2008.06.02 00:42 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  ADHD関連  |  AS(アスペルガー)関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 4

認知障害と価値観

 発達障害はもともとは(多数派の世間を正常とすれば)、多数派と同じように状況を読めないという認知障害と、注意欠陥や多動傾向、自閉症的なこだわりなどの行動上の特徴からなる。

 ただ人間の脳には、「不足であれば別の機能で補う」という代償的な働きがあり、結局、少数派の生き辛さの中でこの認知障害を前提とした価値観が二次的に形成され、結果として障害はありながらも価値観を含んだ一つの「適応するための統一されたスタイル」のようなものが出来上がる。

 パソコンで言えばハードウェアが違うところで、ソフトの働き方も違ってくるようなものだろう。

 自閉症圏(AS、広汎性発達障害)の場合はもともと自閉症的な認知と行動の特徴に直接含まれる価値観のあり方(対人関係の愛着など)という印象を私は持つが、ADHDの場合は、認知障害から二次的に帰結する価値観のあり方のように思う。

 さてこの価値観が、「極端」であるというのが発達障害の特徴だ。ASは「100パーセント完璧」を当たり前に求め、ADHDは「完全な誠実、正直、完璧に合理的」なあり方を自分にも人にも求める。この意味で発達障害(学習障害はちょっと違うが)は、強迫的傾向を持つといっても良いだろう。

 多数派の「場の流れに合わせる」という直感的な働きの代わりに、理論的に厳密な合理性や、義理人情の絶対的な「無私」や「利他」の精神などの、言語的な「原理」が行動の決定に際して支えとなる。

 この意味でADHDの場合にも、ASの場合にも、人間業では不可能な「厳密さ」を自分に要求することになり、有限な存在である生きた現実の自分との間に出来る矛盾から先延ばしが生じる。

 発達障害の根本問題はこのあたりに根っこがあるように思う。

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