏から私自身に対して情緒的なアピールをあまり感じないので、私が反応することが少ないのかもしれない。

 ジャイアン女性軍はmairo氏の女性に対する見方(表現)の中に上記の邪心をはっきり見出すのだろう。

 「相手が自分を支配する下心も無く、同情さえしないで、冷静に本当に思ったことを言ってくれる」という率直さへの信頼があれば、ジャイアンは人と関われると私は思う。

 ジャイアンとASの間の困難さのひとつの説明にはなるのではないかと思う。

固定リンク | コメント (38)

YANBARU
More プロフィール

Search

Calendar

<< 2008/06 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

新着コメント

新着トラックバック