2008.05.30 21:47 |  診療  |  研究  |  その他(医療関連)  |  ADHD関連  |  AS(アスペルガー)関連  |  YANBARU  | 推薦数 : 8

適材適所

 最近のスレッドで多数派との共存が話題になっていたのでちょっと触れておこう。

 注意深く観察すると、有能な管理者は発達障害の当事者を適材適所でうまく使っている状況を発見する。

 例1、介護のヘルパーなどのサービス関係で、「処遇困難利用者」の担当としてADHDやASの人が活躍している。この他、コールセンターなどでも「クレイマー」対応に力を発揮するケースは多い。

 例2、(私の相談に乗っている当事者で)中学の先生をしているADHDの人が、校長にカミングアウトして、「特別支援担当」として実に良い働きをしている。

 例3、受付業務の中で、依存的で特別扱いを要求する困ったクライアントを全く摩擦を起こさずあっけらかんと諦めさせるのに非常に使える明るいADHDの人。

 この他にも、「正直、公平で偏見が無く先入観にとらわれない豊かな想像力を発揮する」ADHD、相手(利用者)を「恐縮」「気兼ね」させず、対等な「人間対人間」で多数派にはとても真似が出来ないような利用者ーサービス提供者関係が実現する、ASの人をうまく使うと非常に面倒見の良いところがある、など発達障害の生かし方はよくよく見れば非常に多い。意外に対人関係で活かせるのが盲点かもしれない。

 最近最低3代のNHK朝ドラマはADHDが主人公像であると思うが、決まって、「ちょっとひねくれた人を素直にさせる」ような役回りで力を発揮する。「車寅次郎」は渡世人のジャイアンだろう。

 昔の「任侠」という道徳は私には「AS的道徳」に見えて仕方が無い。義理人情、恩義に厚く、筋を通した生き方。

 私の妄想だが、この世に発達障害が一人も居なかったら、「巨悪」は決して表面化せず、学校の「いじめ」もマフィア化して、世の中は非常に息苦しいものになるのではなかろうか?

 エジソンやアインシュタイン、織田信長を引き合いに出すまでも無く、少数ながら発達障害の存在があってこそ世間が成り立っているとは言えると私は思う。 

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